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007

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 サトウ卿は、スコルツェニーと名乗る少年の挨拶を受けて、自分も名乗って握手を交わした。スコルツェニーから話しをきくところによると、スコルツェニーは、第一次世界大戦の敗戦国オーストリーの首都ウイーン生まれで、中産階級の子供として生まれた。貴族の出ではないのだが品格があった。貴族的な、いやむしろ帝王のような威厳さえ感じる。頬にある深い傷は十度におよぶ古式にのっとった決闘によってできた傷なのだという。少しして、スコルツェニー少年の後を追うように、岬の頂きから別な少年がやってきた。

「おいおい、スコルツェニー、イギリスまできてナンパすることはないだろう? こんな可愛い子をイギリスから盗み出したら、イギリスの男どもが逆上してまた戦争になるよ」  連れのようだ。スコルツェニーは、冗談をいった少年を一同に紹介した。

「僕と同じウイーン生まれでミューラーといいます。国際親善フェンシング大会のため選手として僕と一緒にこちらへ参りました」

 背格好は似た感じだ。ミューラーも利発そうな少年ではあるが、スコルツェニーほど強烈な印象は与えない。二人は冗談をいったり、屈託なくふざけあっている。老勲爵士は思った。

(二人並ぶと、スコルツェニー君が普通の少年にみえてしまう。ミューラー君がスコルツェニー君と一緒にいるということは、『誰かの意思によって』彼のありあまる才能をカモフラージュしているのだろうか?) 

 サトウ卿はまた、頬に深い傷のある少年と親しげに話しをする、カンカン帽の少女をみやった。少年と少女はまるで正反対の存在だった。住民に対する貴族、情熱に対する穏便、冷ややかさに対する暖かさ……。しかし共通点もある。 

(スコルツェニー君は生まれながらの騎士だ。なるほど少年らしい熱情が決闘という形で噴きだすことはあるが、内面には底知れぬ『哲学』が確立されている。シナモンの才能が神に愛されたものだとすれば、スコルツェニー君の才能は……)

 サー・アーネスト・サトウはハンカチで額の汗を拭って思い直した。

(──いや、初対面の人に対してのつまらない憶測はやめよう、元外交官である私の悪い癖だ)

 少年たちはシナモンと十分ばかり雑談をしてから、レオノイスの市街地にある小さなホテルに戻っていった。二人と入れ違いに若い調理師が、かもめ岬中腹テラスへやってきた。 いつもなら、伯爵夫妻に昼食をだしおえてから調査地へやってくるのだが、その日に限っては早すぎる。

「ひっ、姫さまああっ。しっ、死体が浜辺に打ち上げられましたああっ!」

 調理師は血相を変えて坂道を駆け上がりテラスにたどり着くと、ぜいぜい、と肩で息をした。

 シナモンがポットの紅茶をマグカップに注いで調理師にやると、ふうふう、熱をさましてのみ一息ついたところでこう告げたのだった。

「浜に打ち上げられたのはジョージ様でした。ジョンのいったことは嘘じゃない。確かに後ろから殴られたあとがあったって話しだ」

「ジョージ小父様?」

 シナモンは両手を顔にやってしばらく立ちすくんだ。ジョンもショックだったようだ。 (背中を向けていたから判らなかったけれど、殺されたのはジョージ様だったんだ……)  それを後目にサトウ卿が横にいた庭師の老人に訊いた。

「ジョージ氏とレディー・シナモンとの関係は?」

「ジョージ様はセシル家の分家で、本家との関係も親しく、お子様のいないジョージ様は、姫様を実の娘のように可愛がっておられました。正確にいえば叔父姪というほど近い親族ではありませんが、セシル家は門閥ですので何代か経っても親戚づきあいをいまだに続けているのですよ」

 シナモンに愛された遠縁の親戚ジョージ氏とは何者か? ショックを受けてまだ言葉をだせないシナモンに対して不謹慎ではあるが、サトウ卿は興味をもった。試掘坑にシートがかけられ、またしても調査は中断となった。


【登場人物】


●レディー・シナモン/後に「コンウォールの才媛」の異名をとる英国伯爵令嬢。13 歳。

●伯爵夫妻(シナモンの両親)及び使用人たち

●ウルフレザー家宰、老庭師夫妻、ジョン(庭師の孫)、調理師夫妻。

●サトウ卿/英国考古学者・元外交官・勲爵士。サー・アーネスト・サトウ。歴史上の人物。

●T.E.ロレンス大佐/アラビアのロレンス。第一次世界大戦の英雄。歴史上の人物。

●オットー・スコルツェニー/後にナチスドイツ大佐となる。歴史上の人物。

●ミューラー/スコルツェニーの友人。

●ジョージ・セシル及び関係者/レオノイスの町の大地主(第1の被害者)。エリー(妻)、モーガン(友人)、チャールズ(従弟)、エディック(従弟)

●その他/灯台守(第2の被害者)、商工会会長(劇団座長)、駐在の巡査、レザー警部(コンウォール警察)

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