第7話 ゆめがたり 巻の弐
桃里が見た不思議な夢の続きです。
この作品はフィクションであり、作中の国、歴史、文化、人物などは現実とは一切関係ありません。
<桃里語り>
再び夢の続きを見たのは翌年の大晦日。大学2年生の時。
初めて神楽家を訪れた年で、初めて紅玉と出会ったのもこの時だった。
客間でうたた寝のつもりが本気寝をしていた時だ。
1年ぶりのことだった。
内容は昨年見たあとしばらくは覚えていたけれど、もうすっかり忘れていた。
なのに夢が始まった途端、当然の様に内容を思い出していた。
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「違う!俺が愛しているのは君なんだ」
そう必死の思いで叫ぶと、お姫様は本当に驚いた表情をした。
だがすぐに伏し目がちの表情になってしまった。
(俺の言うことを信じてくれていない?)
俺は目の前が真っ暗になった。だがもしかして誤解されているのではないかと気づいた。
「元の国に戻りたくないのは、この国の権力ある立場が惜しいからじゃない。離縁されるのが不名誉だからでもない。君のことが好きだからだ。君と離れたくないからだ」
「初めて会った時から君にすごく惹かれていたのに、俺は素直になれずにいたんだ」
俺はそう必死でお姫様に思いを打ち明けた。
そう伝えると、彼女の瞳から一筋の涙が零れ落ちた。
彼女は静かに語りはじめた。
「あなたにはじめてお会いした時、その悲しみがあまりに深くて、辛そうで。それからもあなたはずっと、かの女性を想って悩み苦しんでいました」
「それでもあなたはこの国のために尽力してくれました。私と一緒に国を巡って民の暮らしを見て、一緒に政策案を考えてくれました。大臣たちもお城の皆も、あなたにとても感謝をしているのですよ」
(それは君が好きだからだ。君のために俺は努めただけなんだ)
俺はそう心の中で叫んだ。
「それは王も王妃も同じです」
お姫様が言った。王様は彼女の父親で、王妃様は母親だ。お姫様は次期女王で、俺はその婿に迎え入れられたのだ。
「ですから、王も私の願いを聞き届けてくれました」
俺は愕然とした。そして震える声で彼女へ問いただした。
「俺が国に帰ったら、君は……別の男を婿にとるのか」
悲しみと絶望と嫉妬心に加えて、これほどに彼女を追い詰めた自分への怒りを感じていた。
この国には日本の様に四季があり、俺がやって来たのが春のこと。この冬を超えて春になればもうすぐ1年になる。その間、俺が自己憐憫を拗らせて、お姫様へ想いを伝えてこなかった代償はあまりに大きすぎた。
「よその国から婿殿を迎えることはもうありません」
お姫様は言った。
「ですが、世継ぎのことがありますので婿を迎えることにはなります」
「それは……この国の者から選ぶということか⁉」
俺はだいぶ昂った口調でそう聞いたが、お姫様は静々と返した。
「……そういうことになると思います」
俺はピンと来た。
「あの従者だろう⁉あいつはたしか身分は高かったはずだ。あいつなんだろう」
あの忌々しい目障りな従者、あいつの家は大臣家ほどではないがそれなりに身分の高い家だった。
最悪、大臣家に養子にでもしてもらえば何とでもなる間柄だった。
「……」
姫は黙った。つまりはそういうことなのだろう。
「あいつのことがずっと好きだったのか?」
俺は心がすーっと凍っていくのを感じた。なのに姫への恋情は燃えていくばかりだ。
「……幼い頃は、彼と一緒になるものだと思っていました」
俺は立っていられない程の絶望と嫉妬心を感じたが、拳を握って何とか耐えた。
姫は続けた。
「ですが、しばらくして己の立場を知り、彼のことは諦めました。もう何年も前の話です。それ以降は本当に幼馴染として頼りにしている存在です」
俺は聞いた。
「では今はもう想っていないと?」
姫は答えた。
「はい。今はもう……。ですが、他の者よりずっと安心できる相手なので」
「……」
俺の心は完全に昏い気持ちに吞み込まれていた。目の前には暗くてどろどろした闇が広がっていた。
元恋人に裏切られた時でさえ、ここまでの感情にはならなかった。去られても生きていけるだけの余裕があった。
だが、今はもうだめだ。このお姫様が俺の元を離れて行ってしまったら、俺はもう生きていくことは出来ない。
少しの静寂があった。
「……許さない」
俺は自分のしてきた事は棚に上げて、怒りで完全に我を忘れていた。
「君が俺から離れるなんて許さない」
(あいつと一緒になるなんて絶対に許さない)
お姫様は少し怯えた声で俺の名前を呼んだ。
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