002
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ロレンスの父は准男爵トーマス・ロバート・タイ・チャップマン、母はセアラ・ロレンスといって准男爵家の娘たちの家庭教師だった。やがてトーマスとセアラは不倫関係になり、ウェールズに駆け落ちし、以後一家はセアラのロレンス姓を名乗ることになる。両者の間にできた私生児は五人おり、すべて男子であった。
厳格なクリスチャンの家に育った母セアラは負い目を感じて精神に均等を欠くところがあり、兄弟を虐待したためロレンスは、母親を半ば憎んでいたのだが、子供の頃にそんな母親がときどきいれてくれたミルクたっぷりのウバ・ティーをふと思いだした。
シナモンは言葉を続けた。
「……いにしえの人々は、左手薬指は心臓に直結する部分と信じていました。心臓は天界に住まわれる神様に直結いたします。ゆえに結婚指輪を左手薬指にするということは、新郎新婦が神様に、『この人と一生添い遂げます』と約束した証しなのです」
そういってから、「では皆様、ティーカップの紅茶を飲みほして戴けますか? 残ったお茶の葉の数と形で占ってさし上げましょう」といって来賓の人々に声をかけていく。まずは町長夫妻のところにいった。
「おや、葉の形が丸くて可愛いですね。近くお孫さんが生まれるのでは?」
「ええっ、どうしてわかるの? 来月の予定ですのよ」
警察署長夫妻のところでは、「明日、釣りに行かれますね? 大物が釣れますよ」とささやく。
夫人が亭主の背中を思い切り叩く。
「姫様が保証してくださったわよ、あなた。さあ、しっかり釣ってきて頂戴、明日はバターとガーリックのきいたソテーですからね」といって笑った。やがて十三歳の少女がエリーたちのところにやってきた。
「なんだか怖いわ。昔からあなたの紅茶占いは外れたことがないのですもの……」
シナモンは神妙な顔をして、エリーが飲みほしたティーカップの底をのぞき込んだ。ティーカップの底にある葉は羽のように二つ重ねられている。
「これは『守護天使の羽』──小母様、あなたのそばに片時も離れず守っていてくださる方がいらっしゃる……」
笑みを浮かべていたモーガンが、エリーの困惑した様子に複雑な顔に転じた。
シナモンは、エリーの近くにいたチャールズのカップをのぞいた。
「小さく舟形に並んだ葉が、やや大きな丸い葉に隠れています。三艘の舟が隠れる洞穴を意味しています」
チャールズの顔色が変わった。続いて、エディックのカップをのぞく。
「鷲と獅子が相対したような葉の形。古来から鷲と獅子は対峙する者同士といわれ『嫉妬』を意味します」
チャールズも顔色を変えた。そして最後に、モーガンのカップをのぞきこんだ。
「二枚の葉が『ファイル』を開いた形になっていますね」
モーガンも驚きを無理に隠しているのが誰の目にも明らかだった。
そこへ町の若い巡査をともなったレザー警部がきて、サトウ卿とロレンスの二人も続いてきた。レザー警部が割り込むようにこう告げた。
「チャールズさん、エディックさん、それにモーガンさん。失礼ながらお三方は、今回の連続殺人事件の容疑者となっています。お三方のうちの一人が、ジョージ・セシル氏と灯台守を殺し、さらに刺客を雇ってレディー・シナモンの命を狙ったのです──レディー・シナモンは優しい娘さんだ……私が逮捕する前に、自首するようにはからっているのです。さあ今ならまだ間に合いますよ、自首してくださいな」
「ふんっ、子供の浅知恵、茶番だ。考えてもみろ、ジョージを殺して得するのは動機からして、エリーと不倫しているモーガンに決まっているだろ」
肥ったエディックは吐き捨てるようにいった。
レザー警部が続けた。
「レディー・シナモン、昨日、劇場で話してくれたことを皆にも説明しておやりなさい」「二つの殺人事件を結ぶストーリーはとてもシンプルです──表面的にはですけれど……」.
シナモンはうなづいて謎解きを始めた。
【登場人物】
●レディー・シナモン/後に「コンウォールの才媛」の異名をとる英国伯爵令嬢。13 歳。
●伯爵夫妻(シナモンの両親)及び使用人たち
●ウルフレザー家宰、老庭師夫妻、ジョン(庭師の孫)、調理師夫妻。
●サトウ卿/英国考古学者・元外交官・勲爵士。サー・アーネスト・サトウ。歴史上の人物。
●T.E.ロレンス大佐/アラビアのロレンス。第一次世界大戦の英雄。歴史上の人物。
●オットー・スコルツェニー/後にナチスドイツ大佐となる。歴史上の人物。
●ミューラー/スコルツェニーの友人。
●ジョージ・セシル及び関係者/レオノイスの町の大地主(第1の被害者)。エリー(妻)、モーガン(友人)、チャールズ(従弟)、エディック(従弟)
●その他/灯台守(第2の被害者)、商工会会長(劇団座長)、駐在の巡査、レザー警部(コンウォール警察)