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第17話 月白の初詣 前編

今回は桃里視点です。

この物語はフィクションのため、作中の団体、人物、学校(大学受験制度)、神社、伝説、資料(巻物)などは現実とは一切関係ありません。

<桃里(とうり)語り>



紅玉(こうぎょく)は18歳になった12月に大学に合格した。本人が希望する語学のカリキュラムを学べる女子大学に進学先が決まった。

女子大への進学は俺のたっての希望だった。

あまりに可憐な美少女である紅玉は共学に行けばきっと野郎共の目に留まってしまう。身に(まと)うお姫様バリアーである程度は弾き返すことは出来ても、鈍感な野郎はそれでも諦めずにまとわりついてくるかもしれない。

そこであの祈りの力を使ってまた意識不明で倒れたりなどしたら、それこそ倒れた時に周囲に野郎しかいなかったら、など俺の心配は止まなかった。


彼女の両親も娘の雰囲気や先日の体調を(おもんばか)って女子大を勧めた。

だが最終的には本人がずっと女子高でそれがラクだったのと、学びたいことがその大学にあったので選択した。

彼女の学びに関してはいくらでもサポートする心づもりだ。



そして年が明けた翌日、俺と紅玉は神楽(しがらき)神社に初詣に来ていた。

2人でご神前に出て拝礼をした。


紅玉は祈りを終えた後、一筋の涙を流した。

自分はその訳を聞こうしたが、彼女はすぐに笑顔になって、なぜかそれ以上聞くことが出来なかった。

今はまだ聞いてはいけないような気がしていた。


昨年のお守りを返納して、今年の新しいものを授与してもらった。

また紅玉が桃色、自分が紅色のお守りを選んだ。お互いの名前の色だ。


お参りの後は、神社の事務所である社務所にいた。

自分たちが到着した頃はちらほらだった雪が突然強く降り出し参拝の客足が途絶えていた。

紅玉は巫女さんたちの話を興味深そうに聞いていた。

以前、彼女の祖母の桔梗(ききょう)さんとお参りに行った際には、桔梗さんが神楽家の当主として神主さんや巫女さんと色々な話をしていたと言う。


そんな時、神主さんがやって来て、

「昨年、お見えになった際にこちらはご覧になられてはいないのではないかと」

と言って、ある巻物をテーブルに広げて見せてくれた。

昨年末に書庫の整理をした際に、ものすごくわかりづらい場所にあったので、自分はきっと見つけられなかったであろうと親切にも持ち出して来てくれたのだ。


巻物の名は「神楽神社縁起」。

内容は日女神(ひめがみ)様の物語だった

まさに昨年知りたいと思い、探していた内容の貴重な資料だった。自分はやや前のめりでその内容を探った。


巻物の中の日女神様は日本の歴史書や遺跡から見られる様な古代の装束を身に纏っていた。

神楽神社を背景に地上より少し高い位置に浮かんだ日女神様が優しい笑みを浮かべている絵が描かれていた。


昨年の夏、大学助教授の設楽緑史(したらろくふみ)氏の話した見解、

「神楽神社は元々は異世界から切り離された土地であり、神楽一族のはじまりの人物である神楽(なにがし)は異世界からやって来た者である」

こちらを前提として考えると、異世界からやって来た某がこの地に根付いて神楽と名乗り、この地を神楽の地と名付けた。異世界の神社だった神楽神社を現在の姿に変えて、それとともに日女神様の伝説もこの世界に合わせた内容にしたのだろう。


文はすべて漢字で書かれていた。

自分の知識で読むと、この様な内容だった。

―女神様は美しい少女のままの神様だった。愛を司り、優しさで人々の心を平和にした。

天に愛されていたため早くに呼ばれた。この土地に降りてからおよそ20と4年の歳月だった―


日女神様、その存在自体が24歳で天に戻されたということか。

その血筋を受け継ぐとされていた夢の中のお姫様も24歳で天に召される運命だったと言うのか。



自分の中に嫌な考えが沸き起こり、そんなことは考えたくもないのに思考は止まらなかった。

背筋に流れる冷や汗も、手の震えも止まらなかった。片方の手でもう片方を強く握りしめた。



もしそれが運命なのだとしたら、俺に出来ることは……。


紅玉はまだ向こうのカウンターで巫女さんたちの仕事の話を熱心に聞いている。

彼女にこんな事を知られるわけにはいかない。彼女にはいつだって屈託のない笑顔で過ごして欲しかった。


「このことは紅玉の前で一切、顔にも態度にも出さない」

彼女は俺を想ってくれるがゆえに、わかりづらい俺の表情のささいな変化からも感情を読み取ろうとしてくれる。

俺も彼女の前ではかなり感情を出せるようになっていた。

子供の頃から「何を考えているのかわからない」「いつも澄ました顔をしている」と言われ、たとえ心に濁流の様な感情が渦巻いていても、それを表に出すのはみっともない様な気がして何事もない様に振る舞っていた。

自分の感情は一旦脇に置いて客観的であろうとした。

その持って生まれた気質を今こそ使うべきだ。


そして、

「自分の命を彼女に分け与える」

夢の中の自分がお姫様にした様に。

人の寿命は天にしかわからない。昨今の世の中、明日だってどうなるか読めない。

自分の方が早くに命を終える可能性だってある。

だから、この願いは自分勝手で我儘(わがまま)なことなのかもしれない。

だが、愛する人が幸せに長く生きることを望む気持ちは罪なことではないはずだ。


向こうのカウンターにいる紅玉の笑顔を見て、張り裂けそうな胸を押さえながら誓った。

必ず君が幸せに長く生きられるように。そのためなら俺の命はいくらでも差し出す。


神主さんに巻物を見終わったことと、わざわざ持ち出してきて下さったお礼を伝えると、神主さんは巻物をしゅるしゅると巻き直し、書庫に戻しに行った。



あれほど強く降っていた雪はいつの間にか止んでいて、雲間から光が差し込んでいた。

自分の心とは裏腹に、まるで祝福された様な景色だった。


「出る前にもう一度、参拝しても良いか?」

自分はそう微笑んで彼女に伝えた。


ご神前で日女神様に自分の願いを伝えた。

俺の言葉は女神様に届いただろうか。


神社を後にする時、自分の頭にふと微かな声が響いた様な気がした。

夢の中で聞いたあの不思議な、

「すべてはもらわぬ」

と言う声が。



紅玉はこの旅行を楽しみに心待ちにしていた。

初めての2人での旅行だった。


「さっきは何を願っていたのですか?」

神社を出る時、彼女が満面の笑みでそう聞いてきた。

「ふふっ、言ったら叶わないだろう」

と悪戯っぽく笑って返した。


今は彼女との幸せな時間に浸っていたかった。

そして、日女神様が「命を分け与える方法」を何らかのサインで示してくれることを心の中で願った。




宿泊先は先日の設楽助教授との話に出て来た、「ひめの湯」を看板に掲げたこの辺一帯で一番古い温泉旅館だ。

温泉の名称こそ一番乗りのちゃっかり感は否めないが、なかなか上品で、古いが手入れが行き届いており大変(おもむき)のある老舗旅館だった。

この旅館の露天風呂付きの客室を予約した。この部屋付き露天風呂の良い所は窓を木製の扉で閉じることが出来ることだ。

これで風呂に入っている紅玉を万が一でも外から見られることはない。


自分にとっても紅玉を守るためにも必要なのは、水や空気に匹敵するほど重要なプライバシー、セキュリティ、デリカシーだ。



「わぁ、素敵なお部屋ですね」

紅玉が部屋の中をぐるりと見渡して可愛らしい嬉々とした声を上げた。

「和風モダンな造りなのですね」


露天風呂の造りを見ていると、木製の壁の1枚に絵が描いてあった。

満月と海の絵だった。


それを眺めていると、紅玉が、

「不思議な絵ですね」

と、そして、

「どこから見た月なのでしょうか」

遠くを見るような表情でそう言った。

「そうだな。ここに来る前に通った、海のある城下町から見た風景かもしれないな」

俺はそう答えた。


すると、紅玉から、

「さっき、神社のソファのところのテーブルで何を見ていたのですか?」

こう聞かれた。

先程の紅玉の位置からは俺の背中しか見えないはずだった。

だが、何か感じ取ったものがあったのかもしれない。心配させないような回答を探った。

なので、

「厄年の表を見ていたんだ」

こう答えた。本当だった。巻物を見る前に見ていたのだ。

「そうなんですね」

という彼女に、

「俺が該当していた。バリバリの厄年だ」

溜息をついてそう言うと、

「えぇっ。では明日もう一度お参りに行って厄払いしてもらいましょう」

彼女が心配そうにそう言いながら俺の腕を掴んだ。

その愛らしさに俺の心はいっぱいになった。


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