第9話 ゆめがたり 巻の肆(上)
桃里が見た不思議な夢の続きです。
この作品はフィクションであり、作中の国、歴史、文化、人物などは現実とは一切関係ありません。
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お互いの想いが通じ合ってから二月ほど経ち、もうすっかり春になっていた。
あれから姫は心を開いてくれるようになり、秘めていた思いなどたくさんのことを語りかけてくれた。
そんなある春の満月の夜のこと。
2人、満月の光に照らされながら語らっていた。
あの髪飾りは姫のことだけを想って好きな人に贈ったものであることを伝えた。
姫は微笑んでそっと立ち上がり、小さな引き出しを開けた。
自分も立ち上がってその中を見ると、あの桃色の髪飾りがあった。
姫はそれを取り出して自身の手のひらに乗せると、うっとりとした可憐な眼差しでそれを眺めた。
そして満月の光に照らしながら、
「髪飾りは月に照らされるととても綺麗で、そこにあなたの心が垣間見えないものかと時々そっと眺めておりました」
そう囁くように言った。
俺にはその姿と言葉があまりにも美しく儚く、いじらしく、愛おしくて、込み上げてくる思いを抑えきれなかった。こんなにもいじらしくて愛おしい姫にあれほど悲しい思いをさせていた自分を心底悔やんだ。
俺は姫の手から髪飾りをそっと受け取り、姫の髪へ飾った。
髪を飾り月光を纏った姫は言葉にならないほど美しかった。
「とても似合っている。思ったとおりだ」
姫はふわりと微笑んだ。そのあまりの可愛らしさに胸がいっぱいになった。
「君が好きだ。たまらなく愛おしい」
そう伝えると、
「あなたが好き」
姫はそう言って微笑んだ。
「私こそ素直になれなかった。ごめんなさい」
そういじらしく言うので俺は首を横に振った。
「君だけを必ず永遠に愛し抜くから」
そう誓った。
想いが通じ合ってからすぐに王と王妃に謁見した。
姫を愛しています。姫だけを愛しています。どうかこの国に置いて下さい。権力が欲しいのではありません。離縁されるのが不名誉だからではありません。姫と共にいられるだけでいいのです。他には何もいりません。
伏してそう必死で伝えた。
王と王妃はそんな俺を、変わらず姫の婿として在ることを許してくれた。
俺がかつていた国とはこれから交渉をするところだったようだ。
そして姫に気がかりだったあの従者のことをおそるおそる尋ねた。
「彼はずっとそばで支えてくれましたが、今はこうして貴方が居てくれます。それなのに彼をそばに置き続けるのはどちらに対しても失礼であると思いました。今は本来の騎士の役割を。ですが近いところを守ってくれていることはお許しください」
と姫は言った。
それからも、
姫しか見えない。他は目にも入らなかった。
不思議だったのが、姫の自身における治癒力、回復力だった。
たとえば姫が怪我をしない様に常に自分が気をつけてはいたが、花の手入れをするのが好きな姫はたまに葉の手入れで指を少し傷つけてしまうことがあった。
そんな時、傷はみるみるうちに塞がり、あっという間に完治した。
この国では時代性もあるのか、精霊などの見えない存在がまだ信じられており、少し不思議な力を持った人間も時々現れていたようだ。ましてやお姫様は神聖な血脈を受け継ぐこの国の王女だったので、これくらいは当たり前の様に夢の中の俺も受け入れていた。
お姫様が19歳になった時、王女から女王となった。
そしてお腹に俺の赤ちゃんを宿した。
その年、俺がかつていた国にお祝い事があり、祝辞に行かなければならなくなった。
お姫様は懐妊中の身なので城に残ってもらい、俺だけが行くことになった。
祝辞に行くことが決まった日から出発する日まで、姫はずっと不安そうだった。
俺は毎日の様に抱きしめて、
「大丈夫。必ず君の元に帰るから」
と伝え続けたが、姫の表情が晴れることはなかった。
俺はそれをわかっていたのに。
出発の朝、姫が、
「あの……」
と何かを言いたげだった。
俺はそれを聞こうとしたが、
「なんでもありません。どうかお気をつけて」
とついに言葉にしなかった。
俺はかつての国への道中、
(姫はきっと俺に「行かないで」と言いたかったのだ)
と気づいた。
いや気づいていたのに、絶対に姫のもとに帰ると誓っていたから何も不安はないと思っていた。
わかっていたのに、俺はまたしても。
何か虫の知らせのような胸のざわつきを感じて、俺は姫のいる城へ急いで引き返した。
そこで伝令の者とかち合った。その伝令を聞いて、俺は。
城に戻って見たものは、寝台で眠るように息を引き取る寸前のお姫様の姿だった。
俺が出発したあと、突然、心臓の痛みを訴え、あっという間に悪化したというのだ。
もはや手遅れで助からない。あとは静かに旅立ちを見守ってあげることしかできないなんて。
俺は身体が震えて動かせなくて、目の前が何も見えなくて、なんとか姫の顔に自分の顔を寄せると、もはや虫の息だった。
(もう姫も、俺たちの赤ちゃんも……)
部屋に居た医師や女官たちに2人きりにして欲しいと伝えた。
あの従者も居たことに俺は気付いた。もはやどうこう言うつもりなどない。言う資格も俺にはない。
ずっと何よりも姫を優先してそばにいた者なのだ。
姫が倒れてから、何に代えてもずっとそばにいたのだろう。
彼は姫を見つめてまだ信じられないという表情で立ち尽くしていた。だが俺たちを2人きりにしてくれた。
涙で霞んでいた俺の視界にあの髪飾りが映った。
姫の枕元に置かれていた。
俺はその髪飾りと姫の冷たい手を取り、自らの手に握った。
(頼む。姫を助けてくれ。俺の命を渡すから、姫の命を助けてくれ――)
必死で祈り続けた。
すると髪飾りから温かい光が溢れ出し、俺の頭の中に声が響いた。
その声はお姫様の声とよく似ているようで少し異なるような、なんだか不思議で神秘的な声だった。
なにか話しているが、言葉は日本語に似ているがもっと複雑な感じで、「生き長らえさせたいか」のようなことを言っていた。
ただ夢の中の俺は言葉を理解できているようだった。
俺は必死で願った。
「俺の命をすべて差し出すから、姫の命を長らえさせて欲しい」
すると不思議な声は、
「すべてはもらわぬ」
そう言ったように聞こえた。
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夢はそこで途切れた。




