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捨てられた令嬢はもう頑張らない!  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第15話 精霊の目覚め

 お茶を飲み干し、椅子に深く沈み込んだマクシミリアン皇子の顔には、先ほどまでの刺々しい不遜(ふそん)さは微塵もありませんでした。

 それは、重圧から解放された一人の青年としての、純粋な安らぎの表情です。


「……あぁ、視界が。……色の見え方が、違う……」


 皇子が陶酔(とうすい)したように呟いた、その時でした。


「――そこまでだ、魔女め! 皇子様にいかなる(じゅつ)をかけた!」


 森の茂みが激しく揺れ、鉄の衣を(まと)った一団が飛び出してきました。

 帝国の隠密たちです。

 彼らは主の変貌を見て、精神を操る(じゅつ)にかけられたと断じたのでしょう。


「待て! 早まるな、お前たち!」


 皇子の制止も、今の彼らには届きません。

 一斉に抜かれた小太刀が、陽光を反射して不吉に煌きました。

 カイル様が即座に前に出ようとしましたが――。


 ゴゴゴゴゴ……ッ!!


 大地を揺るがすような、低い地鳴りが足元から響きました。


「なっ、地震か……!? いや、何だこれは!」


 隠密たちの足元から、大蛇のような太い根が次々と噴き出しました。

 それは以前、私が森の最奥で「いつか役に立つかも」と魔力を与え続けていた、名もなき巨大な雑草――大王蔦(だいおうづた)の根でした。


 ズォォォン……!


 地中から姿を現したのは、高さ五丈(ごじょう)にも達する、巨大な葉を冠のように(いただ)いた植物の巨像でした。

 それは森の意志そのものが受肉したかのような、圧倒的な威容(いよう)を誇っています。


「私の……雑草?」


 驚く私をよそに、大王蔦(だいおうづた)(つる)(むち)のようにしなり、襲いかかろうとした隠密たちを瞬く間に絡め取りました。


「ぐわぁぁっ!? 放せ、この化け物め!」


「肥料にする……。森を汚すもの、肥料にする……」


 私の頭の中に、直接そんな声が響きました。

 植物の、無垢で残酷な殺意。

 このままでは、隠密たちは森の栄養にされてしまいます。


「待って! その人たちは、ただの心配性なだけですわ。……放してあげて」


 私は巨大な茎にそっと手を触れ、魔力を流し込みました。

 怒りを鎮め、慈しみを分かち合う、柔らかな雑草魔法の波です。


 ピタリ。


 大王蔦(だいおうづた)の動きが止まりました。

 絡め取られていた兵たちが、地面にどさどさと落とされます。


「……主様(あるじさま)。……守る。……眠りを、守る……」


 巨大な植物は、私に対してだけは、微風にそよぐ花のように優しく茎を曲げました。

 そして。

 

 ワサワサ、と葉が組み合わさり、私の腰の高さに、ふかふかの緑の台座(だいざ)を作り上げたのです。

 

「えっ、これは……?」


「フローラ様、これは貴女様の意思に応え、森の精霊が形を成したのでしょう。……どうやら、移動式の極上寝台になりたいようですわ」


 エルザさんが眼鏡を押し上げながら、冷静に解説してくれました。

 私が恐る恐るその緑の台座に腰を下ろすと――。


「あぁ……っ」


 衝撃でした。

 自らの魔力で作られたその寝心地は、雲よりも軽く、日向よりも温かい。

 しかも、私が「あちらへ」と念じるだけで、無数の根が足を運ぶように、揺れ一つなく私を運んでくれるのです。


「最新の鉄兵が、ただの草の椅子に負けた……だと?」


 マクシミリアン皇子が、崩れ落ちた魔導装甲と、私の動く極上寝台を見比べて、力なく笑いました。


 帝国の技を注ぎ込んだ鋼鉄の塊よりも、私が気まぐれに育てた雑草の方が、遥かに賢く、優雅で、そして強い。

 その事実は、皇子と隠密たちの戦意を完全にへし折るのに十分でした。


「さて、皇子様。部下の方々も落ち着いたようですし、もう一度お話ししましょうか」


 私は大王蔦(だいおうづた)に身を委ね、ゆらゆらと揺られながら微笑みました。

 森の王を味方につけた私の日々の営みは、もはや何者にも侵しがたい聖域へと進化したのです。

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