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001

はじめまして皆さん。シナモンです。

挿絵(By みてみん)



序章 パディトン駅


     001


 この島国にはイギリス国教会なる摩訶不思議な教会組織がある。国王が総主教を兼ねている教団の存在。カソリックもプロテンスタントも肩身が狭くなっていたのだった。

 ところが、ヴィクトリア朝あたりになると、スコットランドやウェールズといったカソリック信者の多いところからロンドンに移住する人が増え、宗論もうるさくなくなった。そのため、一九二〇年代のロンドンでは、カソリック教会もちらほらみかけるようになったのである。

 その少女が十三歳のときは、首都郊外にあるカソリック系寄宿学校に在籍していた。

 父親のレオノイス伯爵は政府関係の仕事のため、二つあった邸宅の一つ・ロンドン屋敷〈タウンハウス〉に仮住まいしていた。母親は伯爵と同居している。ゆえに彼女は週末だけ両親と一緒に過ごしたのだった。

  

 一九二四年七月――

 シナモンが帰宅する前日の昼どきのことだ。シスター・アグネスが部屋に入ったとき、歳をとった相部屋の修道女がおろおろと、部屋の中をまわっていた。

「あらあら、まあまあ、大変だあ」

「どうしたのですか、シスター・マーガレット?」

「眼鏡なくしてしまったのです。どういたしましょう」

「またですかあ?」

 シスター・アグネスは三十半ばという年頃であったろうか。少し笑ってこう提案した。

「あの子を呼びますわね」 

 十本ほどの林檎の木を植えた中庭。柱がアーチをなして天井に届き、規則的な列をなしてそこを囲んだ大理石の回廊の向こうに、生徒達の寄宿舎があった。三階建てとなっている寄宿舎も相部屋で五人部屋となっている。寝台に腰掛けて読書をしている少女がいた。修道女アグネスは黄金の髪を短く刈り揃えた十三歳のその人に、「シナモン」と声をかけた。

「シスター・マーガレットの捜し物ですか、シスター・アグネス?」

 振り向いたあどけない顔をした貴婦人が、サイドテーブルに本を置いて微笑んだ。レディー・シナモン。その人である。生徒である十三歳の貴婦人が、教師二人の部屋に入った。

「シスター・マーガレット。なくし物というのは、いつもと違う行動をしたときにするものだと訊いたことがあります」

 質素な修道院生活をおくる人とはいえ、歳を重ねればいつの間にやら物持ちになってしまう。部屋の中はとても散らかっていた。

 黄金の髪をした少女が困った顔をした。

「現状のままにしてくださると助かったのですが……」

 皺深い修道女がおろおろしながら、すがるような目で少女を見やった。

「では先生、ベッドの下や棚から荷物をかきだす前、先生はなにをなさっていましたか?」「シスター・アグネスのためにお茶を沸かしていましたよ。ちょうど姪が面会にきてくれて、手土産にアップルパイを差し入れてくれたのです」

「そのとき眼鏡はかけていらっしゃいましたか?」

「さて、どうだったかしら。眼鏡が曇るので外すこともあるのだけれど……」

 シスター・アグネスが、マーガレットの代わりに答えた。

「かけていらしゃらなかったわ」

 そんな問答をしていて、けっきょくのところ、(姪っ子が訪ねてくるので珍しく化粧をした際に、眼鏡を外したのではないか)という推論に達した。洗面所に行くと、案の定、目線よりも高い位置にあった棚のところに眼鏡が置かれていたのだ。

 三人が洗面所をでて、中庭に沿った回廊に沿って歩き部屋に戻った。

「シナモン、いつもすまないわね。なにか御礼をしないと。そうそう、紅茶をいれましょう。姪の手土産のひとつに<フォーション>があったわ。アップルパイもまだ残っていますしね」

 シスター・アグネスがシスター・マーガレットに提案した。

「ついでに紅茶占いを教えてさしあげたら、シナモンは喜びますよ。ティーパーティーの余興に欠かせませんもの」

 部屋に散乱した小物類に混じって証券が混ざっていた。南アフリカにあるダイヤモンド鉱山会社の株券だ。老修道女は、それをしげしげとながめて、

「二十年前に亡くした兄の遺産。株に興味がなくて、バスケットにしまい込んでいたの。すっかり忘れていたわ」

 株券を証券会社に持ち込んだところ、株価は数十倍に跳ね上がり、豪邸が一つ買えるほどの額に達していた。シスター・マーガレットは手にした大金のほとんどを修道院に寄付したが、少しだけ、蓄えておくことにした。

「週末に、美味しい紅茶とアップルパイを頂きたいの。そのくらいの贅沢は神様もお許しになられるでしょう。シスター・アグネス。それにシナモンも一緒にね」

 老修道女がルームメイトの修道女にウインクした。


【登場人物】


●レディー・シナモン/後に「コンウォールの才媛」の異名をとる英国伯爵令嬢。13 歳。

●伯爵夫妻(シナモンの両親)及び使用人たち

●ウルフレザー家宰、老庭師夫妻、ジョン(庭師の孫)、調理師夫妻。

●サトウ卿/英国考古学者・元外交官・勲爵士。サー・アーネスト・サトウ。歴史上の人物。

●T.E.ロレンス大佐/アラビアのロレンス。第一次世界大戦の英雄。歴史上の人物。

●オットー・スコルツェニー/後にナチスドイツ大佐となる。歴史上の人物。

●ミューラー/スコルツェニーの友人。

●ジョージ・セシル及び関係者/レオノイスの町の大地主(第1の被害者)。エリー(妻)、モーガン(友人)、チャールズ(従弟)、エディック(従弟)

●その他/灯台守(第2の被害者)、商工会会長(劇団座長)、駐在の巡査、レザー警部(コンウォール警察)

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