第14話 外交交渉
沈黙した鋼鉄の巨像を見上げ、私は小さく息を吐きました。
関節という関節に私の茨が食い込んだ魔導装甲は、もはや巨大な置き物と化しています。
「……動かぬ。我が帝国の叡智の結晶が、ただの草木に屈するなど」
装甲の足元で、マクシミリアン皇子が震える手で自身の前髪をかき上げました。
その顔は屈辱に染まっているというより、どこか現実を受け入れられない呆然とした様子です。
「皇子様。壊してはおりませんから、蔦が枯れるのを待てば動き始めますわ。……もっとも、一月はかかりますけれど」
「一月だと!? そのような長期間、この忌々しい魔素の濃い森に留まれと言うのか!」
「お静かに、皇子様」
背後からエルザさんが、音もなく白磁の盆を運んできました。
彼女は凍り付くような手際で、荒らされた菜園の横に円卓と椅子をしつらえます。
「外交特使としての礼遇は失しておりません。フローラ様の慈悲により、対話の場を設けます。……閣下も、剣をお収めください」
「……フローラがそう言うならな」
カイル様は不承不承といった様子で魔剣を鞘に戻しましたが、その眼光は依然として皇子の急所を貫いています。
「さあ、お座りになって。喉が渇いては、まともな判断もできますまい」
私は、摘みたての安眠草を煎じた茶を、三つの杯に注ぎました。
立ち上る湯気は、深い森の奥で陽光を浴びたような、暖かく柔らかな香りを放っています。
マクシミリアン皇子は、疑り深い目で杯を見つめました。
「……何の真似だ。この茶には、飲んだ者の意思を奪い、本音を白状させる薬でも入っているのではないか?」
「本音、ですか?」
「そうだ。我が帝国の密偵でも、そのような術は使い古されている。……私を操り、有利な盟約を結ばせるつもりだろう」
私は呆れて、思わず小さく笑ってしまいました。
この方は、よほど人を信じられない厳しい環境で生きてこられたのでしょう。
「皇子様。私はただ、貴方様に早く元気になって帰っていただきたいだけですわ。……見てください」
私は自分の杯を手に取り、ゆっくりとその喉を潤しました。
安眠草の霊力が、私の五体に染み渡ります。
あぁ、今日も良い出来ですわ。今すぐハンモックに戻りたくなる心地よさ。
「毒も、白状させる薬も入っておりません。……あるのは、少しの休息だけですわ」
皇子はまだ躊躇していましたが、立ち上る香りに抗えなかったのか、恐る恐る杯を手に取りました。
そして、毒見をするかのように、一口だけ喉に流し込んだのです。
「…………っ」
皇子の肩が、びくりと震えました。
「……何だ、これは。熱い。だが、頭の芯が……痺れるように、軽くなる」
「それは、貴方様の心が張り詰めすぎているからですわ」
私は静かに告げました。
「皇族としての重圧、技術の競い合い、そして……眠れぬ夜。それらがこの一杯で、ほんの少しだけ解けていくのです」
マクシミリアン皇子の鋭かった目元が、見る見るうちに緩んでいきました。
彼は吸い寄せられるように、残りの茶を一気に飲み干しました。
鉄の鎧を纏っていたかのような彼の姿勢が、崩れるように椅子の背もたれに預けられます。
「……あぁ。そうか。私は……疲れていたのか」
皇子の口から、掠れた本音が漏れました。
白状させる薬など使わずとも、疲れ果てた魂は、安らぎの前で嘘をつけないのです。
「皇子様。この森を資源として奪えば、この味は二度と得られませんわ。……貴方様が本当に求めているのは、鉄の繁栄か、それともこの静寂か。よくお考えになって」
マクシミリアン皇子は、空になった杯を見つめたまま、深い、深い溜め息をつきました。
帝国の合理的な理屈が、私の淹れた一杯の茶に、音もなく溶け出していくのが分かりました。




