紳士の帽子録/ノート039
『帽子の文化史』
●出石尚三『帽子の文化史――究極のダンディズムとは何か』(ジョルダンブックス2011年)
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帯紙には、「帽子はお洒落の終着駅。ダンディとエレガンスへの賛辞もシャポー!(脱帽)です。ムッシュ・イズイシにも『シャポー』です。/フランソワーズ・モレシャン」とある。また著者・出石尚三について、「服飾評論家。1944年香川県高松市生まれ、1964年にファッション界に入り、依頼ファッションをテーマにデザイン、コンサルティング、評論など広い分野で活躍。『ルー・ジーンズの文化史』(NTT出版)、『完本 ブルージーンズ』(新潮社)、『ロレックスの秘密』(講談社)、『スーツの百科事典』(万来社)など。」と紹介があった。刊行時の定価は3400円である。
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目次
序文――帽子の物語と物語の帽子――平田暁夫
ノアの方舟とフェルト帽――まえがきに代えて
1.ナポレオンと二角帽
2.帽子界のナポレオン、ボルサリーノ
3.サミュエル・ピープスとビーバー・ハット
4.エドアール・マネとシルクハット
5.エラリー・クィーンとシルクハット
6.オスカー・ワイルドと山高帽
7.マルセル・ブルーストとボルサリーノ
8.アラン・ドロンと『ボルサリーノ』
9.『コーネル・ウールリッチ』とボウラー
10.シャーロック・ホームズとソフト帽
11.ジョン・ディクスン・カーとポークパイ
12.チャプリンと山高帽
13.ハリソンフォードとフェードラ帽
14.ロートレックと山高帽
15.昭和天皇とシルクハット
16.森鴎外とソフト・ハット
17.丹下左膳と山高帽
18.「不思議の国のアリス」とシルクハット
19.シラノと羽飾り――あとがきに代えて
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目次に登場する男性用の帽子を整理してみよう。――フェルト帽、二角帽、ボルサリーノ、ビーバーハット、シルクハット、山高帽、ボウラー、ソフト帽、ポークパイ、フェードラ帽、羽飾り――の名前が挙げられている。そのうち私・個人が、気になる点を拾い上げてみた。
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〈フェルト帽について〉
「(※フェルト帽である)ソフト・ハットはふつうクラウン(やま)とブリム(つば)とから構成されている。ところがクラウンはブリムにつながり、ブリムはクラウンと一体化している。試しにホットバンドを外してみればよく分かる。つまりクラウンと言い、ブリムと言うのだけれど、本当は一枚なのである。ここでいい添えておけば、たしかに一枚なのだが、クラウンとブリムとの接点がまるで別物であるかのように鮮やかに区切られているのが、上質のソフト帽なのだ。/キャスケットであれば、シックス・ピース(六つはぎ)やエイト・ピース(八つはぎなど)さまざまな布地を組み合わせることで仕上げることもできだろう。が、そふと・ハットばかりはフェルトなくしてくることはできない。まずはじいにフェルトという奇跡の素材があったからこそ、ソフト・ハットが誕生することになったのである。」(P4L3-P5L6)
「フェルト製法のためには、まずヤクの毛を刈る。(中略)チベットのもっともすぐれたフェルトはヴェールのようにうすい」(P6L14-P7L2 次を引用/ユリウス・E・リップス著『鍋と帽子と成人式』大林太良、長島信弘共訳 八坂書房刊)
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「商品としてのシルク・ハットは一八〇三年の英国ではじまったと伝えられている。イギリスのフレッチャー・ベネットなる人物が考案したのだという。最初は薄いコルクをつかって土台を作り、その上にシルク・ブラッシュを張ったのだ。その後は土台に麻布が使われるようになる。麻を何枚も重ねて強度を増し、その上にシルク・ブラッシュでカバーしたのである。では、どうしてシルク・ブラシュが使われるようになったのか。原材料ビーバーが時代とともに気賞品となり、高価となった結果、シルク・ブラッシュのほうがはるかに安かったからである」(P66L11-L16)
「英国にトッパ―〝topper〟の通称が生まれるのは一八二〇年ごろのことで、それ以前には、トップ・ハットとか〝ハイ・ハット〟と呼ぶことがあった。たとえば、〝ビーバー・ハイハット〟と呼ぶことがあった。たとえば〝ビーバー・ハイハット〟の呼び方もあった。これに対して〝シルク・ハット〟は当時はいわば代用品という印象を含んでいたのである。(※中略)一八三〇代のトップ・ハットの流行型には次のようなものがあった。(※以下、項目のみを挙げる)エイルズベリ、ターフ、オクソニアン、ウェリントン、ティルベリー
」(P67L17-P69L8)
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〈用語〉
●スパッツとポークパイ・ハット
現代でいうところのスパッツは婦人用のズボンまたは下着という印象があるが本来は違う。「『スパッツ』は古き良き時代の紳士の間で流行った短脚袢のこと。靴の甲の上からかけて、土踏まずの下で小さなバックルで留める足許の装飾品である。」(P112L7-9)
同様に、「……言葉は時代によって変化するもので、ポークパイ・ハットは一八五九年頃に登場した女性用帽子のことであった。それはヴェルヴェットやストローで仕上げ、羽を飾った帽子を意味したのである。が、今ふつう〝ポークパイ〟といえば、紳士用のクラウン頂上が平らに凹んだスタイルを指すことはご存じのとおりである」(P130L17-P131L1)
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●ボルサリーノ
ソフト帽の一種である、「〈ボルサリーノ〉とはイタリアの有名な紳士帽子メーカーの社名で、その社の製造するハットは帽子の帝王と呼ばれており……」(P134L3-4)、一九七〇年、アラン・ドロン主演映画の題名となり、五年後には第二作もできた。
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●帽子掛け
「劇場であるから当然クロークは容易されている。なかにはここでシルク・ハットを預ける客もいたにちがいない、けれども座s気に着くまで紳士然としていた客は、そこまで被って行ったのだろう。それで座席下に『帽子掛け』が備えられていたのである。……ハットラック月の座席とはさぞかし便利であっただろう。……むかし家の玄関にはたいてい帽子掛けが置いてあったものである。それは木製のスタンドで、上部の枝のような部分に帽子を掛けておくことができた。あれは〝ハット・スタンド〟とか〝ハット・トゥリーhat tree〟と呼ばれたらしい」(P83L3-L10)
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〈本文中で著者が紹介した引用文献〉
●バーナード・ルーウェル著『ジェントルマン』(コーネマン刊1999年)
●ウィリアム・アイリッシュ著『帽子』1939(※アメリカの推理小説)
●エラリー・クィーン著『ローマ帽子の謎』(井上勇訳 創元推理文庫)
●ソース・ヴェブレン著『有閑階級の理論』(高哲男訳 ちくま書房/※原著1899年刊)
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〈所見〉
1930年代モチーフの小説をかこうとして、当時をモデルとした映画をみると、紳士淑女はおろか労働者階級までもが帽子にこだわりをもっているかのように感じられた。別件で開架式の図書館を歩いていた折り、本書をみつけた。シルク・ハットをはじめとしたソフト・ハット系の帽子について詳細が書かれており意義深い。
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ノート2016.04.10