第10話 ゆめがたり 巻の肆(下)
桃里が見た不思議な夢の最後になります。
この作品はフィクションであり、作中の国、歴史、文化、人物などは現実とは一切関係ありません。
最後に夢を見たのは、昨年末の大晦日。社会人1年目の時。
今年も訪れた神楽家の客間で、やはりうたた寝から熟睡していた時だ。
昨年見た夢のところまででは、結局お姫様がどうなったのかわからなかった。
しかし、この日それはわかることになる。
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姫が生きて、再び共に暮らしている。それだけで毎日極上の夢を見ているように幸せだった。
あれから数ヶ月が経過して無事に赤ちゃんも生まれた。穏やかに笑うところが姫によく似ている男の子で名前は白蘭と言った。
あの時、奇跡が起きて、姫の命は瀬戸際のところで助かった。
姫の身体が暖かな光に包まれたかと思うと、身体の温かさが戻り、頬に赤みが差した。
瞳がうっすらと開いた。そして血色の良くなった可憐な唇で俺の名前を呼んだ。
命を取り戻した姫に、俺はすがって泣き続けた。
そしてさらに奇跡は続き、医師の見立てでは奇跡的に治癒していると驚かれ、赤ちゃんも無事だった。
俺は安堵で立ち上がることすら出来ず、あの不思議な声に感謝の祈りを捧げながらひたすら泣き続けた。
抱き寄せると姫は心から安心した顔で、
「お帰りなさい」
と再び俺の名前を呼んだ。俺に甘えるように寄り添う姿に再び涙があふれた。
こんな愚かな俺を、君は見捨てずに再び手を取り合ってくれるというのだ。
あの従者は姫の無事を知ると、
「良かった……」
と一言だけ呟き、目頭を押さえてその場を離れていった。
あの不思議な声を、夢の中の俺は「ひめがみさま」と呼んでいた。
おそらく夢の世界の文化から察するに名称の漢字も存在していそうで「姫神様」だと想像していたが、ついぞ判らなかった。
その「ひめがみさま」との約束通り、俺は自分の命を姫に分け与え続けた。
ただその方法は分からなかった。
よく物語に出てくる黒魔術とか生贄とかそういう類いのものではないようだ。また何かを己の魂や心や身体に巣食わせるものでもなかった。
だがいざ夢の中の自分がその儀式(?)を行おうとすると場面が飛ばされるのだ。
そして姫にはその儀式の意味は一切伝えておらず、命が分け与えられていることを絶対に知られてはならなかった。
姫はその後もなんの障りもなく健やかに過ごすことができた。
1年後にもう1人子供が生まれた。男の子で名前は黒曜だった。
黒曜は生まれた頃から現実の世界でよく言う「スンとした」表情をする子だった。
姫が懐妊中、当然だが他の女性に目が行くことなどまったくなかった。
もともとこの城、ひいてはこの国でお姫様は王女の頃から皆に慕われていたので、この機に乗じて俺に取り入ったり、お姫様に競争心を持とうとする人間はいなかった。
そもそも女王のお姫様の血脈が礎となっているので、側室という概念がなかった。だから仮に俺に取り入ったところで何の意味も持たないのだ。
それから2~3年は平穏に暮らしていた。儀式は続けていた。
しかし姫が再び心臓を悪くした。
命を分け与えながら、良くなる、悪くなるの繰り返しだった。
姫は美しいままだった。
病で白さと儚さはさらに増していたが。
そして24歳の時、ついに力尽きてその命を終えた。
本来ならもっと早かったはずなのだ。それをここまで保ってくれたのは本当に感謝すべきことなのだが、俺は姫がもうこの世にいないことを受け入れることが出来なかった。
姫を弔ったあと、もういない姫の寝台の横でひたすら呆然と過ごしていた。
時々涙があふれて止まらなかった。
思い出していた。
あれは姫が心臓を悪くする前のことで、白蘭を宿す少し前のことだった。
「時を戻したいと思ったことがありますか?」
と聞いてきた。
なんでも以前巻物で読んだ、時を遡る不思議な物語を思い出したそうだ。
俺は時を戻したいなどと思ったことはなかった。
かつていた国で、もはや何も覚えていない人物との別れは当時は辛かったかもしれないが、それがあったおかげでこうしてお姫様と巡り合うことが出来た。まさしく幸運の予兆だったのだ。
なので、かつての国でその人物とやり直すなど粒子ほどの微細にも思わなかった。
ただ、もし戻れるとするならば、姫と初めて会った時に「君が好きだ」と言って抱きしめれば良かった。
引かれたかもしれないが。
そして今なら、あの出立の朝、旅立つのを止めれば良かった。
何とでも理由をつけてどうにでもなったのに。
俺はもう耐え切れず、このまま姫に殉じて死のうと決めた。
なんでもっと早くそうしなかったのか。そう思った。
最低な自分はこの時、残された子供たちのことを考えてあげられる余裕はなかった。
子供たちは前の王様と王妃様、そして女官たちが世話をしてくれていたようだった。
城の屋上から飛び降りようと決めた俺は、最後に姫の寝台にすがりついて泣いた。
そして寝台から身体を離した時に、そこにはなかったはずの、ましてや自分で触った記憶もなかったのに、手があの髪飾りを握っていることに気づいた。
それは朝日を浴びてきらきらと輝いていた。
いつも間にか朝になっていた。
俺は死ぬことを許されるまで生きようと決めた。
その足で子供たちに会いに行った。
お姫様に似ていた白蘭は素直に俺に抱きついて大泣きした。
俺にそっくりな黒曜は不貞腐れて物陰に隠れていたが、
「おいで」
と言って腕を差し出すと、よちよちと歩いて俺にしがみついて泣いた。
俺は姫が必死で産んでくれた子供たち2人を抱きしめた。
それから10年の時が流れ、俺はようやく姫の元へ行くことが出来た。
ひたすらに生き急いで生きてきた。
姫が残したこの国のため政事に殉じた。子供たちは自分なりに必死で育てた。
しばらくは女王の代理でいたが、姫の血を引く白蘭が成長してきていたので、この子を王として擁立した後はその後見人として政事を支えた。
目を閉じたら迎えに来てくれるだろうか。
次に目を開けた時に君は居てくれるだろうか。
今度会った時に再びこう伝えたい。
君だけを永遠に愛し抜くと。
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これがこの夢の最後だった。
俺はこの夢を見終わって、紅玉に想いを伝えることを決意した。
紅玉に似ているお姫様と自分の夢。
自分の潜在意識が作り出した壮大な妄想なのか、あるいはやはり前世の記憶というものなのだろうか。
自分がこの夢を見たことに何か理由があるのだろうか。
この時の自分にはまだその理由はわからなかった。
だが決してこの夢を忘れないようにと心に誓った。
君への想いを知ったのならば、すぐに言葉にして君に伝えようと。
そして片時も君のそばを離れず、何よりも君との時間を大切にしようと。
今こうして君と共に過ごせることは本当にかけがいのないことなんだ。
君と再びめぐり合えたのはこの上ない天上の奇跡なのだから。




