第1話 薄紅色の出会い (紅玉がたり)
この物語はフィクションであり、作中に登場する場所、神社、団体、企業などは現実とは一切関係ありません。
数年前の雪が降った元日。私は祖母と一緒に我が一族の守り神様を祀る神社に初詣に来ていた。
毎年2日か3日に詣でるのに、祖母が今年は元旦に行くと言った。
神社に着いた私は、なぜか不思議なことに、「あの人」が私に会いに来てくれると感じていた。
「あの人」とは誰のことだろう。自分でもおかしな感覚だった。
お参りを終え、しばらくは暖かい受付事務所内にいたが、私はしばしば外に様子を見に行った。
けれど「あの人」が私を訪ねてきてくれることはなかった。
私、神楽紅玉が初めて鳳条桃里さんと会ったのは3年前の年末のことだった。
「恥ずかしい話だけど、親兄弟とあまりソリが合わなくて中学・高校は寮生活、大学も関西の学校に通っているんだ」
彼の生家は都内に広大な土地と屋敷を持つ名家、鳳条家。彼はその家の次男だった。
我が神楽家と鳳条家は、祖母同士が娘時代に仲が良かった縁で親交が深かった。だが鳳条家の屋敷で彼を見かけたことはなかった。その理由を彼はそう伝えた。
彼は御曹司だったが下宿先から大学へ通うという学生生活を送っていたようだ。そしてアルバイトもしていて、その就業先が神楽コーポレーションの関西支社だと言う。
家族に馴染めないでいた彼を不憫に思った私の父は、なにかと彼のことを気にかけていたようだった。
父は最初に会った時、いつも平然としていて優雅に笑みを浮かべている彼を「いけすかない」と思ったそうだが、彼の人柄や仕事への熱心で真面目な取り組みを知るうちに大変な信頼を置くようになったと言った。
そしてこの年末年始、彼を我が神楽家に招いたと父が言った。
彼は我が屋敷の客間で過ごしていた。
私が娘と言うこともあり、我が家に宿泊を伴う客人を招くのは祖母と母の女友達くらいで、男性の客人が招かれたのは彼が初めてだった。
彼とは読書の話がとても合い、お互い推理小説が好きで、彼はホラー小説も好んでいた。なぜか怪談話を語るのが上手で私は思わず聞き入ってしまった。心霊現象や超常現象にも興味があるようで、他にも多くのことを彼は知っていた。共に語らっていると時間を忘れてしまう程だった。
私は初めて会った時、一目見た時から彼に惹かれていた。
都会的で、クールさと甘さの両方を感じさせる端正な顔。
思わずどきりとする様な凛々しくて、意志の強そうなひたむきな視線。
吸い込まれるように綺麗で漆黒の艶がある黒目。野性的な瞳。
それらを優雅な微笑みで包みこんでいる。
少しだけふわりとしたストレートのサラサラした黒髪は毛先にだけ動きがあり、時折ふわっと流れた。
最初に来たのは3年前、彼は大学2年生だった。前年の年末年始はインフルエンザで寝込んでいたらしい。
そして私と彼の間には、私しか知らない秘密があった。
元日の夕方、母から、
「桃里くんが見えないから、あなたが呼んできて」
となぜかご指名を受けたので彼を呼びに客間へ向かった。
客間では、彼がおそらく読書中に寝落ちしたであろう体勢で眠っていた。
よく眠っていたので起こすのはしのびなかった。
だがゆさゆさと揺するのは申し訳ないので、
「桃里さーん」
と小声で呼びかけてみた。が、まったく反応はない。
2~3回呼びかけてみると、彼の目が薄く開いた。
彼は寝ぼけていた。でもたしかに私を、
「紅玉」
と呼んで認識していた。
彼は寝ぼけた目で私を見つめると、愛おしそうな表情で、
「好きだよ」
そう言って、彼はそのまま再び寝入ってしまった。
私は茫然として、きっと真っ赤な顔をしていてその場を動けなかった。
私はわかりやすい性格なので、動揺がバレない様に必死に表情を作って家族のもとへ戻った。
その1時間後くらいに慌てた様子で彼がやって来た。
なんでも昔から睡眠不足には弱くて、眠い時は眠らないと色々とだめらしい。
さっきの「好きだよ」のことはまるで記憶にないようだった。
彼は毎年、年末年始になるとやって来た。時には夏休みに来ることもあったが、夏休みはアルバイトが忙しいようだった。
そして翌年も翌々年の大晦日も同じような状況で「好きだよ」とか「君が愛おしい」と言われた。
彼は決して確信犯でそう言っているのではなく、本当に寝ぼけている様にしか見えなかった。
でも今年の大晦日は違った。
目を覚ました彼の意識はたしかにここにあった。寝ぼけてはいないと確信があった。
彼ははっきりと私を見つめて、私の名前を呼び、
「好きだよ」
彼は射るような熱い視線で私を見つめてそう言った。私は彼の瞳に釘付けになった。
私は頬を赤く染め、気持ちがもう溢れそうになった目で彼を見つめた。
「私も……私も桃里さんが好き」
気持ちが溢れて瞳から涙が一筋零れた。
そして年が明けたその日、
私は桃里さんから、
「俺と結婚して欲しい」
そう伝えられた。
ただそれは政略結婚の申し込みだった。
私は17歳の高校2年生、彼は23歳の社会人1年目の冬のことだった。
彼は昨年の春にそのまま神楽コーポレーションの社員になった。現在は関西支店に在籍しているが、今年の4月に都内の本社へ異動になる。
昨今の世の中の経済状況を顧みて、神楽コーポレーションと鳳条ホールディングスは合併をしてこの難局を乗り切る。そう経営陣の間で決まった。今後の両社、両家の強固な結びつきのためという名目の政略結婚だった。
「俺は君と結婚したい。君に受け入れて欲しいと願っている」
彼はそう言った。
そして
「結婚したら、俺が神楽の婿になる」
と。彼が神楽家の婿養子になるのだ。また私は未成年のため婚約という形をとることになる、ということだった。
私は、
「ひどい。政略結婚のためだったの?だから好きだなんて言ったの?」
そう言って泣いた。
彼は、
「違う!君のことが本気で好きだ」
と言って、泣きじゃくる私の肩を両手で優しくだがしっかりと抱えた。
でも私は、
「うそよ。私のことは利用しているだけ。他に好きな人がいるのではないの?」
と感情が抑えられず、心にもないことを口走ってしまった。
彼は最初に来た年、帰る間際の会話の中で、さりげなく私に付き合っている人がいないか、好きな人がいないか、確認した。私は内心彼に惹かれていたが「どちらもいません」と答えた。私が聞くと、彼も「どちらもいないよ」と言った。
そして彼は、鳳条家の三男であり、彼の弟の紫音と私の仲をとても気にしていた。
彼自身は紫音が小学生の時以来会っていないと言う。
私の父から「娘と紫音くんは姉弟みたいに仲が良い」と聞いたようだ。
紫音とは同じ歳で、出会った小学生の時以来、一緒に遊んだり勉強したりとまさに姉弟の様な仲だった。
遊ぶのも鳳条邸の庭園を探索したり、夏には花火をしたりなど。今は時々一緒に英語の勉強をしている。
「紫音とは姉弟みたいな感じです」
そう答えると、彼は少し安堵した様に見えた。
「どちらもいません」「どちらもいないよ」「紫音は姉弟みたいな感じです」
その問答を翌年も翌々年も同じように繰り返した。
あれは政略結婚のために探りを入れていたのだろうか、と考えてしまった。
彼は、
「俺が好きなのは君だけだ。他になんていない」
そうはっきりと口にした。
「じゃあ証明して。ずっと私のそばにいて。毎日連絡をして」
と私は面倒くさい彼女みたいなことを言った。
なのに彼は、
「ああ、わかった」
そう言って微笑んだ。
実際、彼は週末になると毎週の様に新幹線に乗って私に会いに来てくれた。
毎日電話やメッセージをくれた。
そうして1ヵ月が経ち、ついに彼は疲労のあまり私の部屋のソファで寝落ちした。
安心しきった寝顔だった。
私はその姿を見て、愛おしさと申し訳なさと、それでも私に会いに来てくれた嬉しさで涙が零れた。
私は眠っている彼に抱きついた。彼は驚いて飛び起きた。無理に起こしてしまい申し訳ないと思ったけど、もう止められなかった。
「お願い。もう無理しないでいいですから。今度は私がそちらに行きます。私が婚約者となってあなたの所にいきますから」
そう必死で伝えた。
「紅玉……」
彼は一瞬驚いた表情をしたあと、ふっと微笑んだ。
こうして私たちは結婚を約束し、婚約者となった。




