皇帝の意ならぬ者~玄宗皇帝と吉備真備~(2)
真備は心底困った。
太真宮。そこはかつて楊貴妃が女冠としてこもらされた道観である。皇帝や皇族の寵愛を失った女性が出家という名目で閉じ込められた場所だ。
禁苑の中とはいえさびれた場所にあり、しかも今は無住だ。鳥の声と虫の声だけが友である。
道教の神の像をながめてまわる。彩色され、巨大で精巧に出来ている。
太清、玉清、上清の三天尊の像はほこりをかぶって久しい。元始天尊、霊宝天尊、道徳天尊という別の名があのは知っていたが、どれが誰かなのはさっぱりわからなかった。彼らはみな、皇帝のような服を着ている。
女神の像も並んでいる。仏教しか伝わっていない日本では、ついぞ見たことのない神々だ。彼らは貴妃たちのような服を着ている。
東王父と西王母の像もあった。男の仙人と女の仙人の総帥なのだとか。夫婦なのに世界の果てに離ればなれで暮しているとは、まるで牽牛と乙姫ではないか。
宦官が、食事とともに課題となる謎の詩を持ってきてくれた。これを解かなければこの塔から出ることは許されない。いや、出ようと思えば逃げるのは簡単だ。四半刻も歩けば禁苑からは出られるだろう。しかし、その後の処罰が怖い。いや、むしろ世人の嘲笑が怖い。今回の粗相はよほど皇帝の機嫌をそこねたようだ。逆鱗に触れたというヤツだ。
真備は食事をついばみながら考える。
しかし、あの程度で不興をかうのなら、新羅の連中はどうするのだろう。彼らの食事は作法がなっていない。何でもかんでもいきなり混ぜはじめる。せっかくの盛り付けを、親の仇かと思うほどぐちゃぐちゃにしてから食べはじめるのだ。謎の風習だ。
自分で入れた茶を飲みつつ、宝誌和尚の予言詩に目を通す。
全部で百二十文字、ということは五言句のつらなりと見た方がいいだろう。七言句でないのは確かだ。
「はじめて定む地と天のもとを。宗の初めは功の元にして建つ。終りは臣君みな枝、祖は興しおさめ法を主とす」
なんかとか読めるのはここまでだ。
末尾を左から読んでいく。
「野外に飛びて鐘鼓かまびすし、輔翼のために主を衝きて建つ」
なんとも穏やかでない予言である。
さらに宦官が沢山の紙と墨を持ってきてくれた。これを使って読み解けということらしい。
五言句に区切ってから小刀でバラバラにしてばら撒く。ダメだ、これではらちがあかない。予言が暗号になっているというのなら、何らかの法則性があるはずだ。
動物に○をつけていく。もちろん書写した物に、だ。何らかの図形が現れるかと思ったが何も出てこない。そもそもその程度の謎なら皇帝が自ら解いていただろう。
真備は気晴らしに書架にある書物をながめてまわる。呪符のような図が書かれていたり、たわいのない呪文が書かれている。これが道教の経典という物か。
日本でも似たような護符を使ってマジナイをする者はいる。が、見た限りではこれよりはるかに稚拙だ。吉備の地にはそのようなマジナイをする者が少なからずいる。真備の一族にもマジナイ師はたくさんいる。彼らに新しい技法を伝えるのも面白いかもしれない。
謎解きは遅々として進まなかった。対して、暇つぶしの道教経典の書写はかなりはかどった。どちらもワケノワカラナイ物だった。が、経典の方は変化があって楽しい。頭の体操になる。一方、皇帝の課題は変化することなく巌のように立ち塞がっていた。
そんなある日、予言詩の真ん中に一匹の蜘蛛が落ちてきた。季節柄弱っているのだろう、あっちへふらふらこっちへふらふらと動き出す。
その動きを目で追っていた真備は、あることに気がついた。
……この詩は最初から読んではいけないのではないのか。真ん中から読むべきなのではないか。あたかも、碁の天元に黒石を置いたときのように。
蜘蛛が落ちたのは東の字である。次に海、次に姫、と来て氏へと動きを変える。次は國で百へ行き、世代へと歩む。まるで酔っ払いの歩みだ。しばらくすると、蜘蛛は命尽きたのか動きを止めてしまった。
そういえば、と昔聞いた話を思い出す。長安にいた粟特人が面白いことを言っていた。はるか西の国では昔、牛が鋤で田畑を耕すような文字の書き方をしたと。右から左、左から右へと一行ごとに文字の向きがかわるのだ。
真備は、ダメ元でこの蜘蛛の歩みが示したふらふらとした読み方を試してみることにした。
といって一朝一夕に解ける物ではない。悩み疲れると道教の典籍で脳を休める。神々の文字で書かれたらしい不思議な経典まである。読めはしないが見ていると楽しい。
やがて文意が通る文字の配列が得られた。
東海姫氏國 東海にある姫氏の国
百世代天工 百世代のあいだ天はたくみに行い
右司爲輔翼 ささえとなる役人がたすけとなり
衡主建元功 天秤の支配者は建国の功ををなした。
初興治法事 はじめは法によっておさめるようにし
終成祭祖宗 最後に祖宗のまつりをした。
本枝周天壤 本家と末家は天地に満ちて
君臣定始終 君臣として終始一貫の秩序をなさしめた。
谷填田孫走 谷は埋められ耕作する子孫は走りまわり
魚膾生羽翔 刺身には羽が生えて飛んだ。
葛後干戈動 葛藤があって戦争となり
中微子孫昌 中頃衰えて子孫は盛んになる。
白龍游失水 白竜は失水に遊び
窘急寄故城 困窮した者は故郷の町に身を寄せる
黄鷄代人食 黄色い鶏が人にかわって食らい
黑鼠喰牛腸 黒い鼠は牛の腸を喰う。
丹水流盡後 丹水が流れ尽きたあと
天命在三公 天命は三公にあり
百王流畢竭 百王の流れが涸れ尽きて
猿犬稱英雄 猿と犬が英雄を称する
星流飛野外 星は野の外に流れ飛び
鐘鼓喧國中 鐘鼓が国中にやかましく鳴る
靑丘與赤土 青い丘と赤い大地は
茫茫遂爲空 草ボウボウになりついにむなしくなる
真備は思う。これは予言と言えるのだろうか、と。
東海にある姫氏の国とは、明らかに周王朝を指している。周は、姫姓の王が修めた国だ。『周礼』で知られるように、立派な統治をした国として知られている。しかしその周も三百年近い繁栄の後、犬戎の侵入によって都を東へとうつした。周王の権威は大きく低下し、諸侯が実質的な権力を握る。諸侯の争いの後、英雄が戦い合って周は滅亡、最後には秦が覇権を握った。まさにその経過を描いているように思える。
「これで、白竜だの黄鶏だのが誰だ、などということは当てようがないではない」
頭を抱える。
皇帝は、このありきたりな王朝の興亡史という解釈で許してくれるだろうか。
いや、そもそも冒頭に東海をもってきた時点でこの詩は罠なのだ。古代の周はこの長安の近辺で興きた国だ。これは唐王朝の興亡を描写している。唐にとって東海にある国といえば日本。だが、日本が周の王家と関係あるなどとは聞いたこともない。
そういえば、皇帝の祖母である武太后――武則天もまた一時、周という国号を称していた。自ら「聖神皇帝」と名乗り、『大雲経疏』という注釈書をよそおった宣伝の書を流布させていた。皇帝にとっては大切な祖母だ。だから宮中は武則天を悪く言う者はいない。しかし、一歩街中に出ると、その噂は耳に入る。自らを弥勒菩薩の生れ変りと宣伝して、神皇と自称したとか。
「ということは、ひょっとして東海姫氏国とは暗に女帝の武則天の国を指しているのでは……」
楊貴妃が皇帝の無聊をなぐさめるために持ち込んだ市井の謎の詩が、実は武姓の周の滅亡を予言した宣伝のための讖緯の書だったとしたら?
何てやっかいな物を持ち込んでくれたのだ!
真備は頭を抱えたのだった。




