第4話 雪白の記憶 前編
今回は桃里、紅玉それぞれの視点パートで分かれています。
この物語はフィクションのため、作中に登場する団体、企業、学校、神社、人物などは現実とは一切関係ありません。
<桃里語り>
あの冬の日、俺は誓った。
君への想いを知ったのならば、すぐに言葉にして君に伝えようと。
そして片時も君のそばを離れず、何よりも君との時間を大切にしようと。
今こうして君と共に過ごせることは本当にかけがいのないことなんだ。
君と再びめぐり合えたのはこの上ない天上の奇跡なのだから。
「誕生日パーティーの招待?」
5月も半ばを過ぎ、彼女が俺に渡してきたのは学校のクラスメイトからの招待状だった。
「行ってはだめでしょうか」
彼女が伺うように聞いた。
「少し、確認する時間が欲しい」
俺はそう答えた。
俺は彼女が自分以外の人間と出掛けるのを好まなかった。
だがそれには理由がある。
家族は例外だ。警戒していたのは友人と出掛けると言われた場合だ。
彼女は勿論きちんとした友人関係を築いている。また名門のお嬢様学校なのでかなり安全に配慮された環境ではある。
神楽一族も人に恨まれる様な家ではない。だが神楽家の一人娘である彼女を利用しようとする者や、引きずり降ろそうと罠を張る者がいないとは限らない。
たとえば彼女を誘ったクラスメイトの中に、出掛けた先に内緒で他校の男子生徒や、その者の知り合いの男性を何人も連れてくるなんていう不届きな者が絶対にいないとは言えない。
遊びに行った先の家に素行の悪い人間がいる可能性だってある。部屋に連れ込まれたりでもしたら、考えたくもない。
だから自分が警戒し、相手がどんな人間か調べ場合によっては断る。承諾する場合も先に考えられるだけの対策を練っておく。
大袈裟と言われるかもしれないが、彼女に対してはそれぐらい徹底している。
自分は何でもまず疑ってかかるという性格であることも理由に含まれるが、何よりもそれ程までに彼女が大切なのだ。
彼女との時間、彼女と共にいられる日々、そして彼女の俺への気持ち。
これがどれほど大事で、かけがいのないものであるのか、心の底から痛感する記憶が自分にはあった。
彼女は知らない、話していない、自分しか知らないことが。
<紅玉語り>
桃里さんは言った。
「俺以外の人間と外出しないで欲しい」
そして、
「何処か行きたい場所や、何かしたいことがあれば俺と一緒に行って欲しい。
その代わりどこにでも連れて行く。見聞を広げたい時は俺と一緒に」
と。私はそれが嬉しかった。
自分の視野や世界を広げるためにも多くの人と出会い、色々な場所へ出かけ、多くを見聞きすることは大事なことだ。私もそう思う。
もちろんそれも大事だけど、私はそれ以上に桃里さんといる時間が大事だった。かけがえのない時間だと感じていた。私は純粋な本心では彼とずっと2人きりで過ごしたいと思っていた。
学校のクラスメイトから誕生日パーティーの招待状を貰った。
昨年も出席したのだが、桃里さんは何て言うだろうか。
友人のお祝いをしたい気持ちがあるけれど、本音を言うと必ず出席したいと思っているわけではなかった。
私はもともと友人との外出や、遊びに行くことはそれほど多くなかった。
お互いをよく知っていて、気心の知れた英語サークルの友人たちと時折出掛けたり、お家に呼ばれたりすることはあった。また鳳条家の紫音とは一緒に勉強をしたり、季節の行事に参加をすることがあった。
婚約をしてからは、自分の望みでずっと桃里さんと一緒にいた。
本当はこれからもすべての時間を彼と過ごしたいと思っていた。
だがそれは依存だと思われてしまうことなのだろうか。
友人たちも婚約をしてから予定には少し遠慮気味で申し訳なかったので、バランス良く人付き合いをした方が良いのだろうか。人間関係のバランスについて私はそんな風にあれこれ考えていた。
今日は神楽本邸の私の部屋で、桃里さんはソファのテーブルで仕事の準備、私は机で勉強をして過ごしていた。
先日渡した招待状について、彼からの回答は、
「行かないで欲しい」
だった。そして断る連絡は自分がやるから君は何もしなくていいと言われた。
「どうしてでしょうか」
と一応の理由を尋ねた。
彼は言った。
「この友人の兄に女性関係で行動が軽薄、所謂チャラいと言われるタイプの人間がいる。この人物が仲間を引き連れて女性を物色しに出席してこないとも限らない」
私は彼がそこまで考え及んでいることに驚いた。しかし、
「去年も出席していますが、その時はそのような人はいなかったと記憶しています」
今の私は少しばかり人付き合いのバランスというものを意識していたので、
「少し心配しすぎの様な気がします」
そう彼に告げてしまった。
やはり彼は驚いた表情をした。私の返答が想定外で、これまでならば絶対にしない少々反抗的なものだったからだ。
彼は少し逡巡した後こう言った。
「では言い方を変える。行くな」
「桃里さん……」
射るような強いまなざしで私を見つめ、強引な言葉を発する彼に思わずキュンとしてしまった。
「君の自由を奪っているようで申し訳ない。そこは謝罪する。だが俺は君を少しでも危険な可能性のあるものに、みすみす近寄らせるようなことは出来ない」
そう熱い視線で伝えてくる彼の私を思ってくれる気持ちが嬉しかった。
なのに私は少々意固地になっていて、
「友人たちには婚約してから気を遣わせていますし、今回は参加します」
そう宣言してしまった。
その後は、
「ダメだ!」
「行きます!」
の押し問答だった。
「君がここまで頑なだったとは知らなかった……いや、知っていた。だからこそ好きになった」
彼はそう言った。私は再びキュンとなってしまった。
「ごめんなさい。私は今ちょっと色々考えてしまっているんです」
私は素直に今の考えを白状した。
「婚約してからずっと桃里さんと一緒にいられて本当に嬉しくて幸せで、でも他の人間関係のバランスも考えないといけないのかなって思ったのです」
「紅玉……」
彼は少し目を開いて驚いていた。そこには私が色々考えていたことへの驚きと、自分を拒否されたかの様な驚きが含まれていた。私はそれを否定しようとしたが、その前に、
「確かに、君の言う通りだ。だがこの間伝えたよな。見聞を広げたい時は俺と一緒に、と」
彼がそう聞く方が先だった。
「はい。もちろん覚えています。すごく嬉しかった。でも視野や世界を広げるためには、桃里さん以外の人との時間も大事なのではないかと思ったのです」
引っ込みがつかなくて、つい私にとって世間や一般論の建前の方を口にしてしまった。
私は今の言葉を彼の方を見られなくて下を向いて発していた。
そして言ってから彼の方を見上げると……。
彼の目からは光が失われ、昏く深い漆黒の瞳が私を捉えていた。
私は少し怯んでしまった。
彼は、
「そうか。わかった」
そう言ってパソコンなどをさっと片づけて、持ってきていたトートバッグに詰め込むと、私の部屋を出て行ってしまった。
そして夜になっても食事をしに神楽本邸に来てはくれなかった。
家族からは「喧嘩でもしたの?」と聞かれて、曖昧に答えることしか出来なかった。
父は「喧嘩も相互理解のためには時々は必要だよ」と言い、母は「すれ違いも愛情を深めるためには時として必要よ」と言っていた。
1週間が経ち、友人の誕生日パーティーの当日の朝になった。
あれから毎日、私は学校の行き帰りの連絡は欠かさず送り、彼からも「仕事が終わった。これから帰る」というメッセージは届いた。でも彼が帰る頃を見計らって玄関で待っていても、やはり彼が本邸へ寄ることはなかった。そのまま離れに帰って行ってしまったようだった。
彼を思うたびに胸が痛んだ。
きっと私の言ったことは間違ってはいない。「世間一般論」では。
でも私の本心ではそうではなかった。
誰に何を言われようと桃里さんとの時間を何よりも優先したかった。
私と彼が互いに想い合えていること、同じ時間を共に過ごせることは奇跡のようなことだと、私の「心」はわかっていたのに。
ドレスを着て、髪を息吹さんにセットしてもらっていた。
息吹さんが言った。
「おそれながら、婿殿はお嬢様のこの可憐なお姿を他の者にはお見せしたくないのだと思いますよ」
「そんなこと……、私のことを見ている人なんていませんよ」
そう答えると、
「そう思っておられるのはお嬢様だけですよ」
と言われた。
私は自室からお守りを持って出かけた。
毎年、我が一族の守り神を祀る神社で初詣の際に授けてもらう、珍しい何かの飾りの様な造形をしている可愛らしいお守りだ。
少し嫌だなと感じる事柄や人があっても、これを持って心の中で優しく念じると、不思議と離れて行ってくれる。
私は普段はこれを学校のバッグに付けていた。
玄関から息吹さんと一緒に出ると、送迎の車からは桃里さんが出てきた。
「せめて、俺が送る」
彼はそう言った。




