1話 謎の美少女現る
この度、こちらの小説に興味を示して下さりありがとうございます。
こちらの小説は、よくある弱小野球部が甲子園を目指す物語ではありますが、その様子が監督目線で描かれたものになります。また、決して交わる事のない監督とマネージャーという立場を合わせ持つヒロインが、監督として野球部員を引っ張っていったり、時にはマネージャーとして友に青春の日々を過ごしたりとその都度、変わる感情や態度などに注目して読んで頂けたら幸いです。
「 11対1 藍然高校 ゲーム!」
その主審のコールがグラウンド中に響き渡ると、お互いのチームは一斉に礼をして練習試合の感謝の気持ちを叫び合う。
その後に、お互い相手チームの監督さんに練習試合の講評をもらうために相手ベンチ前に向かう。
相手チームの監督は、こういう時大体相手チームの長所を必死に見つけ、そこをなんとなく褒めるだけである。
今回の監督さんは、少ない人数なのに頑張っているねといった内容だった。ちなみに、この内容で褒められたのは新チーム発足後7回目だ。おそらく、ここぐらいしか褒めるところがないのであろう。
この後はグラウンド整備となる。基本的にホーム側のチームがグラウンド整備を行うが、社交辞令で一応相手チームもグラウンド整備するぞという意思は見せる。
「グラウンド整備は僕たちがやるので大丈夫ですよー」
「いえいえ、暇なのでやらせて下さい〜」
「いや〜、気持ちは嬉しいのですが、相手チームにやらせてしまうと監督に怒られてしまうので〜」
「そうですか、、、そういう事ならよろしくお願いします」
といった感じのやり取りを毎回のように行い、最終的には自分達のチームのみでグラウンド整備を行う。
今は各ポジションごとに自分の守備範囲の整備を行っていた。
「はぁ〜、新チーム発足してからこれで8連敗か〜」
そう呟いたのは、ショートを守る矢中幸介2年生だ。
元気のあるムードメーカーで、打席では、いやらしいバッティングで相手チームのムードを下げ、守備では華やかなプレーで自チームのムードを上げる。
「まぁ、今日の相手は結構強いところだったから、仕方ないんじゃないか?」
そう言いながらショートの守備範囲に侵入してきたのは、サードの平園海斗2年生だ。
長打力のある頼りになる4番バッターであり、このチームのキャプテンも務める。
ちなみに今日の試合の1点も平園のホームランだ。
「いや、俺のせいだ。俺が18本のヒットと5個のフォアボール、2つもワイルドピッチをしたから、、、」
そう自信なさそうに話に入ってきたのは、ピッチャーの木田健太2年生だ。
大抵ピッチャーをする奴には俺様系の性格が多いのだが、木田は非常にメンタルが弱く、すぐ自分が悪いと言い始める真逆の性格をしている。
「おいそこっ!固まってないで自分のポジションの整備をしろ!!」
そう強い口調で怒鳴りながら注意してきたのは、キャッチャーの荒澤翼2年生だ。
このチームのゲームリーダーである。
守備中は随時野手に守備位置や作戦を指示し、攻撃中にはサインを出し、試合を組み立てている。
副キャプテンでもある荒澤は、若干気性が荒く仲間に威圧感を与えてしまうことが多々ある。
特にピッチャーの木田はメンタルは弱いためか、荒澤に酷く怯えている。
今も荒澤の注意にビビりながら持ち場のピッチャーマウンドに戻っている。
たまにどっちがピッチャーなのか分からなくなる。
「・・・」
その様子をただ黙って見守っていたのは、ファーストの土井貴弘2年生だ。
183cmとチーム1の身長で、リーチも長く、ハンドリングも非常に上手い。そのため、上下左右にそれた球も大体取ってくれる非常に心強いファーストである。
ただ、普段から無口でプレー中も滅多に声を出さない。初めの頃は皆声出せよと言っていたが、最近では誰も注意しなくなっていた。
「集合!」
グランド整備が終わり、キャプテンの掛け声で選手全員が監督の前に整列して集まった。
「はい、皆さん今日はお疲れ様でした。点差こそついてしまいましたが、強豪相手に必死に食らいついていましたよ?」
そう励ましの声を選手たちに送る監督。うちの監督はどんな試合内容でもとりあえず褒め、選手たちのプライドややる気を失わせないように接してくれる。そんな優しい表情や言葉が僕たちの支えとなっていた。
「いや〜、今日の相手まじ弱かったな〜」
「うちの3番手ピッチャーから1点しか取れないことある?笑」
「もう試合やっても意味ないからウチの監督に誘いが来ても断るように言っておこうぜ」
「朱大高校じゃなくて、醜態高校だな笑」
「それだ!!あはは、、、、」
まさかその会話が俺たち朱大高校に丸聞こえだとは知らずに愚痴を吐きながら帰宅する相手高校の選手たち。
今集合している場所はすぐ近くに最寄駅に行くための細い通路があり、壁ではなく、木々によって区切られているため、その通路の声はこちらに筒抜けとなる。
それを熟知している朱大高校の野球部は、後輩が入ってきたらまず初めに、この道では決して先生の愚痴やグレーゾーンの話はしないようにと教えてあげるのが伝統となっている。
「・・・・えっと、、、」
この雰囲気には流石の監督も躊躇っているようだ。まるでお通夜のような雰囲気になってしまい、選手たちも帽子のつばで表情が見えなくなっていた。
「き、今日は疲れたと思うので帰ってゆっくり休むようにね。以上!」
監督はゴリ押しでミーティングを締め括った。ちなみに、監督の名前は緒方陽一。
社会科の教師で、元はバレーボールをやっており、野球は未経験者。
そのため、技術的指導はできず、今日も試合をベンチからただ見守っていた。
「お疲れ様ですー」
監督がグラウンドを去った後すぐにグローブやスパイクを持って部室に向かったのは、ライトの鈴木蓮也1年生だ。
いつも練習や試合が終わると居残ることなく、すぐ帰宅する。
彼の本職はピッチャーで、2番手ピッチャーとして控えている。
正直能力的には木田より上なのだが、キャッチャーの荒澤が鈴木をあまりよく思っていないことが原因で2番手となってしまっているというのが現状である。
「お疲れ〜、まぁでも俺たちも今日は帰るか」
「そうだな、今日は体の外部も内部もボロボロだからな、」
そう言って、平園含む5人も部室に帰っていった。
「今日は3人か、じゃーティーバッティングでもするか?」
「いいね、じゃー俺ボール用意するから先打たせて〜」
「じゃー俺バット用意します!試合中教わったことを意識して少し素振りしてから打ちたいので2番目でもいいですか?」
「じゃー俺が3番手ってことでトスからか、その前に自販機で飲み物買ってくるわ。買ってきて欲しい人いる?」
「えっ!宮地先輩の奢りですか⁈ アザース!!俺ボカりが良いです」
「まじで?じゃー俺ナッチで」
「・・・・龍だけは奢ってやる。猿の分は後でもらうわ」
「え〜、宮地のけち〜」
そう言いながら、居残り組3人はティーの準備とジュースの買い出しを済ませ、鉄球を打ち始めた。
キンッ!、、、、キンッ!
甲高い金属音が鳴り響き始めたグラウンド。
今現在、ボールを打っているのがセンターの猿吉博2年生だ。
チーム1の俊足で広い守備範囲が武器だ。打順でも1番を任され、打率もチームトップである。
そして今素振りをしているのが、レフトの東川龍1年生だ。
打順では5番を任されている平園に続くパワーヒッター。
野球は高校から始めたため、まだ野球初心者だが体格はチーム1で、ベンチプレスはすでに105kgを上げる事ができるらしい。
最後に今トスを投げているのが、セカンドの宮地涼介2年生だ。
走攻守どれも普通で特に吐出したものはない。
ただ、野球は大好きでほとんど毎日のように居残りで練習をしている。
ちなみに、野球部内では猿吉と最も仲が良く、いつも居残り練習に付き合ってもらっている。
以上がこの朱大高等学校野球部だ。
「はい、ラスト〜」
キンッ!
猿吉が1セット10球を5セット打ち終え、ローテーションして今度は東川が打席に入り、猿吉がトス、宮地が素振りとなった。
「お願いしやす! シュッ!、、シュッ!、、、」
東川が猿吉のトスを打ち始める。ちなみにティーを打つ時にシュッ!と言う選手は結構いる。しかし、試合中の打席でシュッ!と言う選手はほとんどいない。不思議だ。東川もただ先輩方の真似をしているだけだ。
「ん〜、なんかスイングがぎこちないんだよな〜、打球も体格の割にしょぼいし、、」
猿吉が一旦トスをやめ、東川に率直な意見を言う。
「くそっ!俺は一体どうすればいいんですか⁈ 教えて下さい!猿吉先輩!!」
東川はすごい素直で謙虚で努力家で可愛いやつだ。
言われたアドバイスはとりあえずやってみる。今までもいろんな人からアドバイスをもらっているが、野球を始めて半年ちょっと。まだぎこちないスイングが続いていた。
「ん〜、もっとこう、どっしり構えて、ためてためて、、解放!!、、的な?」
残念だが、猿吉はバリバリの感覚派で、打ち方を言語化することはできなかった。東川もポカンとしている。
「体の開きが早いから前足で壁を作るイメージで振ってみたら?」
それを見かねた宮地がよく小学校時代にコーチに言われたことをそのまま東川に言ってみた。しかし、宮地自身もこの言葉が一体何を示しているのかは分かっていない。
「こうですか?」
そう言うと東川はとりあえずその場でバットを振ってみる。しかし、特に改善点は見られない。猿吉も宮地も微妙な表情を浮かべ、何か良い伝え方はないかと再び悩み始めた。
「そんな腰の振りじゃ女の子にモテないぞ!」
すると、突然遠くの方からよく通る女性の声が聞こえた。
その声の方を振り返ると、塁間ほど離れたところに1人の女性が立っていた。
ちなみに、うちの野球部にマネージャーはいない。一体誰かと3人が思っていると、女性がこちらに向かって歩き始めてきた。
3人は挙動不審になりながらも近づいてくる女性の方を見続ける。
塁間の半分くらいの距離となり、その女性の情報量が増える。
身長は165cmほど、歳は同い年くらい。小柄で半袖、短パン、ポニーテールとザ・スポーツ女子のような見た目をしている。そして、何よりめっちゃ可愛い、、、
「お、お前らの知り合いか?」
あまりの可愛さにテンションが上がり猿吉が他の2人に聞くが、2人とも激しく首を横に振る。
そうこうしていると気つけば、女性が目と鼻の先にまで近づいていた。
すると、猿吉と宮地には気にも留めずに2人の間を通り抜け東川の元へと向かう。
その時香った女子特有の良い匂いに2人は思わず顔が緩まる。そんな2人を気にする事なく、その女性は東川に話しかけた。
「ね、君野球始めたばかりでしょ?」
そう女性が自身満々に東川に聞いた。
「は、はい!高校からであります!」
すると、東川は声を張り上げ答える。東川もだいぶ意識しているようだ。
「打つ時に上半身と下半身が一緒に回っちゃってるのが勿体無いわね、こうぐっとこの辺に力を入れるイメージで下半身を止める勢いで上半身が回っちゃうっていう連動感を意識して、一連の流れでバットを振るの」
すると女性は、東川のお腹の辺りを触りながら説明をした。
いきなりのボディタッチに東川はテンパり始める。
猿吉と宮地も思わずいいなと言葉が漏れてしまう。
「、、って口で言っても分からないよね?何か、、、、あっそこの空き缶もらってもいい?」
そう女性が指差した方向にあったものは居残り前に買ってきたジュースの缶だった。ちなみにそのジュースの缶は宮地のものだった。いきなり自分が指名されたと思い、嬉しさ隠しきれないまま宮地は自分のジュースの缶を女性に渡した。
「ありがとう、、、ってまだこれ残ってるじゃない。もったいない、、ごく、ごく、、」
宮地からジュースの缶を受け取った女性は少しまだ中身が残っていることを知ると何の躊躇いもなく中身を飲み干した。
この突然の間接キスには男子全員唖然とするしかなかった。
「じゃーはい、これを前足の踵の下において」
そう言うと、女性は空き缶を東川に渡した。東川は間接キスで頭がいっぱいですぐには反応できず、少し間を置いた後に訳も分からず、言われるがままに前足の踵の下に空き缶をおいた。セットが完了すると、女性は東川にバットを振るよう促す。まだ現状を理解していない東川だったが、とりあえず振ってみることにした。すると、前足で空き缶を思いっきり潰した。
「あはは、、ダメだよ潰したら!」
女性はあまりにも思いっきり潰すものだから、思わず吹き出してしまう。その表情を見て少し嬉しくなってしまう東川。しかしその後も、なるべく潰さないように振ってみようとするも、やはり空き缶を潰してしまう。
それを見かねた女性は今度は猿吉を指名した。
「君、お手本!」
そう猿吉に打席入るよう指示すると、猿吉はウキウキで東川からバットを受け取り、もう潰れ切った空き缶の上に前足をセットしバットを振った。すると、東川とは大きく異なり空き缶の潰れる音は全くしなかった。
それを見るなり東川からは思わず歓喜の声が出る。
「これは、彼が上半身と下半身が同時に回ることなく、しっかり前足で壁を作ることができているからできるの。君の当面の目標は、その空き缶を踏みながら一切音を鳴らさずに7割程の力でスイングができるようになることね、東川くん!」
女性はすかさず解説を始めた。解説もわかりやすかったが、それより3人は女性の最後の言葉に反応した。
「このチームでフォームがしっかりしているのは1番の猿吉くんと4番の平園くん、あとキャッチャーの荒澤くんね」
東川だけでなく、他の野球部員の名前も次々と出てきて、驚きを隠しきれない宮地は思わず女性に尋ねる。
「あの、、何で俺らの名前知ってるんですか?」
すると、女性はその言葉を待ってましたと言わんばかりの表情でこう答えた。
「そりゃーそうよ、だって私このチームのマネージャー兼監督だもの!」
その言葉を瞬時に理解できるものはもちろん居らず、皆がその場でフリーズした。
そして、しばらく間カラスの声しか聞こえなくなっていた。
初めまして!かすたむと申します。
高校まで野球小僧だったものです。野球部時代、こういうマネージャーがいたら良かったななどの妄想がこの作品の原点です。さらに、そこに監督というスパイスが加わればストーリーにも厚みが出て、新規制もあり面白いかなと思い書き始めた作品になります。野球を知っている人も知らない人も楽しんで読んでもらえたら嬉しいです。ぜひ今度ともよろしくお願い致します!