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捨てられた令嬢はもう頑張らない!  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第13話 鉄の侵略者

 有能な事務官であるエルザさんが加わってから、私の森の生活は驚くほど整いました。

 洗濯物は真っ白に洗い上げられ、温かな食事は決まった刻限(こくげん)に供されます。

 私は、心置きなく微睡(まどろ)みの海に沈むことができるはずでした。


 ――ガガガ、ガガガッ!!


 森の静寂を切り裂く、耳障りな鉄の摩擦音が響き渡ります。

 私がハンモックから飛び起きると、カイル様が既に庭先で魔剣を抜いていました。


「……来ましたね。この下劣な音、間違いなく鉄鋼帝国の魔導装甲です」


 森の境界方向から、木々がへし折れる不快な音が聞こえてきます。

 やがて茂みをかき分けて姿を現したのは、高さ二丈(にじょう)はある鋼鉄の(かたまり)でした。

 魔力と蒸気を吹き出しながら動くその無機質な姿は、緑豊かなこの森ではあまりに異質です。


 その肩の上。

 見事な黄金の刺繍が入った軍服を(まと)った、一人の男が不敵に笑っていました。


「ほう。ここが噂の聖域か。……実に質の良い魔素(まそ)が満ちている。これならば、我が帝国の動力源として不足はないな」


 男は装甲から軽やかに飛び降りると、土足で私の菜園を踏み荒らしながら歩いてきました。


「カイル・フォン・シルヴェスター。行方不明かと思えば、このような辺境で女の尻に敷かれていたか。……実に嘆かわしい」


「……マクシミリアン皇子。貴様、迷い込んだ言い訳を考える前に、その足をどけろ」


 カイル様の周囲の空気が、パチパチと雷鳴を帯びて震えます。

 今にも皇子の首を()ね飛ばしそうな殺気です。

 それを制したのは、背後に控えていたエルザさんでした。


「お待ちください、閣下。あちらは帝国の第三皇子。ここで殺害すれば、我が国は帝国との全面戦争を避けられません。……それは、フローラ様の安眠を永久に損なうことになります」


 エルザさんの冷静な言葉に、カイル様が苦々しく剣を収めました。

 確かに、戦争など始まったらお昼寝どころではありません。


「物分かりが良いではないか。……さて、そこの娘がフローラ・グリーンフィールドだな?」


 マクシミリアン皇子は、私を品定めするように見つめました。


「我が帝国は、貴女の管理するこの森と薬草に多大なる関心がある。……どうだ、その泥臭い王国を捨てて私と共に来い。貴女の魔法を効率(こうりつ)よく抽出し、帝国の繁栄に役立ててやる。金も地位も、思いのままだぞ」


 抽出。

 効率。

 その言葉を聞いた瞬間、私の中の静かな怒りが芽吹きました。


「お断りいたします、皇子様」


「何だと? この私が直々に誘っているのだぞ」


「貴方様は、この土地を資源としか見ていない。……大切な私の雑草たちを、ただの燃料にするような方に、この森は渡せません」


 私は地面にそっと手を触れました。

 皇子が連れてきた魔導装甲(まどうそうこう)が、再びガガガと音を立てて動き出し、私の大切な香草(ハーブ)を押し潰そうとしたからです。


「資源だと? その通りだ。魔法など、使ってこそ価値がある。……逆らうというなら、この最尖端(さいぜんたん)鉄兵(てっぺい)で、森ごと更地(さらち)にして――」


「――お願い。少しだけ、強く抱きしめてあげて」


 私が(ささや)いたのは、破壊の呪文ではありません。

 ただの、お願いです。


 ズザザザザッ!!


 装甲の足元から、無数の太い(つた)が噴き出しました。

 それは関節絡みの(かんせつからみのいばら)という、硬いものに巻き付く習性を持つ雑草です。


「なっ、何だ!? ただの草が、装甲の駆動部(くどうぶ)に……!?」


 皇子が慌てて装甲に命令を下しますが、既に遅い。

 (いばら)は鋼鉄の継ぎ目、歯車の隙間、魔力の排出口に、恐ろしいまでの精度で入り込みました。

 無理に動かそうとすれば、鉄の方が自重でひしゃげるほどの力で、(つた)が締め上げます。


 プシュゥ……。


 無機質な音を立てて、帝国の誇る魔導装甲(まどうそうこう)が沈黙しました。

 傷一つ付いていませんが、一寸たりとも動くことはできません。


「馬鹿な……。最新の防御結界を張っていたはずだぞ!?」


「私の雑草たちは、敵意には敏感ですが、結界には無頓着なのですよ。……ただ、そこに隙間があったから、伸びていっただけですわ」


 私は立ち上がり、土を払いました。


「皇子様。お昼寝の邪魔をされた上に、畑を汚されたこと、私は忘れませんわ。……今すぐその鉄の(かたまり)を片付けて、お帰りください」


 マクシミリアン皇子は、初めて自分の理解を超えるものを見たという顔で、立ち尽くしていました。

 

 帝国の合理的な力。

 それさえも、森の生命力の前では、ただの不器用な玩具に過ぎないのです。

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― 新着の感想 ―
国王自ら王国の地であると認めた地に軍事侵攻した以上、既にこの馬鹿皇子は滅しても問題ないのでは。
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