2話 打倒、監督!
この度、こちらの小説に興味を示して下さりありがとうございます。
こちらの小説は、よくある弱小野球部が甲子園を目指す物語ではありますが、その様子が監督目線で描かれたものになります。また、決して交わる事のない監督とマネージャーという立場を合わせ持つヒロインが、監督として野球部員を引っ張っていったり、時にはマネージャーとして友に青春の日々を過ごしたりとその都度、変わる感情や態度などに注目して読んで頂けたら幸いです。
「おはよ〜」
翌日、いつもの待ち合わせ場所で猿吉と合流した宮地。
あの後、マネージャー兼監督を名乗る謎の美少女は先生に用事があると言い、校舎の方に向かっていった。
そのため、その後彼女がどうなったのかは分からない。
嵐のような出来事の後で自主練をする気など起こることもなく、3人はその後すぐに片づけに入り、帰宅した。
「昨日のあの女性なんだったんだろうな?」
猿吉が早速その話題を切り出す。
「ん〜、名前知ってたし、関係者だとは思うけど、、」
と自信なさげに宮地が答える。
「監督ってのはピンとこないけど、マネージャーは普通に嬉しいよな!!練習中に頑張れとか言ってくれたり、おにぎり作ってくれたりするんだぜ?」
そう猿吉が少しテンションが上がった様子で話すと、つられて宮地も少しテンションが上がる。
やはり球児にとってマネージャーという存在には、かなりの憧れや夢がある。
「うぃーす、、、」
そうこうしている間に部室にたどり着いた2人。
朝練のかったるそうな声が部室中に響き渡る。
部室にはすでに平園と荒澤と木田が居て、朝練に向けてすでに着替え始めていた。
ちなみに、うちの部室の鍵はキャプテンの平園が管理している。
本来は1年が担当なのだが、鈴木は練習終わったらすぐに帰り、朝もいつもギリギリにくるため鍵の管理に向かず、東川に預けたこともあったが、一回鍵の紛失騒動があり不安のため、家が一番近い平園が管理している。
ちなみに昨日は、自主練が終わった帰りに平園の家に寄り、ポストに部室の鍵を投下して帰った。
宮地は、昨日の女性の話題を出すか迷ったが、一瞬の出来事であまり鮮明に覚えていなかったし、もしかしたら夢だった可能性もあるため黙っておくことにした。
「おざーす!」
朝から元気に挨拶するのは東川くらいだ。
先輩たちもつられてちょっと声のトーンを上げてうぃーすと返す。
そして、朝練開始の7:30に近づくにつれ、どんどん人が入ってくる。
そして、7:26にやっと最後の1人の鈴木が入ってきた。
着替えと移動も含めて、ギリギリの時間である。
だが、これが日常のため、皆急げよーくらいしか言わない。
そして、7:29にグラウンドに全員が集合した。
朱大高校の朝の練習メニューはティーバッティングである。
「じゃー各々準備して始めるぞー」
平園の掛け声に合わせて皆ボールやバットの用意をするために散らばり始めた。
「あー、皆ちょっといいかな」
すると、突然監督の声がした。
監督が朝練に来るのは非常に珍しい。
基本的に朝練は勝手に始めて朝のHRに間に合うように自分たちで終わりにする。
あまりの珍しさに皆がその声の方を振り返る。
すると、監督の隣に一人の女性も一緒にこちらに向かって歩いてきていた。
「えー!可愛い!!まさか、ついに俺らにもマネージャーが⁉︎」
矢中が朝からテンション爆上がりしている中、宮地と猿吉と東川は至って冷静だった。
理由は昨日すでに会っていたからだ。
「本当にマネージャーだったんだな」
猿吉が宮地に近寄り耳元で囁いた。
どうやら猿吉は彼女が監督という線はとっくに消しているようだ。
宮地はその猿吉の言葉に頷きながらも、少し引っ掛かっている様子を示している。
「はい、皆さんおはようございます」
そう監督が言うと、皆も少しバラつきながら挨拶を返す。
「今日は皆さんに紹介したい人がいます」
そういうと、監督は女性にどうぞと言い女性は一歩前に出る。
球児たちは女性に期待の眼差しを向けた。
そんな中、女性は堂々とした様子で話し始める。
「本日よりこの野球部のマネージャー兼監督をやらせてもらう青山梨花です。よろしくお願いします!」
その言葉を聞いた瞬間、球児たちは混乱の眼差しに変わった。
居残り3人組も混乱はしていないが、驚きを隠せずにいた。
マネージャーはともかく、にわかに信じきれていなかった監督も事実だと知ったからである。
「えっと、、監督?これはどういうことでしょうか?」
平園がチームの想いを代弁して監督に聞いてくれた。
「あはは、平園くん私はもう監督ではなく顧問だよ。」
顧問はそういうと、一息つき少し真面目な表情で話し出した。
「皆さん、少々混乱しているようですが、今彼女が言った言葉には何一つの誤りもありません。本日から彼女が新しいマネージャーであり、このチームの監督です。練習メニューの設計、試合の指揮も彼女にやってもらいます。そういうことなのでよろしくお願いしますね」
そういうと、顧問は青山を残してグラウンドを後にする。
混沌とした雰囲気が漂うグラウンドに残された青山と球児9人。
誰も声が出せずにいた。
「監督!見て下さい!!空き缶潰さずにバットを触れるようになりましたよ!」
そんな雰囲気の中、東川が空き缶とバットを持って青山の元に歩み寄り、実際にバットを振って見せた。
この様子に球児はもちろん、青山も驚いた表情を見せた。しかし、すぐに正気に戻った青山はすぐに口を開いた。
「おー!いい感じよ!!じゃーそのままティーで打ってみましょうか!」
とそのままティーを打ち始めようとする2人に待ったをかけたのはやはり、平園だった。
「おい、東川お前この人と知り合いなのか?」
「知り合いというか昨日会いました!あ、宮地先輩と猿吉先輩も会ってますよ?」
そう東川が言うと、球児たちは宮地たちの方を見た。
驚く宮地と猿吉。
「いや、昨日居残り練習してたら、突然グラウンドに現れたんだよ〜」
と言い訳をするように宮地が慌てて説明をした。
少し彼女について知っている人が一安心した球児たちは冷静さを取り戻した。
「てか、マネージャーはともかく監督ってなんだよ!しかも試合の指揮もするってどういうことだ!」
荒澤が少し声を荒げて青山に聞いた。
「そのままの意味だけど?」
青山はその声に何も動揺せずに、キョトンとした表情で、さも当たり前かのように聞き返した。
その態度が気に入らなかったのか、荒澤はさらに声を荒げた。
「っざけんな!そんな勝手なことが許されるわけねーだろ!!今まで試合の指揮は俺がやってたんだ!それなのに、、、」
「でもその結果、新チームが発足して一度も勝てていない」
荒澤の徐々に大きくなる声に被せるように青山が言葉を放った。その言葉が刺さったのか荒澤は言葉に詰まり、黙り込んだ。
周りの球児も少し下を向いて情けない表情を浮かべていた。
その空気に追い打ちをかけるように青山は口を開く。
「前回の藍然高校の試合。得点は平園くんのホームランのみ。安打は合計6本で、そのうちツーベースが猿吉くんの1本。相手のエラーも絡んでチャンスは多くあったのに、無意味なスクイズやホームゲッツーでことごとく潰れている。」
細かく正確な試合のハイライトに球児たちは混乱していた。
「すげー!、よく知ってますね?まるで見てきたかのような!」
そう東川が感心しながら青山に言った。
「あら、見ていたわよ?最初から最後までね」
青山はそう言うと手に持っていたスコアボードを球児たちに見せた。
そこには藍然高校との試合展開がびっしりと書かれていた。
球児たちは初めてスコアボードを見て、お〜と唸っていた。
「私が監督だったらもう5点は取れたわね」
と少し煽るような口調で青山は荒澤に言った。
少しイラつきの表情を浮かべる荒澤。
「そりゃー、口でならいくらでも言えるわなー」
と対抗するように荒澤も言い返す。すると、青山はニヤッとした表情を見せた。
「じゃー実際にやってみましょうか?」
そう青山が言うと、荒澤のみならず、皆が唖然としてスコアボードから青山の方に目を移した。
「今週末の日曜日にもう一度藍然高校と練習試合をします。そこでお互い前と同じメンバーで試合をして、私の監督としての技量を証明しましょう」
「はぁ?」
球児全員が何言ってんだコイツと言わんばかりの表情を浮かべ、グラウンドは再び混沌に包まれた。
キーンコーンカーンコーン、、、
すると、その時予鈴が校庭に鳴り響いた。
この予鈴の10分後に朝のHRが始まるため、そのチャイムを聞くなり、球児たちは急いで片付けを始めた。
「じゃー、放課後早速練習始めるからここに集合してねー」
そう言い残すと、青山はグラウンドを後にする。
その後ろ姿を見届ける球児たち。
少しフリーズしてから慌てて片づけを再開する。
「なぁー、あれって藍然高校ともう一回試合するってことなのかな?」
そう矢中がボールが入ったカゴを運びながら、ちょうど近くにいた木田に話しかけた。
「さすがに嘘なんじゃない?帰る時にもう二度とやりたくないみたいなこと言ってたし、、」
とバットを持ちながら相変わらず自信なさそうに木田が答える。
「まぁ、HR終わったら一応監督、、、いや、顧問に聞いてみるよ。さすがに1週間後にもう一度同じチームと練習試合するなんてのは聞いたことないから俺も嘘だとは思うけど、、、」
平園がボールの入ったカゴを持ちながら話に割って入ってきた。
「嘘に決まってんだろ!はったりだよ、はったり!」
とバットを持ちながら不機嫌な荒澤も話に混ざってきた。
そうこうしながら、片付けが終わり各々着替えて教室に向かい、ギリギリHRには間に合った。
「うん、藍然高校と試合組んでるよ。今週末に」
HR後に平園は同じクラスの荒澤を連れて先生に一応の気持ちで聞きに行った。
しかし、予想外の答えが返ってきて2人は言葉に詰まってしまった。
「え、、でも、なんで⁈ 自分たちで言うのもあれですけど、もう一度とやり合いたいと思う試合内容ではなかったですし、あれから1週間しか経っていないですし、、」
と平園が珍しく慌てふためいて顧問に聞いた。
「私にもよく分からないんだけど、向かうから申し出があったんだよ。こっちとしては予定も断る理由もなかったから受けたけど、何かまずかったかな?」
と顧問が聞き返すと、平園は問題ないですと言い、2人は職員室を後にした。
「どうなってんだよ⁈」
そうキレ気味に荒澤は平園に聞いた。
「よく分かんないけど、あの青山って人がどうにかして試合を組ませたと考えるのが妥当じゃないか?」
と荒澤とは反対に冷静に推理する平園。
「そんな力があの女にあるのか?親が総理大臣とかか?」
荒澤の飛躍した想像に呆れつつも、あの人ならあり得るかもと思ってしまった平園だった。
キーンコーンカーンコーン、、、
6時間目が終わり午後の練習の時間になった。続々と部室に集合する球児たち。
「そういや、藍然高校との練習試合の話本当だったわ、、」
と部室に皆が集まったタイミングで平園が打ち明けた。
皆着替えの手を一度止め、丁寧に驚いた。
「え!なんですか?あの人の親、総理大臣なんですか⁉︎」
東川が荒澤と同じことを言い出す。
しかし、誰もツッコむことはなく、ただ部室に青山への不信感と恐怖感が充満していた。
いつもより時間のかかった着替えを終え、皆がグランドに向かうと、そこにはすでに青山梨花が立っていた。
「お、やっと来たわね〜、もう2分くらい早くなるんじゃない?」
そう青山が言うと、球児たちは皆心の中でお前のせいだよと思ったが、誰も声には出せなかった。
「じゃー、作戦会議をするわよ?集まって!」
そんな様子はお構い無しに青山が集合をかける。
すると、少しばらついていた球児たちが少しだけ青山の元に近づいてきた。もちろん、荒澤は微動だにしない。
「まず、始めにこちらを日曜日の試合までに覚えてきてください!」
そう言って球児たちに渡されたのは8ページほどの紙の束だった。
球児たちは不思議がりながらページをめくった。
すると、そこにはびっしりとサインが書かれていた。その数なんと50個!
ちなみに一般的に野球のサインは3〜6個、多くても10個ほどである。
「いや、サイン多すぎでしょ⁉︎」
「こんなん覚えられないって」
と当然のように多くの野次が飛び交う。
「ごちゃごちゃ言わないの、よく聞いてね。強豪校の選手たちは点を取るため、先の塁に行くために常に考えながらプレーをしているの。それと同じことをあなたたちにもしてほしいの。でないと取れる点も取れないわ。でも経験も知識もないのに同じことをやれって言うのは酷だろうから、初めは一球一球私からランナーとバッターにそれぞれ指示を出すわ。いずれはもちろん自分たちで考えて実行してもらうけどね」
そう青山が説明を終えると、腑に落ちたのか球児たちの野次はなくなった。
しかし、現実的に50個のサインを残り6日で覚えるのは結構きつい。
「やってられねぇー、早く練習始めようぜー」
荒澤はそう言うとサインの書かれた紙の束をその場に放り投げ、練習を始めようとした。
それを見た青山はとある条件を提示した。
「ちなみに、日曜日に1人でもサインミスをした場合、それは私のミスではなく、あなたたちのミスだから結果0点だろうが監督を続けます。ですが、誰もサインミスせずに6点取れなかった場合、責任をとって私が監督を辞めます。その後はマネージャーとして雑用でも何でもする。これでどう?」
荒澤は足を止め、条件を最後までしっかり聞いた。
正直これはかなり野球部側に有利な条件だ。なぜなら、サインミスさえしなれば良いのだから。わざと打たなかったり、わざと牽制でアウトになったりすれば点なんかは入らないからだ。
もちろん、荒澤もそれには気づいていた。
さらに、このチームはギリギリの9人、人手が増えるのは誰であろうと嬉しい。
「その条件乗った!あとで取り下げは無しだからな!」
荒澤は自分の考えに抜け目はないと判断し、青山の条件をのんだ。
「よし!交渉も成立したし、早速練習を始めていくわけですが、その気になる練習メニューは、、、」
青山の発言に耳を傾ける球児たち。
これほど得体の知れない人だ。練習メニューもさぞかし大変なんだろうと誰もが思っていた。
「、、自分たちで考えて下さい!」
まさかの言葉に球児たちは拍子抜けをした。
「えー!昨日みたいにすごい練習メニューを教えてくれるんじゃないんですか?」
東川が残念そうに青山に言った。
「昨日はただの気まぐれ、監督として本採用されたら手取り足取り教えてあげるわよ!」
青山は得意げに東川に言った。
「おー!じゃー俺たち日曜、絶対勝ちますね!」
そう東川だけ深く意気込んだ。
「おい!東川なんでお前最初からあいつの味方なんだよ!」
荒澤は流石に東川の態度が気に入らなかったのか、少し怒った感じで言った。
「じゃー決戦は日曜日。場所はここで1試合目だからね!体調は万全にしてきてね。と言うわけで、私は行くところがあるから後は自分たちで練習してね。それじゃ!」
そう言うと青山はグラウンドを後にした。
「本当に俺たちにメニュー丸投げだったな。しかも見もしないって本当に監督か?」
矢中が青山が見えなくなったのを確認してから言った。
「監督じゃねーよ!ただの生意気な女だよ」
すかさず荒澤が訂正する。
「でも、あの女もバカな提案をしてきたもんだよな。サインミスさえしなければってチャンスでわざと三振したりすればこっちのもんなのによー。計算高い女だと思ったけど頭に血でも昇っちまったのかな〜」
相当青山のことが気に入らないのか、悪口がどんどん出てくる荒澤。
その様子を見て呆れる平園。
その平園の顔を見て何だよと少し怒りながら聞く荒澤。
「お前、このプリントちゃんと見てないだろ?」
そう平園が言うと、荒澤は自分がさっき放り投げたサインの書かれた紙の束を拾い上げ、隅々まで目を通し始めた。
すると徐々に荒澤の表情が焦り始めた。
サインには盗塁やバント、エンドランといった単純なサインの他に、ファーストに取らせるゴロを打つ、バントの構えからサードの頭上を越えるプッシュバントをする、牽制を一球もらう(アウトになったらダメよ♡)と言うような細かすぎる指示もサインとして登録されていた。
青山が提示した条件はサインミス。
一般的にサインミスとはエンドランの時にバッターがバットを振らないや、スクイズで3塁ランナーがスタートを切らないなどサインの見落としや認識の誤りなどから起こるものを言うが、今回のようにファーストに取らせるゴロを打つというサインが出たにも関わらず、セカンドに取らせてしまった場合、これもいわゆるサインミスということになる。
そのことに気づいた荒澤は怒りがこみ上げてきた。
「あの女!絶対許さねぇー!!」
「てか、最後のページに小さくホームランを打てってサインあるんだけど笑」
「荒澤、完全に手の上で踊らされたな〜」
矢中と平園が荒澤に煽るように追い打ちをかける。
「おい、お前ら当日絶対サインミスするんじゃねーぞ!」
矢中と平園の言葉でさらに火がついた荒澤は他の部員に八つ当たりするかのように言った。
「ででも、これ覚えるだけでも大変なのにこれを言われた通りに実行するってなるとさらに難しいんじゃ、、」
「弱気になんな!このままだと本当にあの女が監督をやることになっちまうだろ!!」
荒澤が食い気味そう言うと、木田はびびって引き下がった。
「まぁー、いきなり来て、いきなり監督やりますってのは、ちょっと図々しいよな〜」
猿吉が荒澤の背中を押すように話に割って入った。
その様子を見ていた平園は少し考えた後に口を開く。
「とにかく、できるかは置いておいて、当面の目標はこのサイン通りのことを全員が実行できるようになること。だから練習メニューもこのサインの表に乗っ取ってやっていこう。覚えるのは各自で家とかでやってきてくれ。」
そう平園が提案すると、異論があるものは1人もいなかった。
「絶対、あの女に監督はさせないぞー!」
その荒澤の掛け声に、半分ほどの部員がおもしろがっておーと言う。
こうして、打倒監督という不思議な構図が出来上がり、今週末に向けた練習が始まった。
初めまして!かすたむと申します。
高校まで野球小僧だったものです。野球部時代、こういうマネージャーがいたら良かったななどの妄想がこの作品の原点です。さらに、そこに監督というスパイスが加わればストーリーにも厚みが出て、新規制もあり面白いかなと思い書き始めた作品になります。野球を知っている人も知らない人も楽しんで読んでもらえたら嬉しいです。ぜひ今度ともよろしくお願い致します!