006
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トリスタン島とイゾルテ島で起こった連続殺人事件のことは若い巡査に任せることにした。シナモンは夏休みの宿題である自由研究を再開することにし、朝食をすませるといつもの顔ぶれでかもめ岬に出かけた。庭師の老夫婦、と孫だ。若夫婦の夫である調理師は、夕食の仕込みとシナモンの父親であるレオノイス伯爵夫妻の昼食を準備がし終わる午後、調査地に合流する予定なので、代わりサトウ卿が手伝いに参加した。
かもめ岬中腹のテラスになったところにシナモンたちが掘り込んだ四角い穴・試掘坑が穿たれている。底には飴状になってから冷えた溶岩があった。サトウ卿が注意深く底をみて、シナモンに訊いた。
「シナモン、君は、溶岩を調査しているんだね?」
「はい、溶岩の存在から従来の地質学では、『かもめ岬は火山の痕跡である』というのが通説となっていました。ですが、雨上がりにかもめ岬を登るとたまに、このようなものを拾うことができますので、疑問に思っていたのです」
カンカン帽の少女が、ポシェットから取りだしたのは小さな溶岩のかけらであった。溶岩のかけらをみた老勲爵士は鳥肌がたつ思いがした。
「しっ、シナモン……。君は、かけらの学問的価値というものを知っているんだね!」
溶岩のかけらは、なんと土器片を包んでいたのだ。この場合二つの理由が考えられる。第一は火山が噴きだした溶岩が土器をのみ込んだ場合、第二は建造物が高熱を受けて、どろどろに溶けてしまった場合が想定される。――シナモンは、アーネスト・サトウに所見を告げた。
「私はこの土器が、『溶融堡塁』に伴う遺物であると判断いたします。ただそれには、砦に関わる施設の残骸がなければ証明できません。ですから発掘しているのです」
『溶融堡塁』というのは、攻城戦で焼け落ちた砦や城の施設のことを指している。しかし試掘坑をみて、それが何であることを理解した者が、岬の頂からやってきた。
「ほう、『溶融堡塁』だね。僕はオットー・スコルツェニー、オーストリーのウィーンから、フェンシングの国際交流試合に招かれてイギリスへやってきた。君は?」
十三歳の貴婦人が、スカートの裾をつまむ所作<カーテシー>をして名を告げた。
オットー・スコルツェニーと名乗った少年はシナモンよりも二歳年長で、銀色の髪、やや面長である頬には深い縦傷があり痛々しい。だが気にもとめないどころか誇りしているようだ。頬に深い傷をもつ少年は少女を絶賛した。
「イングランド島はまるでインスピレーションの噴火口みたいだ。近代の思想的刷新は、僕が敬愛するダーウインの著作『進化論』から始まったといわれている。さすがは『進化論』の島。シナモン、君のような若い女の子が、大英博物館学芸員クラスの研究をしている。素敵だ。なんて凄い国なんだ!」
「スコルツェニー君。君も、かけらの意味が理解できるというのだね?)
(まだ十五歳の少年ではないか?)
老勲爵士は、少女を絶賛する少年に、また驚いた。
【登場人物】
●レディー・シナモン/後に「コンウォールの才媛」の異名をとる英国伯爵令嬢。13 歳。
●伯爵夫妻(シナモンの両親)及び使用人たち
●ウルフレザー家宰、老庭師夫妻、ジョン(庭師の孫)、調理師夫妻。
●サトウ卿/英国考古学者・元外交官・勲爵士。サー・アーネスト・サトウ。歴史上の人物。
●T.E.ロレンス大佐/アラビアのロレンス。第一次世界大戦の英雄。歴史上の人物。
●オットー・スコルツェニー/後にナチスドイツ大佐となる。歴史上の人物。
●ミューラー/スコルツェニーの友人。
●ジョージ・セシル及び関係者/レオノイスの町の大地主(第1の被害者)。エリー(妻)、モーガン(友人)、チャールズ(従弟)、エディック(従弟)
●その他/灯台守(第2の被害者)、商工会会長(劇団座長)、駐在の巡査、レザー警部(コンウォール警察)