表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/100

006

006 


 シナモンがエリーのそばに行って声をかけている間に男たちは城を抜け出して、港に臨んだ倉庫に入っていった。一行かくるやいなやロレンスの部下である軍人たちが準備していた映写機を回し始めた。ロレンスがスクリーンを指さした。

「──あれが、われらの祖国イギリスの敵となる男。政権中枢部の大半は、友達だと勘違いしている。気づいているのはウイストン・チャーチル閣下と一握りの人たちだけです」 映写機のなかの人物は、口髭をはやし、大衆の前で演説をしていた。聴衆の中には女性も多く興奮した若い女性の中には失神している人もいた。口髭の男の演説は論理的で、しかも音楽的で、ゼスチャーがはいれば劇的にさえなり、人々を陶酔させていた。


 ──わがドイツ民族は、ダーウインの『進化論』でいうところの頂点にいる人種だ。自然界は弱肉強食。弱い種は淘汰されるべき者なのだ……。


 サトウ卿は、シナモンの演じた『トリスタンとイゾルテ』に登場し、主人公トリスタンを誘惑し続けた<黒き竜>を思い出し、スコルツェニー少年の顔が浮かんだのだった。

 スクリーンに映し出された人物についてロレンスが補説した。

「レザー警部はまだご存じないかもしれない。だが、サー・アーネスト・サトウ、元外交官でいらっしゃるあなたなら、この男の危険性は理解していらっしゃるでしょう──アドルフ・ヒトラー、もともとはオーストリー人です……首相と多くの閣僚たちは、ヒトラーが反共を唱っていることから、ロシア革命で共産党が政権を握ったソビエト連邦に対する防波堤として利用できると考えています」

 レザー警部は目を見張った。

「ヒトラーと今回の事件との因果関係は──」

 警部からの質問には、ロレンスに代わってモーガンが答えた。

「ジョージ・セシルは、レオノイスの大地主という顔のほかに、ロンドンに本店をもつ証券会社の役員という顔もあるのはご承知ですね。そうです、ここまでくれば察しがつくでしょう。彼は諜報機関の人間だったわけですよ──ウイーンでかき集めたヒトラー関連の膨大な資料をせっせとレオノイスの自宅に送っていて、僕が仲介してロンドンに運んでいた……ところが『敵』が勘づいて妨害してきたというわけです」

「そうか、資料というのが、レディー・シナモンがいっていたファイルで、受け渡し場所がトリスタン島だったというわけですな! それならば、故ジョージ・セシル氏が、鉄道路線をつかったフランス経由の直線路で帰国せずに、ドナウ川をくだって黒海にでて、そこから海路レオノイスを目指すといった複雑な迂回路を通って帰国した理由の説明がつく」「ご明察。港の漁師たちもしていたでしょうけれど──密貿易船らしき船が、ファイルを受け取りにきた僕を乗せた小型汽船に発砲していた……という話し。あれこそが『敵』です」

 サトウ卿がそこでロレンスに訊いた。

 それで、ファイルは?」

 ロレンスはうなずくと、部下を呼んで、二冊のファイルをとってこさせた。

「残念ながら二冊だけです。真犯人のチャールズが白状しましたよ。拷問器具をみせただけ使わずに済んだのでよかった──投資の失敗から借金の膨らんだチャールズは返済に困っていました。そこにイゾルテ島の灯台守が現れて、『従兄であるジョージを殺し、罪を不倫している妻とその愛人になすりつければ遺産が転がり込むだろう』と殺人をそそのかした」

「なるほど、ジョージを殺害したチャールズは、手を汚さずに莫大な口止め料を請求してきた灯台守が疎ましくなり殺害した。また、灯台守のボートに移したファイルについては、チャールズにとって無価値なもので、警察の捜査で物証になりうる感じがしたので海に沈めた──というところなのだね?」

 ロレンスはうなづいて言葉を続けた。

「二冊のファイルからヒトラーは、近くオーストリーを併合する気でいる野望があることは判りました。オーストリーはもともとドイツ民族であり、神聖ローマ帝国歴代皇帝を輩出したところでもあります。またヒトラー自身もオーストリー人ですから野望は達成されるでしょう……問題はその先で、ジョージ・セシルを殺すほどの秘密が失われたファイルには存在していたということです。つまるところ、そこからがヒトラーの真の野望・全ヨーロッパの併合、暗黒の第三帝国建設にいたる<設計図>だったというわけです」

 シナモンは、<トリスタン島>と<イゾルテ島>に起こった連続殺人の捜査に重要な役割を果たしたあと、夏休み自由研究の続きを再開した。

【登場人物】


●レディー・シナモン/後に「コンウォールの才媛」の異名をとる英国伯爵令嬢。13 歳。

●伯爵夫妻(シナモンの両親)及び使用人たち

●ウルフレザー家宰、老庭師夫妻、ジョン(庭師の孫)、調理師夫妻。

●サトウ卿/英国考古学者・元外交官・勲爵士。サー・アーネスト・サトウ。歴史上の人物。

●T.E.ロレンス大佐/アラビアのロレンス。第一次世界大戦の英雄。歴史上の人物。

●オットー・スコルツェニー/後にナチスドイツ大佐となる。歴史上の人物。

●ミューラー/スコルツェニーの友人。

●ジョージ・セシル及び関係者/レオノイスの町の大地主(第1の被害者)。エリー(妻)、モーガン(友人)、チャールズ(従弟)、エディック(従弟)

●その他/灯台守(第2の被害者)、商工会会長(劇団座長)、駐在の巡査、レザー警部(コンウォール警察)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ