第15話 常盤緑の一族
作中に登場する歴史や考古学などの学問の内容はフィクションです。登場する資料なども現実には存在いたしません。ふわっとした設定のフィクションとしてお読み下さい。
この物語はフィクションであり、作中に登場する団体、歴史、神社、大学、学問、書物(資料、書籍含む)、人物などは現実とは一切関係ありません。
<桃里語り>
助教授は「設楽緑史」氏といった。
7月に神楽神社に詣でた際に、神主さんから自分と同じ様に「木簡に興味を示した」大学助教授がいることを聞き、その名前を教えてもらった。
その人物の名前には覚えがあった。
自分が学生時代によく読んでいた超常現象について書かれた本の著者だった。
設楽氏について調べると、経歴は出身も同学の〇〇大学の助教授で専門は民俗学であった。
どうやら民俗学の研究をしながら、超常現象にも心惹かれていたようだ。
そしておそらく……。
設楽氏の大学にアポイントメントの問い合わせを入れる前に、紅玉の祖母である桔梗さんと、父である青一郎さんに伺いを立てた。
こそこそと謎の動きをしていると誤解されないためだ。
「自分は元々歴史オタクの傾向がありますが、婿となることで神楽家の歴史にも興味を持ちました。神楽神社はオタクにとってまさに宝庫だったのと、神主さんのご紹介により某県の大学助教授のお話を伺いたいのですが宜しいでしょうか」
と双子兄のような流暢かつそれっぽい口上を並べた。
設楽氏が自分の愛読書の著者であったことも伝え、ぜひ話を伺いに行きたいと力説した。
青一郎さんは、
「それならば、何か有益な情報があれば会社の社史編纂室にも共有してくれるかな」と言った。
自分は頷き、だが掛かる費用はすべて自費でまかなうので会社に負担をかけることは無いことを伝えた。
桔梗さんは設楽氏の名前を見て、自分が想像した通りのことを口にした。
大学に問い合わせの電話を入れると、後程、設楽氏本人から折り返し電話がかかってきた。
なんと現在夏期休暇の帰省中で、都内で会うことが可能だということだった。
設楽氏との対面には弊社の会議室を使用しても良いと青一郎さんから許可を頂いた。
「自分も神楽一族の末裔なんだ。大昔に分家しているから、今の本家とは遠縁だけどね」
だが祖先は同じ、そう設楽緑史氏は言った。
やはりそうだった。桔梗さんの言っていた通りだった。
40代前半のやや小太り気味で、印象的な丸眼鏡を掛けている。好奇心が強い少年のようなキラキラした瞳と、落ち着いた雰囲気を合わせ持っている、それが自分から見た設楽氏への印象だった。
自分は設楽氏には、氏と話したい理由として神楽家の家族に話したのとほぼ同じ内容を挙げた。
そこに「歴オタ神楽オタとしては、あの木簡の文字と文章の内容が非常に気になっている」と言うことを伝えていた。
「出身は都内だけど、中学生の時に元々の祖先は神楽一族だと知ってね。調べたら西日本の某県にルーツがあると判った。自分のルーツを知りたくて某県の〇〇大学に入学したのさ。民俗学にも元々興味があった。それと超常現象にも」
設楽氏は自身についてそう話した。
「いやぁ、まさか僕が昔書いた、あのマニアックな超常現象の本を読んでくれていたなんて」
そう驚きつつも喜んでいた。
「それで、君のことは何と呼べば宜しいかな。鳳条君?でも婿入りして神楽君になるんだよね」
まだ鳳条姓だが、来年の春には神楽姓になることを伝えると、「では、桃里君で」ということになった。
「僕は自身の自己満足で調査しているんだ。だから何処かに発表するわけではないから安心していいよ。神楽の本家を害するような行いも決してしない」
誓約書を書いても良い。そう設楽氏は言った。
「ただ自分のことを知りたくて始めた調査だった。それが調べていくと、もう自分の好きなものが詰まっていることが判ってきてね」
そう少年の様にワクワクした表情を見せた。
「好きなもの、ですか?」
聞き返すと、
「そう!民俗学から考古学、古典に超常現象!」
ドヤ顔でそう言った。
「超常現象も、なのですか?」
実は自分も異世界だとか古代文明などを想像していたのだが、まさかの展開に驚き再び聞き返した。
「そう、超常現象も。だがまずは例の木簡について話そうじゃないか」
設楽氏は神妙な口調でそう言い、話を始めた。
「あの木簡は数十年前に神楽神社の修繕工事の一環で掘り起こした場所から出土したものだ。奇跡的な保存状態で見つかった。だがそれと同じ様なものがさらに遡った時代に発掘されており我が大学の資料保管庫で保存されていた」
そして、
「どちらの木簡にも共通するのは難解な文字列だと言うこと。日本語に似ているけれど少し違う。近隣の国々の言語ともまた異なるものだった。そして、そのもう1つの木簡の破片が出土したのが神楽神社から少し離れた所にある温泉地帯だった」
と説明した。
「温泉……」
自分が考えながらそう呟くと、
「この温泉地帯の一番古い旅館が自分のところの風呂に“ひめの湯”と名前を付けているんだ」
と驚くことを口にした。
(ひめの湯?姫か?日女神様の日女のどちらかの事だったりするのか)
先日、神楽神社の書庫で見た絵本の中にあった「しがらきのおひめさまのでんせつ」のお姫様のことなのか、別の姫のことなのか。
また神楽神社に祀られている神様を通称で読もうと思えば「日女神様」となるが、この通称がこの地域に古くから伝わっているのかは分からない。
そんな風に考えていると、
「その旅館に名前の由来を聞いてみたんだ。すると古くから“お姫様しか入れない湯があった”と言われていたそうだ。口伝みたいなもので、その旅館が言うには建てた時代にはウチしかなかったからそう名乗ったんじゃないだろうか、という事だった」
と設楽氏は説明をした。
まさに気になる由来だったので、
「そのお姫様と言うのは、どちらのお姫様のことなんですかね?」
そう何も知らないテイで聞いた。あまり詳細な質問をすると、逆に「なぜそう思うのか」を説明しないといけないからだ。
夢の中のお姫様の話は誰にも話したくなかった。
また紅玉にその話を知られてはいけないと思っていたからだった。
設楽氏は言った。
「どちらの姫君かはわからないそうだ。おそらく旅館が建つ以前の時代の神楽一族のお姫様の誰かなのではと推測するけれどね」
そして、
「桃里君はお姫様に興味があるのかい?」
そう聞かれたので、
「いえ、専用の温泉があるなんて、どれほど凄いお姫様だったのか少し気になっただけです」
と温泉に関心がある様に話題をスライドした。
「そうなんだ。いいよねぇ、温泉」
設楽氏は和やかな口調でそう言った。だが意外なことに、
「実は自分はそのお姫様が誰なのか気になっていて、桃里くんは神社の書庫で見たかい?あの絵本『~~の伝説』。あの中に『しがらきのおひめさまのでんせつ』という寓話があってね」
そう話し始めた。
「寓話の内容はこんな感じだ。ある人物が遠い昔を語った伝説で、神楽のお姫様は優しくて愛情深く、獰猛な獣でも手懐けたという話だ」
俺はドキドキしながら聞いていた。
「この絵本のお姫様と温泉のお姫様は同じ人物なのではないかと思ったんだ。おそらく、はじまりの人物である神楽某の娘なのではないかと。そこで絵本を描いた人に取材したんだ」
設楽氏のその行動力、バイタリティーには恐れ入った。
「昭和の時代のかなり古い絵本だ。作家の方も高齢で、だがこの寓話はある老人の話を聞いて書いたと言っていた。その老人の話を覚えていたよ。
そのご老人が少年の頃、明治時代の終わり頃か、大正時代か。
近所の神楽家の屋敷のご子息が家の蔵を見せてくれたのだそうだ。そこには古い時代の調度品が保管されていた。ご子息は箱を空けて1つ1つ見せてくれたのだそうだ。その中の1つの陶器に少女の絵が描いてあった。
ご子息は言った。“この絵ははるか昔のお姫様で、優しく深い愛情で獰猛な獣でも手懐けたのだと”
ご老人はそれらを覚えていて絵本作家に語った。作家は老人の話を聞いたイメージであの挿絵を描いたそうだ。
だが当時の神楽の家の蔵はその後の火災で焼失してしまったとの事だ」
設楽氏は語り終わった後、
「僕は思った」
そう切り出した。
「ここから先は学術・学問は一切関係ない。僕の個人的な妄想だ」
そう前置きしてから言った。
「神楽神社と温泉から出土された難解な文字の木簡、不思議な力を持ったお姫様。ここには超常現象が絡んでいると僕は見ている!」
そう言って、拳をテーブルにゴンと力強く置いた。
おそらく自分以外の人がこの話を聞いたら「何を言っているんだ、この人は⁉」となるだろう。
だが自分にはすごく納得が行く話だった。
ただ1点異なったのは、「しがらきのおひめさま」が夢の中のお姫様と同一人物だとすると、神楽一族のはじまりの人物とされる神楽某の娘ではなく、それよりも以前の時代の人だということだ。
「桃里君。僕はね、神楽某と神楽神社は異次元の世界からやって来たと考えているんだ」
設楽氏はさらにそう力強く言った。そして、
「あっ、神楽一族は異世界人だったなんて公言しないから安心してよ」
と言い加えた。
こちらもあまりのぶっ飛び具合に他の人ならドン引きするだろうが、自分も似たようなことを考えていたので一応少し驚いたフリをして、そう思い至った理由を聞いてみた。
「そう思った理由は神楽神社と難解な言語、絵本のお姫様の装束だ。
神主さんに聞いたと思うけど、神楽神社は元々、現存とは異なる姿をしており、造り変えたのが神楽某となっている。これは飛鳥・奈良時代に書かれたこの地域の寺社の記録にもそういう言い伝えがあったと書かれている。
おそらくその元の姿と言うのが“しがらきのおひめさまのでんせつ”のお姫様の装束の様式と似ているのではないかと推測する。
難解な言語も現在の神楽神社内の建物にはどこにも表記されていないが、元の神社で使われていたのかもしれない。
現在、神社の元の姿も、お姫様の装束の様式も、難解な言語もいわゆる歴史の資料には残っていない。
となると別の場所、つまり別の次元にあった世界なのではないかと考えたんだ」
そして、
「まず前提として、異次元の世界が存在した。それがある時、何かしらの事象が起きて一部が切り離された。その切り離された土地が根付いたのが現在の神楽の地だったのではないか、そして異次元の世界から切り離された土地の1つが神楽神社、共にこの地に舞い降りたのが神楽某だったのではないか、と想像する」
設楽氏はそう語った。
設楽氏は現在は木簡の解読を進めているところで、何かわかり次第教えてくれるとの事だ。
自分も再び神楽神社に行って何か新たな発見をしたら伝えると言った。
社史編纂室の室長には、「今回は歴史オタクな内容で終始してしまい、こちらにもたらせそうな話はなかった」と話した。その代わり、自分が何か力になれることがあれば協力することを伝えた。
室長は鳳条ホールディングスの傘下に入る前に神楽コーポレーションの歴史をメモリアルとしてまとめているとの事だった。
……本当に良いのだろうか。
このまま神楽コーポレーションが鳳条ホールディングスの傘下に入れば、おそらく神楽も含んだ人事のトップは鳳条ホールディングスの人間が務めるのだろう。
だが遥か太古から続く神楽という、会社や一家の概念を超えたその大きな存在は、神楽家以外の人間にまとめられることを果たして望むのだろうか。




