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小屋の構造は、北西隅に厨房、北東隅に灯台上部に昇るための螺旋階段、東西に窓、そして南に向いた出入り口が設けられている。家具は、北側階段下に寝台、南西隅にテーブルとストーブ、それに西壁下に寝台が配置されている。遺体があるのは階段昇り口手前の床で、ほぼ入り口方向に脚をむける格好で横たわり、背中には巡査のいうように凶器の斧が刺さっていた。
老紳士と若い巡査、続いて庭師の老人が、シナモンの後ろに立って同じように祈りを捧げた。少年は祖父の命で外に待たされた。若い巡査が口を開いた。
「灯台守の爺さん、後ろから一撃でグサリか……。ジョンが話していた話しもリアリティーがでてきたなあ」
老紳士が続けた。
「現段階では、イゾルテ島の灯台守はトリスタン島での殺人を目撃し、口封じのために殺されたとみるべきか。するとジョンも危ない!」
訊いた庭師の老人は、孫の名前を呼んで急に外に駆けだしていった。外では、ジョン当人の声がする。
「どうしたのさあ、爺ちゃん、急に抱きしめたりしてえ?」
シナモンは、小屋の中と床に転がっている死体を注意深く観察しだした。部屋は荒らされた様子がない。死体は争った様子がなく、斧が刺さってからのたうち回った様子もなく、ほぼ即死という状態だ。もし、のたうち回ったとすれば、衣服や壁、床などに激しく血糊が乱れ散っているであろう。
(横になった死体、背中に斧、首根っこが赤紫になっている)
シナモンは、しっかりと犯行現場の状況を記憶した。巡査は別個に自分の所見を手帖に書き込んだ。
「それじゃあ、港に戻って医者を呼んできましょう。死亡推定時刻をわりださないと──」 一行は、モーターボートに戻って再びレオノイス港へと戻ったのである。
再出港はサトウ卿とシナモン、ジョンの三人は港で待たされた。巡査と庭師の老人、医者の三人がモーター・ボートに乗り込んで、イゾルテ島を目指したのである。
十三歳の貴婦人が、検死に立ち会った庭師から伝えきいたところによると、死亡推定時刻は昨晩二十時から今日の三時の間だという。
学問を〈象牙の塔〉に例えるならば、レオノイスで出会ったカンカン帽の娘は、あたかもそ頂きに舞う妖精だ。私がみた驚きを、十三歳の少女の奇蹟を、ここに記したいと思う……。
『サー・アーネスト・サトウの日記』よ
【登場人物】
●レディー・シナモン/後に「コンウォールの才媛」の異名をとる英国伯爵令嬢。13 歳。
●伯爵夫妻(シナモンの両親)及び使用人たち
●ウルフレザー家宰、老庭師夫妻、ジョン(庭師の孫)、調理師夫妻。
●サトウ卿/英国考古学者・元外交官・勲爵士。サー・アーネスト・サトウ。歴史上の人物。
●T.E.ロレンス大佐/アラビアのロレンス。第一次世界大戦の英雄。歴史上の人物。
●オットー・スコルツェニー/後にナチスドイツ大佐となる。歴史上の人物。
●ミューラー/スコルツェニーの友人。
●ジョージ・セシル及び関係者/レオノイスの町の大地主(第1の被害者)。エリー(妻)、モーガン(友人)、チャールズ(従弟)、エディック(従弟)
●その他/灯台守(第2の被害者)、商工会会長(劇団座長)、駐在の巡査、レザー警部(コンウォール警察)