第14話 夏咲の紫苑
この物語はフィクションのため、作中に登場する団体、学校、婚姻制度については現実とは一切関係がありません。
<紅玉語り>
「えっ、紫音⁉」
「よぉ義姉ちゃん」
今日は英語サークルの発表会の事前打ち合わせのため学校に来ていた。
発表会は12月に行われる予定で、私たち3年生は引退するので出ることはないのだが、夏休みの事前打ち合わせでの後輩へのアドバイスをもって活動終了となる。
そして今年からは他校と合同の発表会になったのだ。その相手の学校と言うのが、紫音の通う男子高校だった。
平たく言えばお嬢様学校とお坊ちゃま学校の合同の催し事になったのだ。
セキュリティ管理に厳格な我が校では、お坊ちゃまたちは事前申請での手続きを経て入校している。
もちろん顧問の先生も一緒だ。私たちの顧問の先生もいる。
だが私は今日の打ち合わせに他校も来ることをすっかり失念してしまっていた。
まあだからと言って、どうするものでもないのだけど。
ただ1点のみ懸念がある。
(男子が一緒だと知ったら、桃里さん嫌がるだろうな)
だがこれは学校の部活。失念して伝え忘れたのは私のミスだけど、先輩としての最後の務めは果たさなければならない。
そしてさらに驚くことに、他校の中に紫音がいたのだ。
驚く私に向かって、紫音は「何を驚いているんだコイツは」みたいな顔をして、
「そっちが3年生も参加するっていうから、自分たちもそうすることにした」
と淡々と言った。
紫音も私と同じく英語が好きで、よく一緒に勉強していた。紫音も英語の部活に所属していて、我が校の去年の発表会にも観客として来ていた。言われてみれば、来ていても何らおかしいことはない。
我が校の部員たちは、
「紅玉さんと鳳条くんは姉弟なのですか?」
「ほら、婚約者さまの弟君よ」
「まあ!なんだか古の少女漫画のよう」
と控えめにきゃあと歓声を上げた。
そして、お坊ちゃまたちは、
「もともと2人は仲が良かったんですよね?」
「去年の発表会の後、神楽さんに話しかけたかったのに、紫音の鉄壁のガードの前にはなすすべがありませんでした」
などと聞いてきた。
お坊ちゃまたちの問いかけに対し、紫音は、
「お義姉ちゃんだからな」
とケロッとした顔で答えていた。
打ち合わせが終わり、私と紫音は送迎車の待つ駐車場まで一緒に歩いていた。
先程、桃里さんには部活が終わり、これから帰ることをメッセージで送った。
駐車場では蓮也くんが待っているはずだ。
蓮也くんには桐弥くんという双子の兄がいて、2人とも桃里さんの大学生の時からの友人だった。
この春から神楽家に執事見習い兼ドライバーとして勤めている蓮也くんには、九州の老舗旅館の跡取り娘の彼女がいて、先日、送迎の時にその話を聞かせてくれた。
私は紫音にも送迎車に乗って帰ることを勧めた。ここは鳳条邸まで送るのが筋なのではないかと思ったのだ。お義姉ちゃんとしては。
紫音が言った。
「兄貴とは上手くやっているのか?」
私は、
「うん。すごく大事にしてくれてるよ」
そう答えた。
紫音は、
「そうか」
と頷いた。
そして、
「俺が小学校に上がった時にはもう家にいなかったから、兄貴のことよく知らないんだ」
そう、ぼそりと呟いた。
桃里さんは家族に馴染めず、中学・高校は全寮制の学校に通っていた。
「何年かにいっぺん帰ってくる時は、居心地が悪そうだった」
「そうなんだ」
それを聞いた私は彼を思い、胸が痛くなった。
「今日はなんか楽しかったな」
紫音が珍しく微笑んでそう言った。
「やっぱり、お前と普通に話せないのはツライからな」
そう言う紫音に私は複雑な気持ちになった。
紫音のことは一緒にいると気が楽な弟みたいな存在だと改めて思った。
でも桃里さんのことを思うと、以前の様に紫音と気軽に話したりするのは彼を傷つけるのではないかと考えて、春に鳳条邸で会って以来、私から紫音に連絡することはなかった。
ただそれはこれまで仲良くしてきた紫音に対して申し訳ない気持ちもあった。
でも今後のことを考えたら紫音が誰かと出会った時のためにも、今ある程度はっきり線引きしておくことが大事だとも思っていた。
送迎車に向かうと、車の中からはなんと桃里さんが出てきた。
「えっ!桃里さん、どうしてですか?」
私は驚いてそう聞いた。今日はお仕事が休みだとは知っていたけれど、まさか迎えに来てくれるなんて。
先程メッセージを送った際の返事には「了解。気をつけて」だけで送迎のことは書いていなかった。
「驚かそうと思ったんだ。蓮也に急用が入って代わりに来た」
桃里さんはそう言った。
そして、やはり、
「なんで紫音が一緒なんだ?」
と訝しげに聞いてきた。
「どうして男子生徒が君の学校にいるんだ」
「えぇと、今年から他校と合同開催になりまして。その相手校が紫音の学校なのです」
「そんな話はしていなかったじゃないか」
「それは、私が失念していたからです……」
「打ち合わせ中、連絡先を聞かれたり、馴れ馴れしくされたりしなかったか?」
「それは大丈夫です。皆さんちゃんとした人たちでしたし、先生たちもいましたから」
そんなやりとりを桃里さんと2人でしていると、
「俺が見張っていたから大丈夫だ」
そう紫音がぼそりと言った。
桃里さんが思い出したように、
「なぜお前はまだいるんだ?」
紫音に向かってそう言ったので、
「私が鳳条邸まで送ると言ったのです。義姉として送り届ける責任がありますのでっ」
と慌てて私がそう答えた。
桃里さんは「ふーーん」という顔で、仕方なさそうに、
「そうか、わかった。じゃあ乗れよ」
と紫音に乗車を促した。
鳳条邸に着いた際に、
「兄貴、なかなかの束縛野郎なんだな。まぁ気持ちはわからないでもないけど」
紫音はぼそりとこう言った。
紫音を送り届けてからの車中で、
「あの……怒ってます?」
私は桃里さんにこう聞いた。
「怒ってないよ」
桃里さんはそう言った。本当に怒ってはいないようだった。
不機嫌ではあったけれども。
「部活じゃあ仕方ないじゃないか。これが校外に皆で出かけるというのなら話は別だが」
そう不貞腐れた様に言った。
「これで怒ったりするのは理不尽だからな。紫音を送ることもわかっているよ」
そう納得したように言っていた。
車中での会話の折にふれ、彼は時々拗ねたように、
「俺以外のヤツに笑いかけないでくれ」
「君と学生姿で並んでいるアイツが羨ましかった」
と嫉妬めいたことを言っては、私の胸をキュンとさせたのだった。




