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ゴッホを盗んだ実行犯が今明かす、盗まれた名画の行く先とは

GLOBE+

https://globe.asahi.com/article/13549887


ニューヨークタイムズ 世界の話題


ゴッホを盗んだ実行犯が今明かす、盗まれた名画の行く先とは




写真図版

ゴッホの作品「春のヌエネンの牧師館の庭」が盗まれたオランダのシンガー・ラーレン美術館=2020年3月30日、ロイター。新型コロナの影響で休館中のできごとだった




オランダ最大の都市アムステルダムの近郊にあるシンガー・ラーレン美術館。その監視カメラは、はっきりととらえていた。


2020年3月30日の未明。男は、ガラス戸をたたき割ると、ほどなくしてフィンセント・ファン・ゴッホの絵を1枚、脇に抱えて出て行った。


放映されたその映像を見て、Octave Durham(47)(訳注=以下、オランダの人名は原文表記)は首を振った。


「服装からしてプロじゃない。プロだったら黒ずくめだろうけど、ジーンズにナイキのスニーカーをはいているなんて」


Durhamの語気を強めた指摘は、テレビの犯罪ドラマをいささか見過ぎた外野席の批評とは違う。あの有名なアムステルダムのゴッホ美術館から、18年前にゴッホの絵2枚を盗んだ張本人なのだ。


共犯の一人とともに04年に有罪判決を受け、25カ月余り服役した。


盗んだ絵は、2枚とも16年にイタリア・ナポリ近郊の町カステラマーレ・ディ・スタビアで見つかった。麻薬密売組織を率いるラファエレ・インペリアーレが所有する住宅の台所の壁に隠されているのを伊警察当局が発見。その後、無事にゴッホ美術館に返された。


「こんなに安易な美術品ドロなんて、見たことがない」というのが、今回の映像へのDurhamの結論だった。



写真図版


シンガー・ラーレン美術館の監視カメラがとらえた犯人の映像=Netherlands Police/ロイター。美術館に押し入り、ゴッホの絵1枚を右脇に抱えて出て行くところ




オランダの警察当局は、この事件の捜査状況についてはコメントを拒んでいる。


しかし、捜査に協力している民間調査員のArthur Brandは、Durhamの事件と似ている点がいくつかあると語る。美術品事件を専門に請け負い、多くの盗難絵画を取り戻した実績がある。


まず、手口。いずれも5分以内の犯行で、男性が大きなハンマーを使って押し入っている。


次に、盗品の共通性。今回の場合は、「春のヌエネンの牧師館の庭」。Durhamたちが盗んだ2点のうち1枚は「ヌエネンの教会から出る人々」だった。いずれも、ゴッホの父が牧師をしていたオランダ南部のヌエネンの教会を描いたものだ。


「だから、模倣犯の可能性が強いと私は考えている」とBrandはいう(なお、Durhamにはアリバイがあり、今回の事件当時は入院中だったことをBrandは確認している)。


この模倣犯説、Okkieの愛称を持つDurhamにとっては、気にくわない見立てだ。「犯人はOkkieみたいになりたかった、なんていわれるようになるのはどうかな。オレだったら、あんなやり方はしないよ」




いずれにせよ、犯人はかつてのDurhamとまったく同じ状況にあるはずだ。盗んだゴッホの絵をどうしようか。盗まれたことが、これだけ広く知れ渡った絵を誰が買ってくれるだろうか。こう自問しているに違いない。


「自分がやったのは、そこにチャンスがあったからに過ぎない」とDurhamは振り返る。


美術館には、簡単にたたき割れそうな窓が一つあった。「別に絵を売りさばく相手を決めていたわけではない。売るか、そうでなければ、交渉の材料にはなるだろうと踏んだまでだ」


「交渉の材料」というのは、「何か別件で困ったときに、捜査員と取引する材料」という意味だ。


Durhamは、窃盗や侵入盗で何回か起訴されている。銀行強盗もあったが、こちらは無罪となった(今では、犯行を認めている)。




写真図版

アムステルダムのゴッホ美術館近くにたたずむOctave Durham=2020年5月15日、Ilvy Njiokiktjien/©2020 The New York Times。この美術館から2002年にゴッホの絵2枚を盗み、2年後に実刑判決を受けた



自らの過去についてはこのところ、かなり話している。自分の人生についてのドキュメンタリーを作ることに、17年に同意してからだ。


翌18年には自分の伝記「Master Thief(大泥棒)」(Wilson Boldewijn著)が出版され、Durhamは他の盗難事件についても犯行を認めた。しかし、強盗事件を起こしても、他人に危害を加えたことは一度もないと主張する(オランダの法律では、刑事訴追の記録は非公開とされている〈訳注=このため、主張の真偽を確認できない〉)。


「オレには、鉄則ってものがある。口調は滑らかに。常に冷静に。スピードが出る車を使え。他人には絶対に触れるな――ってやつだ」


Durhamによると、成長期に過ごした家の近所に、オランダ人の犯罪者Kees Houtmanが住んでいた。ゴッホの盗難絵画2枚を持っていたが、麻薬密輸事件の裁判を受けていた05年にいずれも当局に返還した。刑を軽くしてもらうのが狙いだった。


この2枚は、ゴッホの初期の作品で、1990年にオランダの小さな美術館から盗まれていた、とDurhamは話す。「この件が、オレの頭の中にはずっとあった」


自分が盗んだゴッホの絵は、最初は2人の犯罪者に売ろうとした。しかし、取引が成立する前に2人とも殺されてしまった。


「自分は信心深く、縁起をかついでいる。だから、この2枚にはたたりがあると思った。『こいつでなんかしようと思うなよ』と自分にいい聞かせたほどだった」


最終的に、共犯者のHenk Bieslijinとともに、先のインペリアーレに売ることに決めた。アムステルダムにコーヒーショップを持っており、ナポリの麻薬密売組織カモッラを率いていた。アムステルダム検察当局によると、インペリアーレは入手した2枚の絵をイタリアに持ち帰り、母親の台所に隠した。


絵を売りさばくと、Durhamはスペインに逃げた。しかし、ゴッホ美術館で落とした野球帽のDNA鑑定から足が付き、03年にスペイン南部のリゾート都市マルベーリャで捕まった。それでも、絵の行方については口を割らなかった。


それから10年以上もたって、伊警察当局がカモッラ・マフィアの一家を摘発。インペリアーレを取り調べると、ゴッホの絵を持っていることを書面で自供した。刑の軽減を図ろうとしたのは明らかだった。


ゴッホ美術館の専門家によると、1975年から世界中で盗まれたゴッホの絵は、少なくとも34点に上る。その中には、91年にゴッホ美術館で盗まれた20点も含まれている。ただし、こちらは数時間後に、放置されていた車の中から見つかり、すべて戻ってきた。



写真図版

「誰に売るかは決めずにゴッホの絵を盗んだ」と語るDurham=2020年5月15日、Ilvy Njiokiktjien/©2020 The New York Times



オランダ検察当局で美術品事件を担当する部門の責任者Ursula Weitzelは、事件を起こす動機については、「一般的には車を盗むのと変わりはない」と語る。


「特別な目的にこだわっての犯行でない限り、金もうけのためというのが普通だ」と明言。「単純に考えればよい。自分の家の壁にかけたいから盗むというわけではない。そんな、自尊心やステータスのための犯行なんて、聞いたこともない。通常は、お金。あるいは、何かあったときのための『担保』を確保しておくためだ」


先の民間調査員Brandは、「多くの犯人は、最初は盗んだ絵を自由に売りさばけると考えている。ところが、適法には売れないことをすぐに悟る」と解説する。


「自分が請け負った事件の半分以上がそうだった。盗んだ絵でもいいから、壁にかけたいと思っている人がいる。そう考えて実行したやつもいるけれど、そんな人間なんていやしない。映画『007 ドクター・ノオ(Dr.No)』の世界ぐらいだ。でも、そんな人間がいると思う馬鹿が中にはいて、盗んだ絵が売れないと分かると、ショックを受けるのさ」


それで、闇市場で売ることになる。価格は、実際のほんの一部に過ぎないことが多い。Brandの推定では、適法な市場で売買される額の10%ほど。1枚の絵が、オークションでは1千万ドルで売れたとすると、闇では100万ドルという計算になる。


Durhamによれば、その比率はもっと低く、2.5~5%にしかならない。


アムステルダムだけで年間平均10件ほどの美術品事件を扱う検察当局のWeitzelは、盗難絵画を持ち続ける犯人もいると話す。何かあったときの担保物件、もしくは捜査当局との取引材料にするためだ。「要するに、先行投資。違法な投資であるにしても」


盗難絵画が再浮上するまでには、何十年もかかることが多い。元の所有者の手に戻るのはわずかで、10%にも満たないとBrandは見ている。何百万ドルもする高価な絵の場合は、戻ってくる確率はそれなりに高くなる。「といっても、そんなにたくさん戻ってくるわけではない」。あまり金にならないものは、「使いようがないので、廃棄されているのだと思う」。


今回、シンガー・ラーレン美術館から盗まれたのは1884年作のオイルオンペーパーの油絵で、オランダ北部にあるフローニンゲン美術館から貸し出されていた。


Durhamは、もうゴッホの絵を盗む気はないと断言し、18年前の事件については「若気の至りだった」と顧みる。


「銀行を襲うのとは、全然違う。美術品をこよなく愛する人たちがいて、その人たちが怒り、傷つくことを今の自分は理解するようになった」と話す。


「自分自身は、まだそんな心境には至っていないけどね」(抄訳)


(Nina Siegal)©2020 The New York Times

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