表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨てられた令嬢はもう頑張らない!  作者: 九葉(くずは)
第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/20

第12話 最強の女官

 昨夜見つけた軍靴(ぐんか)の跡のせいで、森の空気はどこかぴりぴりとしていました。

 カイル様は夜通しで境界付近を見回っていたらしく、朝食の席でも鋭い眼光を崩しません。


「……フローラ、当面の間は一人で森の奥へ行かないでください。帝国の連中が何を狙っているか分からん」


「分かりました。でもカイル様、あまり根を詰めるとまた不眠に戻ってしまいますよ?」


 私が心配して(せん)じ茶を差し出した、その時でした。

 庭の転移地点が、(まばゆ)い黄金の光を放ちました。


「また陛下か……!? いや、この魔力の揺らぎは……」


 カイル様が反射的に剣の柄に手をかけます。

 光の中から現れたのは、豪奢な馬車でも、威厳ある老人でもありませんでした。


 背筋を定規で測ったように真っ直ぐに伸ばした、一人の女性です。

 藍色の簡素ながら上質な官服(かんぷく)に身を包み、髪は一筋の乱れもなく後ろで束ねられています。

 手には国王の印章が押された親書(しんしょ)

 そしてもう片方の手には――なぜか、見事な細工の施された(ほうき)が握られていました。


「オーレリア王宮女官(にょかん)、エルザ・ヴァレンタイン。国王陛下のご命により、本日よりフローラ・グリーンフィールド様のご支援に参りました」


 鈴を転がすような、けれど冷徹なまでに無駄のない声。

 彼女は私の方へ歩み寄ると、完璧な角度で一礼しました。


「支援、ですか? 私はここでカイル様と静かに暮らしているのですが……」


「陛下からは、こちらの騎士団長殿が家事の役に立たず、フローラ様の(いこ)いが損なわれていると伺っております。……失礼ながら」


 エルザさんの視線が、カイル様が今朝うっかり(こぼ)したお茶の染みに向けられました。


「このような(よど)み、私の前では万死(ばんし)に値します」


「……何だと?」


 カイル様が眉を寄せましたが、エルザさんの動きの方が早かった。

 彼女は音もなく踏み込むと、持っていた(ほうき)一閃(いっせん)させました。

 魔力が込められたその一払いで、床の染みだけでなく、暖炉の隅に溜まっていた微かな灰までが霧散したのです。


「掃浄魔法・全域展開。……完了いたしました」


 唖然(あぜん)とする私たちの前で、エルザさんは僅か数瞬でログハウスの全室を磨き上げてしまいました。

 窓の硝子(がらす)は存在を忘れるほどに透き通り、床は顔が映るほどに輝いています。


「凄いわ……。これ、私の魔法よりも掃浄(そうじょう)に特化している……」


「当然です。私は王宮の汚物を掃き出すためだけに、二十年を捧げて参りました」


 エルザさんはそう断じると、次に私の顔をじっと見つめました。


「さて、フローラ様。掃除は済みました。次は、貴女様の生活習慣を是正(ぜせい)させていただきます。昼まで微睡(まどろ)むなどという怠慢(たいまん)、このエルザが許しません。本日の刻限表(こくげんひょう)を作成いたしました。これに従い、正しき労働を――」


「拒否いたします」


 私は彼女の言葉を(さえぎ)り、きっぱりと告げました。


「エルザさん。貴女は掃浄(そうじょう)手練(てだ)れかもしれませんが、真の休息を知らないようですね」


 エルザさんの眉が、ぴくりと動きました。


(いこ)いは怠慢(たいまん)ではありません。明日、より()き働きをするための、魂の掃浄(そうじょう)なのです。貴女が部屋を磨くように、私は自分の心を磨くために眠るのです」


「心を……磨く?」


「ええ。見てください。貴女の今の顔は、何年も磨いていない銀食器のように、疲れで曇っていますわ。それでは陛下の信頼に応えることはできません」


 私は、自分が育てた鎮静作用のある香草(ハーブ)を、そっと彼女の鼻先に漂わせました。

 雑草魔法を応用した、精神の弛緩(しかん)を促す香気の術です。


「……あ、……」


 エルザさんの鋭い眼差しが、一瞬だけ揺らぎました。

 彼女は自分でも気づかないうちに、過剰な緊張状態にあったのでしょう。

 私の言葉と香りに誘われるように、彼女は近くの椅子にすとんと腰を下ろしました。


半刻(はんこく)だけ、目を閉じてください。これからの務めは、その後に考えればよいのです。……これは、この地の(あるじ)としての命令です」


「……フローラ様……。……承知、いたしました……」


 最強の掃除女官が、そのまま静かに寝息を立て始めました。

 その顔は、先ほどまでの鉄の仮面のような厳しさが消え、穏やかさに満ちています。


「……やるな、フローラ。あの『王宮の鉄女(てつじょ)』を黙らせるとは」


 カイル様が感心したように呟きました。


「味方なら、これほど心強い人はいないわ。彼女が日計(ひばかり)の事務を引き受けてくれれば、私は本当にお昼寝に専念できるもの」


 帝国の足跡。外からの脅威。

 けれど、この内側の守りは、エルザさんの加入で鉄壁のものになりました。


 有能な掃浄人、兼・事務官。

 私の楽園は、また一歩、完成へと近づいたのです。


「さて、彼女が起きるまで、私も二度寝を楽しもうかしら」


 私は満足げに、自分専用の特製枕を引き寄せました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ