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第3話 桜色の日々

この物語はフィクションであり、作中に登場する団体、企業、住宅、人物などは現実とは一切関係ありません。


4月に入り、私と桃里(とうり)さんの新しい生活が始まった。

私は高校3年生、彼は社会人2年目となった。

現在、神楽(しがらき)邸は増改築工事中で、実は年明けから始まっていた。

本家と連絡通路で繋いだ新しい住宅が完成したあかつきには、来年の春、入籍した私と桃里さんの2人で住む予定だ。


現在、彼は「離れ」の住宅で寝起きをしている。離れの和風モダンで耽美な雰囲気が彼によく似合っていた。

平日、彼は帰宅すると神楽邸で夕食をとり、つかの間2人で語らった。


休日は離れで一緒に過ごした。

離れは設備は最新だが日本家屋の雰囲気が残っており、キッチンと言うより台所という感じだった。

その台所のモダンなテーブルに向かい合わせで座って一緒に食事をした。

彼は今月からの本社勤務の様子を私に語ってくれた。仕事内容については守秘義務があるのでもちろん言わないが、どんな部署か、雰囲気はこうで、こんな感じの人がいて、などの話をしてくれた。



彼は少し浮かない顔をしていた。明日、鳳条(ほうじょう)家に2人で挨拶に行くのだ。

彼は滅多に感情を表に出すことはなかったが、こうして私の前では感情を出してくれることに私の胸はいっぱいになった。

彼も数年に一度は卒業や入学の手続きのタイミングで鳳条家に帰ることはあったようだ。

だがあまり長居はしたくないとのことだった。

以前にも婚約が決まった際に挨拶に行ったが、その時は彼が関西から来ており移動の時間があることから、挨拶はさらりと終わった。


私は微笑んで彼に伝えた。

「もし、だれかが貴方に何かを言うようなことがあれば、私が守ってあげます」

彼ははっとした表情をした。そして(すが)りつくようにして私の手を握った。



家族やきょうだいと言っても、どうしても相性など色々と合わないことはある。

彼のご両親と祖母は、長男への期待と末っ子を溺愛するあまり、次男の彼の分がぽっかりと空いてしまった。

(こんなに可愛くて、賢くて、素敵なのにもったいない)

子供の頃の彼に会いたい。そして抱きしめてあげたい。そう願った。


鳳条家は三兄弟だ。

長男の柊一さん。次男の桃里さん。末っ子の紫音。

長男と末っ子は比較的タイプの近い性格で、次男の彼は3人兄弟の中で一番冷静で客観的で、自分の感情を出さない性格だと私は思った。相手の感情を察知するのが得意で、己の立場を理解するのも素早かった彼は、話を聞く限り、あえて兄弟たちの中で自分を押し出そうとはしなかったようだ。

そうした彼の性格をご両親たちはあまり理解してあげることが出来なかった。


でもその分、私と神楽家の家族が彼を理解している。彼を必要としている。

神楽家の面々はどちらかと言うと大まかな性格をしており、彼の繊細で色々なことに気づくところや警戒心が強く慎重なところに常日頃から感心していた。だがいざとなると大胆で行動力があるところには大いに魅了された。


私と彼はとても似ているところ、似ていないところがあり、だからこそ私たちは惹かれ合った。

感性や価値観が合うところが一緒にいてとても落ち着いた。

彼の読めないところ、顔に出ないところ、でも私にはたまに出してくれるところにドキドキした。

都会的でクールな表情、人に対して穏やかな微笑を崩さないところ、それでいて私には悪戯っぽく笑いかけるところ、そして意志の強い瞳と表情。そのどれもが魅力的で恋焦がれた。


彼の意志の強さ、その意志を絶対に曲げないところ、芯の強さ、そして情熱に私は憧れ、そして愛おしさを募らせた。

もっと彼のことを教えて欲しい。もっと知りたい。見せていない面を私には見せて欲しい。

そんな気持ちは日々強くなっていった。



鳳条家での挨拶はひとまずつつがなく終えることが出来た。

私は笑顔で彼を守るオーラをゴゴゴゴと(かも)し出していた。

ご両親たちからは想定通り「同じ歳だし紫音(しおん)の方が良かったのでは?」の様なことを言われた。

だが、まずは「紫音とは姉弟(きょうだい)のように仲良くさせて頂いている」ことに感謝の気持ちを述べた。

そして、

「愛しているのは桃里さんです」

とはっきり伝えた。

ご両親たちにはきっと伝わったと信じている。私が桃里さんを愛していると。彼を大事に思っていると。そして彼を大事に思って欲しいと。


帰りがけに、彼と鳳条家の庭園を散歩した。彼の表情は穏やかだった。

庭園に佇む彼は新鮮だった。ここには私たち2人きりだった。

庭園では満開の花たちが色鮮やかに咲き誇っていた。

花々のアーチをくぐったところで彼と見つめ合い微笑み合った。


庭園を抜けて、私たちは駐車場のある本館へと向かった。

彼は私の手を繋いでいてくれた。



本館の前に着いた時、一瞬、彼の表情がほんの少し険しいものに変わった。

「紅玉」

名前を呼ばれた先には紫音が立っていた。

「紫音!」

桃里さんの私の手を握るのが少し強くなった。

「久しぶりだね、紫音」

そう言うと、

「ああ、そうだな」

と返事があった。

以前、さらりと終わった婚約の挨拶の時に紫音は居なかった。

「もしかして昨年以来かな。明けましておめでとうございます」

いまさらだがそう挨拶すると、

「いまさらだな」

と本人からもそう言われた。いつも真顔の紫音が珍しく微笑んでいたが。

「紫音の誕生日の方が近くなっちゃったね」

私がそう言うと、

「数年見ない間に大きくなったな」

桃里さんがそう言って紫音を見た。


比較のためではなく、念のため分かりやすいように挙げておくと、

桃里さんは180cm、紫音は167cm、私は158cmであった(現在値)


「兄貴も何年も見ないうちにオ、大人になったな」

紫音が真顔でそう言うと、

「今、オッサンって言おうとしただろう。俺はまだ23歳だ」

「そうだよ、紫音。桃里さんは若くてカッコいいんだから」

(これから年齢を重ねても大人な素敵な感じになるのだろうな~)

なんて夢見がちながら抗議をしたら紫音は不貞腐(ふてくさ)れた顔になった。


そして、

「紅玉、本気なのか?」

そう私に聞いてきた。

「本気って、何が?」

そう聞き返すと、

「兄貴との婚約。本気で結婚するつもりなのか?」

私はなんで紫音は私の結婚への本気度をこれ程までに確認してくるのだと思い、

「当然。私はいつだって本気だよ。疑うのなら試してみる?」

と私はこの勝負に乗ることを決めた。

すると、

「そうじゃない」

と紫音は答え、

「政略結婚に本気なのか、と聞いた」

真顔で私を見ながらそう言うと、桃里さんの方を強い眼差しで見た。

「兄貴に利用されてるんじゃないのか」

「何を言っているの?桃里さんは私を利用なんてしていない」

私はそう言い返した。

「神楽家の婿の座が欲しかっただけじゃないか?」

紫音は桃里さんを強い視線で見ながらそう言ってきた。

「失礼にも程があるよ!」

私がそう怒ると、紫音は、

「なんだかんだ言って、お前はずっと俺と一緒にいるもんなんだと思ってた」

そう言った。

すると、

「俺の場合だと政略結婚になって、お前の場合は純愛になるのはおかしくないか?」

桃里さんがそう切り返した。

そして、

「もう少し相手の感情や立場を考えられるようになるんだな」

そう少し冷たい眼差しで紫音をたしなめた。


紫音が黙っていると、桃里さんは、

「俺が欲しいのは神楽の婿の座じゃない。欲しいのは紅玉だ」

そして、

「紅玉を愛しているから結婚するんだ」

こうきっぱりと言った。

私は自分の頬が紅潮し、胸がいっぱいになるのを感じた。

思いが溢れそうで、思わず自分の口元を手で覆った。


「そうか」

紫音は少し寂しそうに、でも納得したように呟いた。

私は、

「紫音とは7年ぐらい前から一緒にいて、姉弟みたいだと思ってた」

そして、

「でも桃里さんとは3年前に出会っていて、私は初めて会った時からずっと彼のことが好きだったの」

そう伝えた。


桃里さんがはっと驚いたような顔をした。そして、

「もう行こう」

そう私を(うなが)した。

紫音は最後に私に、

「兄貴と幸せになれよ」

と言った。


離れに帰って、

「紫音の前で私のことを愛してると言ってくれて嬉しかったです」

私は彼にそう伝えた。

彼も、

「俺も、初めて会った時から思ってくれていたなんて。すごく嬉しかった」

そう言って微笑んだ。

そして、

「俺も初めて会った時から君に惹かれていた」

静かにそう語った。

私は驚いて、

「そうなのですか?」

と彼を見上げた。

「ああ、だけどあの頃はただ共に語らって一緒の時間を過ごせればそれで良かった」

彼はそう言った。

「年末年始の短い日々を、君と過ごせることが何より幸せだったよ」

そう伝えてくれて、私の目からは涙が溢れた。


「あなたが好き。桃里さんのことがずっと好きだったの」

私は溢れ出した気持ちを彼に伝えた。「好き」と泣きながら言い続けた。

彼も、

「君が好きだ。紅玉をずっと好きだった」

そうお互いに伝え合った。




私は桃里さんに、

「初めて好きだって言ってくれた日のことを覚えていますか?」

そう尋ねた。

「今年の大晦日だろう。忘れるわけないだろう」

彼はそう言った。

「実は3年前の大晦日だったんですよ」

私はふふっと微笑みながら3年前の大晦日、彼が寝ぼけて私に告白した時のことを話した。


すると彼はとても驚いていて、やはり本当に記憶になかったようだ。

私は初めて会った時から彼に惹かれていたので嬉しかったのだ。


「夢でも見ていたんですか?」

私がそう聞くと、彼は、

「ああ、夢を見ていた……」

はっとした様な、何かを考えている様な、そんな表情をした。

(どんな夢だったんだろう)

彼が寝ぼけて私に「好きだ」「愛おしい」と言う様な夢。

とても気になったけれど、彼は、

「それが覚えていないんだ……」

と申し訳なさそうに微笑んだ。


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