表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/100

010

トリスタンとメロート公の決闘

挿絵(By みてみん)


     010


 アイルランドからコンウォールにむかう船の上には、トリスタンとイゾルテがいた。

(トリスタンは確かに『黒き竜』を倒したアイルランドの救世主ではあるけれども、婚約者モルオトを殺した仇敵。しかも『黒き竜』を倒し自分の妻に迎えるのではなく、叔父に捧げるというのか? 私は貢ぎ物か?)

 疑問がイゾルテに生じた。そんなふうに考えることはアイルランドのためにならない──ということは自身も承知している。けれども感情が許さないのだ。その人はついに感余り、船の舳先で竪琴を奏でていたトリスタンの後ろから声をかけた。

「眠れないの。お酒に付き合ってくださる?」

「見事な星です。お付き合いいたしましょう」

 イゾルテがそういって角杯を手渡そうとするので、トリスタンは弦を弾じるのをやめて角杯を受け取った。二人は乾杯し飲みほしたところで、イゾルテは勝ち誇ったようにトリスタンにいった。

「ささやかなる私の復讐よ、トリスタン。私の婚約者モルオトを殺し、同じ手で〈黒き竜〉を倒してアイルランドを救った英雄。あなた一人を黄泉には旅立たせない。私もお供するわ」

「毒を盛ったのか?」 

 イゾルテがうなづいた。しかし二人に感情の変化が現れ、火山爆発のように吹き上げてくる感情を抑えることがかなわず抱擁しあった。二人の背後にはイゾルテ付きの女官が現れた。

(──お許し下さいませイゾルテ様。そんなことと思い、毒薬と媚薬びやくをすり替えておきました。媚薬は王妃様が魔法をかけながらお作りになられたもの。もしマルク王がお好みでなくとも愛するようになれる薬。毒をあおられるくらいならいっそと……)

 こうしてトリスタンとイゾルテは禁じられた愛に苦しむ仲となり、そのうえでイゾルテはマルク王の妃となったのである。一行がコンウォールに着くとただちに盛大な婚儀が執り行われ、国中が祝賀に沸きたった。マルク王はイゾルテに親切であった。新妻になにかと配慮をしてくれた。イゾルテはそんなマルク王に感謝し尊敬したのだが、心はトリスタンの虜となってしまったのである。

 そんな二人の仲は公然の秘密となり、ついに、一門衆筆頭のメロート公が口火を切った。「聡明なる王よ、口にせぬだけで皆が、イゾルテ王妃とトリスタン卿との仲を知らぬ者はおりませぬ。王妃の不貞は国の威信に関わること。王とて見て見ぬふりをなさることは許されませぬ」

「メロート公よ、どうしろというのだ?」

「祭壇を設け、神の臨席のもと、私とトリスタン卿とを決闘をさせてくださいませ。もしトリスタン卿が潔白ならば神はトリスタン卿に勝利を与え、反対に私の申すことが誠ならば神は私に勝利を与えるでありましょう」

 翌日にも練兵場のある馬出し郭に祭壇が設けられ、城の貴賓・兵士たちが見守るなか、決闘が執り行われた。マルク王は祭壇に置かれた神剣エクスカリバーを手に取り、トリスタンに手渡した。

「審判は、太祖アーサー大王の魂魄が宿りしエクスカリバーがくだすであろう」

 白馬に乗り銀色の甲冑を身にまとったトリスタンに対し、メロート公は黒馬に乗り黒色の甲冑を身にまとっている。太鼓が打ち鳴らされ、決闘はまず飛槍をもっての突撃から始まったが、互いに巧みに飛槍を交わしあったため決着がつかない。次に二人は作法に従い、馬を降り剣での決着に臨んだ。間合いをつめて両者が詰め寄っていく。メロート公が長剣の柄に手を掛け抜いた。

(剣が、エクスカリバーが抜けぬ)

 トリスタンが引き抜けずにいたところを、メロート公に袈裟懸けに斬られ突っ伏した。おおっ、と観客席はどようめいた。貴賓席に陣取っていたイゾルテは両手で悲鳴を押さえ、マルク王は双眼に手を当ててから頭を左右に振った。そしてメロート公の言い分に義があることを認めざるを得ない。重傷を負ったトリスタンに対してマルク王はいたわりの言葉をかけた。

「トリスタンよ、愛するわが甥トリスタンよ。おまえを国外追放とせねばならぬ──神剣エクスカリバーをそなたに預ける。神剣エクスカリバーを鞘から抜き放てるようになったときこそ、太祖アーサー大王がおまえの罪を許したもうたときだ」

【登場人物】


●レディー・シナモン/後に「コンウォールの才媛」の異名をとる英国伯爵令嬢。13 歳。

●伯爵夫妻(シナモンの両親)及び使用人たち

●ウルフレザー家宰、老庭師夫妻、ジョン(庭師の孫)、調理師夫妻。

●サトウ卿/英国考古学者・元外交官・勲爵士。サー・アーネスト・サトウ。歴史上の人物。

●T.E.ロレンス大佐/アラビアのロレンス。第一次世界大戦の英雄。歴史上の人物。

●オットー・スコルツェニー/後にナチスドイツ大佐となる。歴史上の人物。

●ミューラー/スコルツェニーの友人。

●ジョージ・セシル及び関係者/レオノイスの町の大地主(第1の被害者)。エリー(妻)、モーガン(友人)、チャールズ(従弟)、エディック(従弟)

●その他/灯台守(第2の被害者)、商工会会長(劇団座長)、駐在の巡査、レザー警部(コンウォール警察)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ