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 舞台は、アイルランドの王城である。尊大に胸を張ったいかにも惰弱な印象を受ける騎士が謁見の広間にやってきて、片膝をついてこんな口上を述べた。

  

 国王夫妻と王女イゾルテに謁見した騎士が申し出た。

「王よ、<黒き竜>を倒しました。お約束通りイゾルテ王女を私めにお賜りください」

 謁見の広間にいた者たちは、騎士の言葉をきいて誰もが首をひねった。

(あやつ、戦場で先陣を切ったことなど一度もなく、さしたる武勲もない。かような者があの<黒き竜>を倒せるものか?)

「おや、皆様、私をお疑いのようですね? 論より証拠<黒き竜>はアイルランドを脅かさなくなりました。すべては私めが倒したからでございます」

 騎士のものいいは役者がかっていた。王女は騎士によい印象がないとみえて、父君にこう進言した。

「父上、その者のいうことが正しいか否かは<黒き竜>の棲家を訪ねれば判ること。ただちに斥候を放って、事の真偽をお確かめくださいませ」

「判った。イゾルテの申す通りだ。真偽を確かめるまでは汝を北の塔で幽閉することにする。誠であれば汝にイゾルテを与え一門として迎え諸侯に列するといよう。しかし偽りであれば騎士身分を剥奪し国外へ追放する。よいな──」

 騎士の顔が硬直し、罪人のように衛兵両腕をつかまれ引きずられるように北の塔へ連行されていった。

 翌日。

 皆が思ったように騎士の言葉は嘘と判り罰が与えられた。

 かわって重傷を負ったトリスタンと従者ゴルヴナルの二人が、〈黒き竜〉の住処で発見され、国賓として王城に担ぎ込まれてきた。介護をしたのはまたも心優しき王女イゾルテであった。 イゾルテは秘薬を練り二人を献身的に介護した。数日後、どうにか口を利くことが出来るようになったトリスタンが王女に告白した。

「以前にも私はあなたに救われた。タントリスというのは偽名で、ほんとうの名はトリスタン──コンウォールの騎士トリスタン──です」

「トリスタン? 私の婚約者モルオルトを殺した──」

 イゾルテは懐剣を抜いて寝台に横たわるトリスタンを刺そうとしたのだが、トリスタンは静かに死を受け入れようとしていたため、ふっ、と力が抜けたように振り上げた懐剣を降ろした。 

「私はあなたを許さない。けれどもあなたがアイルランドの救世主であることには変わらない。約束は約束、私はあなたの妻となりましょう」

トリスタンはゆっくり首を横に振って、胸の内を語った。

「私の望みは、イゾルテ王女、あなた様がコンウォールに輿入れしてくださること。あなた様がわが叔父マルク王に嫁いでくだされば、アイルランドとの百年にわたる抗争が終結するのです。私が〈黒き竜〉を倒しましたのもそのため──」

 イゾルテはショックを隠しきれないではいたが、侍女のいれてくれたハーブ入りの白湯を飲んで少し落ち着きを取り戻したのだった。この話しは、アイルランドの国王の耳にも入った。

(──トリスタンか……老いぼれのマルク王にはもったないない騎士だ。王女を与えてわが一門衆に加えたいところだが、〈黒き竜〉に荒らされ疲弊したわが国が、逆にコンウォールに脅かされるとも限らぬ。この申し出を受けるのは天命というものであろう)

 トリスタンの望みはかなえられ、早速、王女イゾルテは、コンウォールに輿入れすることが決まった。

  

 劇場観客席には、殺されたジョージ・セシルの従弟であるチャールズとエディックの姿もあり、エディックが隣の席にいるチャールズの肩を叩き後方を指さした。

「チャールズ、見ろよ、モーガンとエリーがいるぜ」

「エリーめ、いい気なものだな。ついこないだまで悲劇のヒロインを演じていたくせに、 ジョージの喪もあけて間もないというのにモーガンの野郎と夫婦気取りしていやがる」 チャールズがいまいましげにいい、さらに付け加えた。

「そういえばエディック、ジョージがエリーと結婚するまえは、おまえ、エリーと付き合っていたんだよなあ」

「おいおい、どういう意味だい? まさか五年以上も前にエリーをジョージに横取りされた怨恨で僕がジョージを殺したとでもいうのかい? さっき入り口のところにいる警察官が話していたのをきいたんだがね、ジョージ殺害当日、漁に出ていた漁師が、モーガンとおぼしき男を乗せた蒸気船を目撃しているんだ。真犯人は僕じゃない。奴だね」

「やはりそうか──モーガンだな、犯人は……」  

 観客席に座る二人の男はほくそ笑んだ。

【登場人物】


●レディー・シナモン/後に「コンウォールの才媛」の異名をとる英国伯爵令嬢。13 歳。

●伯爵夫妻(シナモンの両親)及び使用人たち

●ウルフレザー家宰、老庭師夫妻、ジョン(庭師の孫)、調理師夫妻。

●サトウ卿/英国考古学者・元外交官・勲爵士。サー・アーネスト・サトウ。歴史上の人物。

●T.E.ロレンス大佐/アラビアのロレンス。第一次世界大戦の英雄。歴史上の人物。

●オットー・スコルツェニー/後にナチスドイツ大佐となる。歴史上の人物。

●ミューラー/スコルツェニーの友人。

●ジョージ・セシル及び関係者/レオノイスの町の大地主(第1の被害者)。エリー(妻)、モーガン(友人)、チャールズ(従弟)、エディック(従弟)

●その他/灯台守(第2の被害者)、商工会会長(劇団座長)、駐在の巡査、レザー警部(コンウォール警察)

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