暗号/ノート015
天才エドガー・アラン・ポウは探偵小説を発明し、『ホームズ』のコナン・ドイルがそのスタイルを継承した。ポウの暗号解読もの「黄金虫」も、ドイルの「踊る人形」で継承され、ミステリーのカテゴリになる。
古代の暗号は、ギリシャとカエサル暗号が有名だ。
ギリシャの暗号は、包帯のような布テープを、〝鍵〟となる定められた径をもった軸木に斜めに巻きつけてゆき、棒に対して垂直方向に文字を書いてゆく。そのため解読は軸木の径を割りだせば良いことになる。
カエサル暗号は、ローマの有名な、あのカエサルがつかっていたもので、アルファベットを二つ準備しておき、平文アルファベットに対して、暗号用アルファベットを数行ずらしてつかう。aはc、bはdという具合にだ。このままでは容易に解読されるので、敵解読者を混乱させるために、置字(冗字)というものをつくっておくようになった。――この単純な暗号は、〝換字式暗号文〟という。
中世アラビアは数学が発展。アラビアの数学者たちは、使用される単語で使われる文字の序列を統計処理して、文字を解析する方法を編み出す。それが〝頻度解析法〟というもので、後に欧州にも伝播する。――ポオやドイル作品に登場する暗号は〝換字式暗号文〟で解読方法は〝頻度解析法〟を用いたものだ。
ルネッサンス期15世紀半ば、ヴィジュネル方陣というものが発明される。
平文アルファベット26文字を横に並べ、何字かをずらして始まるカエサル暗号用アルファベットを下に併記するわけだが、それまでのカエサル暗号と違うところは、ずらしたアルファベット列が26行になったことだ。すると縦列に新しいカエサル暗号用アルファベットができあがる。ヴィジュネル暗号文は、これに〝キーワード〟を用いるところが新しい。発信者がキーワードをdoraemonとしたら、縦列アルファベットから、doraemonに相当する行から順に、横列アルファベットを拾って行けばよい。――複雑なので普及するのは17世紀以降となり、暗号解読は19世紀・英国の趣味人チャールズ・バベッジを待たなければならない。
他方。
15世紀半ば、またもルネッサンス期に、イタリアの建築家レオン・アルベルディが暗号円盤を開発。アルファベットを縁に刻んだ二つ円盤をずらしてセットすることで、回転させると、カエサル暗号文(カエサル・シフト・暗号文)を即座につくることができた。以降20世紀に至る5世紀に渡って改良されつつ使用されることになる。
20世紀になってこれを、究極に高度化したのがナチス・ドイツの使用していたエニグマ暗号機で、チャーチルの発案のもと、天才数学者アラン・チューリングを、巨大暗号解読機関ブレッジリーパークに招いて解読させた。チューリングは、暗号解読装置・元祖コンピューターを発明。エニグマの暗号を解読し、連合国を勝利に導くことになる。――そのあたりの事情は映画『イミテーション・ゲーム』が語るところである。
サイモン・シン 『暗号解読』青木薫 訳 新潮社2001年 26‐178頁