01
冬という季節は、人肌が恋しくなる。
大学生になり、一人暮らしを始めて、その感じ方が顕著になった。
私の記憶で輝いているのはいつだろうかと振り返ってみるが、考えるまでもなく高校生の頃だろう。
今から二年前、高校二年生。その回想をトリガーに、記憶がなだれ込んでくる。
あの子は今、どこで何をしているのだろうか。
◆ ◆ ◆
高校生の頃、私は中の上ぐらいの成績をキープしていた。
親にも先生にも目を付けられず何も言われず、志望校より少しレベルの高い大学にも頑張れば行けるみたいな、そんな感じの。
そんな高校生活を送り始めて二年目の冬に、転校生がやってきた。彼女は自己紹介で『高瀬千種』と名乗った。
そんな彼女に対する第一印象は、たしか「地毛なのかな」だった。その日は雪だったかは覚えていないが、彼女の雪のような白い髪は、学校という小さな世界ではかなり奇異なものだった。
そんな事を考えていたから担任がそのあと何を話していたかは覚えておらず、なんやかんやで高瀬は私の隣の席になった。まったく、都合のいい話だ。
「よろしくお願いします」
高瀬は小さな声で私にそう言った。良い子だ。
「よろしくね」
初対面の人にタメ口で話すのは、はたして無難だろうか。
話しなれていない私は教科書の角を爪でなぞる。
……………………。
話が続かない。いや、無理に続けることもないと思うのだが、全く知らない人が隣にいると思うと妙に居心地が悪い。
「あのさ「あの……」」
最悪だ。間が悪い。が、大したことではなかったので譲ることにする。
「あ、ごめん。なに?」
「えと、学校、案内してほしくて……」
願ったり叶ったりだ。断る理由もなかったので、私は肯く。
「え、うん。いいけど……どこか行きたいところでもあるの?」
「あ、えと……まだない……です」
緊張しているのか、消え入りそうな声でそう言う。
「そっか。なら、昼休み空いてる?案内するよ」
そう提案した途端、高瀬の顔がぱあっと明るくなる。
私が女でよかった。男だったら、きっと恋に落ちていたと思う。
「はい、空いてます。案内してほしいです。あと、名前も……」
ポーカーフェイスが苦手なのか、あるいは気づいていないのか。超笑顔なのにすました声を出すので、若干混乱する。
「あ、高橋つむぎです」
名前を言うときは敬語になってしまうのは何故なんだろう、というどうでもよいことを考えていると学校中に無機質なチャイムの音が響く。
分かんないことあったら聞いて、と言い残し自席に戻る。席、隣だけど。
さて、その日の一時間目は数学だった。今まで隣の席の人がおらず、ペアワークがやりづらかったが、今日からそんなことを考えなくてよくなる。
しかし、滅多に席替えをしない担任だったため、私の隣は半年以上いなかった。それ故に隣に人がいるという状況に順応できず、授業は上の空だった。私のコミュ力のなさがこれほどとは……。
二時間目は国語。数学でも上の空だったのに、国語もそうだったら、私は一体何をしに学校へ来たのか。
授業が始まり、クラスメイトが教科書を開く音が重なる。
私は、意識がどこかに飛んで行ってしまわないよう首を2、3回振る。
「じゃあ今日は213ページの3行目から……高橋、読んで」
急に教師から声を掛けられ、ビクッとする。何故よりによって教科書すら開いていない私なのか。急いで教科書を開く。
教科書の内容はまったくと言っていいほど覚えていない。きちんと読めていたかさえ定かではないが、忘れているということは記憶に残すほどでもない、すなわち読めていたのだろう。
無事に読み終え、教師の解説が始まり、ふと高瀬の方を向くと、とても丁寧にメモを取っている。結構真面目なんだ。
じっと見ていると、高瀬が急にペンを止めた。見ているのがばれたかと思って視線を黒板に戻すが、どうやらばれたわけではないらしい。
高瀬は左手を小さく握った。指先が震えている。教室は暖房がついてこそいるが、寒いのだろうか。
私はポケットに手を入れ、そこにあるカイロを手に取った。これを渡すのは恩着せがましいだろうか?と思いつつも高瀬の机に投げる。
弧を描いたカイロは高瀬の机に無事着地。突然の来訪者に高瀬は肩を跳ねあがらせた。
「……これ」
いかにも驚きました、という顔をした高瀬がヒソヒソと話しかけてくる。
「寒そうにしてたから。それ、使って」
高瀬が両手でカイロを包む。
「……あったかい」
小さな声だった。だけどその言葉だけで、妙に落ち着かなくなる。頬が熱い気がする。
「……ありがとう、高橋さん」
「別に」
私は黒板を見たままだった。前を向いていないと、顔が見られそうだったから。
教師の視線が妙に鋭い気がするが、私は無視して板書を続けた。
昼休みが近づいてきている。私は妙な胸のざわめきを落ち着かせるために、一度だけ深呼吸をした。




