表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨てられた令嬢はもう頑張らない!  作者: 九葉(くずは)
第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/20

第14話 外交交渉

 沈黙した鋼鉄の巨像を見上げ、私は小さく息を吐きました。

 関節という関節に私の茨が食い込んだ魔導装甲(まどうそうこう)は、もはや巨大な置き物と化しています。


「……動かぬ。我が帝国の叡智(えいち)の結晶が、ただの草木に屈するなど」


 装甲の足元で、マクシミリアン皇子が震える手で自身の前髪をかき上げました。

 その顔は屈辱に染まっているというより、どこか現実を受け入れられない呆然とした様子です。


「皇子様。壊してはおりませんから、(つた)が枯れるのを待てば動き始めますわ。……もっとも、一月(ひとつき)はかかりますけれど」


「一月だと!? そのような長期間、この忌々しい魔素の濃い森に留まれと言うのか!」


「お静かに、皇子様」


 背後からエルザさんが、音もなく白磁(はくじ)の盆を運んできました。

 彼女は凍り付くような手際で、荒らされた菜園の横に円卓と椅子をしつらえます。


「外交特使としての礼遇は失しておりません。フローラ様の慈悲により、対話の場を設けます。……閣下も、剣をお収めください」


「……フローラがそう言うならな」


 カイル様は不承不承(ふしょうぶしょう)といった様子で魔剣を(さや)に戻しましたが、その眼光は依然として皇子の急所を貫いています。


「さあ、お座りになって。喉が渇いては、まともな判断もできますまい」


 私は、摘みたての安眠草(あんみんそう)(せん)じた茶を、三つの杯に注ぎました。

 立ち上る湯気は、深い森の奥で陽光を浴びたような、暖かく柔らかな香りを放っています。


 マクシミリアン皇子は、疑り深い目で杯を見つめました。


「……何の真似だ。この茶には、飲んだ者の意思を奪い、本音を白状させる薬でも入っているのではないか?」


「本音、ですか?」


「そうだ。我が帝国の密偵でも、そのような(すべ)は使い古されている。……私を操り、有利な盟約を結ばせるつもりだろう」


 私は呆れて、思わず小さく笑ってしまいました。

 この方は、よほど人を信じられない厳しい環境で生きてこられたのでしょう。


「皇子様。私はただ、貴方様に早く元気になって帰っていただきたいだけですわ。……見てください」


 私は自分の杯を手に取り、ゆっくりとその喉を潤しました。

 安眠草の霊力が、私の五体に染み渡ります。

 あぁ、今日も良い出来ですわ。今すぐハンモックに戻りたくなる心地よさ。


「毒も、白状させる薬も入っておりません。……あるのは、少しの休息だけですわ」


 皇子はまだ躊躇していましたが、立ち上る香りに抗えなかったのか、恐る恐る杯を手に取りました。

 そして、毒見をするかのように、一口だけ喉に流し込んだのです。


「…………っ」


 皇子の肩が、びくりと震えました。


「……何だ、これは。熱い。だが、頭の芯が……(しび)れるように、軽くなる」


「それは、貴方様の心が張り詰めすぎているからですわ」


 私は静かに告げました。


「皇族としての重圧、技術の競い合い、そして……眠れぬ夜。それらがこの一杯で、ほんの少しだけ(ほど)けていくのです」


 マクシミリアン皇子の鋭かった目元が、見る見るうちに緩んでいきました。

 彼は吸い寄せられるように、残りの茶を一気に飲み干しました。

 鉄の鎧を(まと)っていたかのような彼の姿勢が、崩れるように椅子の背もたれに預けられます。


「……あぁ。そうか。私は……疲れていたのか」


 皇子の口から、(かす)れた本音が漏れました。

 白状させる薬など使わずとも、疲れ果てた魂は、安らぎの前で嘘をつけないのです。


「皇子様。この森を資源として奪えば、この味は二度と得られませんわ。……貴方様が本当に求めているのは、鉄の繁栄か、それともこの静寂か。よくお考えになって」


 マクシミリアン皇子は、空になった杯を見つめたまま、深い、深い溜め息をつきました。

 帝国の合理的な理屈が、私の淹れた一杯の茶に、音もなく溶け出していくのが分かりました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ