第10話 雑草令嬢、最高の「お昼寝」を手に入れる
爽やかな風が、緑の葉を揺らしている。
一年前に作ったログハウスは、蔦と花に覆われ、森の一部として完全に溶け込んでいた。
「……あー、忙しい」
私はテラスでハーブティーを飲みながら、嘘をついた。
今日の予定はゼロだ。
強いて言えば、日向ぼっこと、夕食の献立を考えることくらい。
あれから一年。
私の生活は劇的に――いや、本質的には何も変わらず、ただ少しだけ賑やかになった。
「フローラ様! お届け物です!」
森の小道を、商人のベルナルド氏が笑顔で歩いてくる。
以前は自ら荷車を引いていたが、今では立派な馬車だ。
彼は『聖霊草』の独占販売で財を成し、王室御用達の商人に出世していた。
「こんにちは、ベルナルドさん。今日は何を?」
「ご所望の新作スイーツと、東国の珍しい種子です。あと、例の『報告書』も」
ベルナルド氏は声を潜め、一枚の羊皮紙を渡してきた。
そこには、かつてのグリーンフィールド公爵家の末路が記されている。
父とロゼッタ、そして廃嫡されたエドワード元王子は、爵位を剥奪され、平民へと落とされた。
今は北の寒冷地で、一農民として開拓作業に従事しているらしい。
『彼らは最初、泥に触れることすら嫌がっていましたが……今では生きるために必死に鍬を振るっています。かつて見下していた土の重みを、身を持って学んでいるようです』
「そうですか」
私は羊皮紙を閉じた。
同情はない。
けれど、彼らが土と向き合う機会を得たなら、それはそれで良いことだとも思う。
植物は平等だ。
汗を流して愛を注げば、元悪役だろうと等しく実りを与えてくれるのだから。
「では、私はこれで。……おや、あちらのお客様はまた」
ベルナルド氏が苦笑して視線を向けた先。
庭の特等席にあるハンモックで、立派な髭の老紳士が爆睡していた。
国王レグルス陛下である。
「週一で来るんですよ。『公務の合間の視察』という名目で」
「視察(お昼寝)ですね。王宮の文官たちが泣いていますよ」
ベルナルド氏が帰った直後。
ログハウスから、エプロン姿の銀髪の巨漢が出てきた。
カイルだ。
この一年で、彼の家事スキルは「皿を割る」から「野菜を洗う(ただし握りつぶすこともある)」くらいには進歩していた。
「……また陛下か」
カイルは呆れた顔でハンモックに近づいた。
「おい、ジジイ。起きろ」
「むにゃ……あと五分……国務など知らん……」
「アンタが働かないと、俺の給料(特別手当)が下がるんだよ。帰れ」
カイルは容赦なくハンモックを揺らした。
「うわぁ!?」と陛下が転げ落ちる。
不敬極まりないが、この森ではこれが日常だ。
「ったく、カイルは相変わらず可愛げがないのう! フローラ嬢、また来るぞ!」
陛下は隠密たちに抱えられ、文句を言いながら王城へと強制送還されていった。
嵐のような王様が去り、再び森に静寂が戻る。
夕暮れ時。
空が茜色に染まり、森の木々が長い影を落とす時間。
「……フローラ」
カイルが私を呼んだ。
彼は背中に隠していた何かを、もじもじしながら差し出した。
「これを」
「え?」
渡されたのは、白く輝く糸で編まれた、新しいハンモックだった。
触れると、シルクのようになめらかで、けれど鋼のように丈夫そうだ。
微かに、高貴な魔力を帯びている。
「一周年、だろう。……俺たちがここで暮らし始めてから」
カイルは照れくさそうに頬をかいた。
「前の蔦のハンモックも悪くないが、そろそろ新しいのが必要かと思ってな。……俺が編んだ」
「えっ、カイル様が!?」
あの不器用なカイルが?
よく見れば、彼の手には無数の細かい傷があった。
魔獣討伐では傷一つ負わない彼が、慣れない手作業でついた傷だ。
(……この糸、まさか『幻獣の繭』?)
最高難度のダンジョン深層にしか存在しない、伝説の素材。
ドレス一着で城が買えるほどの国宝級アイテムだ。
それを彼は命がけで獲ってきて、私のために夜なべして編んでくれたのだ。
指輪でも、宝石でもない。
「最高の睡眠」という、私が一番喜ぶものを彼は知っている。
「……ありがとうございます。すごく、嬉しいです」
私が微笑むと、カイルはパッと顔を輝かせた。
「早速、試してみるか?」
私たちは庭の巨木に新しいハンモックを吊るした。
私が先に座り、寝転がる。
ふわり。
まるで雲の上にいるような、極上の寝心地。
そして――。
「……俺も、いいか?」
「狭くないですか?」
「君がいないと、広すぎて落ち着かない」
カイルは強引に入り込んできた。
私の隣に、大きな体が滑り込んでくる。
狭い。
けれど、温かい。
彼の体温と、微かに香る森の匂い、そして日向のような魔力の匂い。
カイルの腕が、私の腰に回された。
抱き枕のように抱え込まれる。
不眠症だった彼が、今では私の隣でなら、数秒で寝息を立てるようになった。
「……フローラ」
カイルが眠そうな声で囁いた。
「幸せか?」
「ええ。とっても」
私は迷わず答えた。
公爵令嬢としての地位も、華やかなドレスも、もうない。
世間から見れば、森の奥で雑草と暮らす変わり者かもしれない。
でも。
ここには美味しいご飯がある。
誰にも邪魔されない時間がある。
そして、私を世界で一番大切にしてくれる、不器用で愛おしいパートナーがいる。
「私は雑草ですから」
私はカイルの胸に顔を埋め、つぶやいた。
「どこにいても、根を張って、勝手に幸せになってみせますよ」
「……そうか。なら、俺はその土になろう」
カイルの腕に力がこもる。
「君がどんなに根を広げても、俺が全て受け止めて守ってやる。……一生な」
キザな台詞。
でも、彼なら本気でそう思っているのだろう。
風が吹き抜け、葉擦れの音が子守唄のように響く。
まぶたが重くなる。
意識がとろけていく。
(おやすみなさい、私)
(おやすみなさい、私の英雄)
私たちは寄り添い合い、深い、深い幸福な眠りへと落ちていった。
この「呪いの森」改め「癒やしの楽園」で、私たちのスローライフはずっと続いていく。
――雑草令嬢の森林セラピー。
これにて、ひとまずおしまい。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
もし、この物語を少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや★評価などの形で応援をいただけますと、大変励みになります!!




