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愛してると言えません

「愛してる」


あなたはそう言ったのに。


「私は違う」


こう答えた。


だって本当に愛してなんていないもの。

きっとこれでもう私達の関係は終わりね。

1年付き合って、喧嘩したり楽しく過ごしたり、普通のカップルだったと思う。


彼がびっくりした顔をしている。


プライドが高いときっと怒るわよね。プライドが高い人だと思ったことはないのだけど。


「じゃあ」


これで終わりなら立ち去らないと。

くるりと踵を返して歩き出した。

結婚を考えなかったわけではない。だけど、結婚がどうしてもしたいとも思わなかった。


なんなら一生しなくてもたぶん困らない。

もう25歳。もしかしたら最後の恋人になるかも。

そう思うと寂しいとは思った。でもまあ、いなくても大して困らないのだ。


地下鉄へ降りる階段を見つけた。使ったことのない駅だけど、帰れないことはないだろう。


「待って!」


私の左手が大きな手に掴まれた。


「何で帰ろうとしてるの?!」


「だって、終わりでしょう?私達」


「嫌だよ。俺のこと嫌いなのか?」


「嫌いじゃない」


「だったら終わりじゃない」


「愛してないけど?」


「俺は愛してる」


「同じ量の愛じゃないなんて不公平でしょう?」


「俺の愛が君の不足分をしっかり補える」


「補う・・?」


「とりあえず、予定通りご飯を食べに行こう。今日の中華料理、楽しみにしてただろ?」


「うん。楽しみだった」


「大好きな麻婆豆腐と油淋鶏を食べよう。説明するから」


「・・わかった」


本当はわけがわからなかったけど、繋いだ手は心地よくて。そのまま歩いた。


普段通り、テレビの話や仕事の話をしながら、予約を入れていた裏通りの小さくて古い店に入る。


今どきのおしゃれさはないけれど清潔だし、二人共が好きな麻婆豆腐、私が好きな油淋鶏、彼が好きな回鍋肉は予約時に注文済みだ。


「すぐに来ると思うけど、説明するよ」


「うん」


「俺は、いちかのことが大好きなんだ」


「ありがとう。私も悠人が好き」


「で、昨日気がついたんだ。あれ?俺・・いちかのこと愛してるって」


「それは・・・」


「まあ聞いて」


麻婆豆腐が運ばれてきた。


いちかが小皿に取り分けようとしてくれたけど、今日は俺がやりたくて制止した。


「いちかの分、大盛りいれるよ」


「あ、ありがとう」


取り分けて、同時にいただきますと手を合わせ、ひと口食べてみる。


「うまっ!」

「待って、美味しすぎる!」


食べるのに夢中になってしまっていると今度は回鍋肉が届いた。


「私が取り分けてもいい?」


「うん、頼む」


「はい。回鍋肉たっぷりどうぞ」


俺が好きだからたくさん乗せてくれた。


「これも美味い!」

「ほんとだ。美味しいね」


またモクモクと食べ続けるけれど、特にさっきの話を急かされることはない。


2つの料理の皿が空になる頃、油淋鶏が届いた。


「もう腹いっぱいだよ」

「ほんと。米系やめといて良かったね」


今度は俺が取り分ける。油淋鶏は2人共好きな料理だけど、お腹いっぱいなので、ちょうど半分ずつになるように。


「食えるか?」

「いける!」


熱々の鶏肉を頬張るいちかを眺める。


ああ、やっぱり俺はいちかのことが好きすぎる。これは愛だろ。


「俺さ、いちかが何してても幸せなんだよ」


「はえ?」


口に入っているので喋れないのだろう、手で口元を上品に隠しながらひたすら噛んでいる。


「その手も、今噛んでる口元も、美味しそうに食べるところも見てるだけで幸せなんだ」


「んぐ」


「たまに機嫌が悪くて理不尽な絡み方してくるじゃん。あれも可愛くて好きなんだよ」


「うあ」


「なんかもう常に隣にいて欲しい。いちかがいないこの先の人生を想像したら、俺・・文字通り怖くて震えた」


「・・・」


ここで俺も油淋鶏を口に入れる。


「理不尽な絡み方してるの、許してくれてるなあとは思ってた」


「うん」


「私も悠人の手、好きだよ」


「うん」


「あったかくて、大きくて、少しゴツゴツしてるのもすごく好き」


「ほら、次のを食べないとカリカリしたとこ消えちゃうぞ」


「あ、うん」


いちかがパクっと大きな口を開けて食べる。


「楽しそうに食べるのほんと好きなんだよなあ」


「けっほ」


「大丈夫か?」


ふと見るとコップの水が減っていたので、店員に声をかけて注いでもらう。


その間に俺も残りの鶏肉を食べる。


「なんかずっと『好き』って言ってもらってるね」


「うん」


「私は『愛してる』をあげられなくてごめんね」


「だからいいんだ。俺がたくさんあげるから。朝、寝起きで髪も顔も浮腫んで乱れてるのを見ても、俺は可愛いと思ってるし、おしりをボリボリ掻いていたって『俺が代わりに掻いてやろうか?』とは思うけど、だらしないなんて思わないし、ご飯だって作れるよ?簡単なものだけど。お笑いの趣味だって似てるじゃん」


「私、おしりをボリボリ掻いてた!?」


「掻いてた」


「うう」


「だから、掻いてるのも可愛いんだって。鼻ほじってたって可愛い」


「そ、それは・・」


「愛だろう?」


確かにそこまでいくと愛なのかもしれない。


「だけど、私は悠人が目の前で鼻をほじってたら『やめて!』って思うし、寝起きに目やについてたら『やだ拭かなきゃ』って思うし、私が爆笑してる漫才やコントを悠人がそこまで笑ってなかったら『なんで!?』ってキレるかもしれないよ」


「『やめて』って言われたら鼻ほじるのやめるし、目やには拭いてくれたら嬉しいし、もし俺がそこまで笑ってなかったんなら、爆笑してるいちかが可愛くてそっちに集中してるだけだから、後でそんなに面白かったのかって研究するために見返すよ」


「お?」


「おお?」


「んんん?」


「な?俺が愛をあげられるだろう?」


「で、でも!『愛してる』をあげられないんだよ?」


「俺の側で生きててくれるだけで、俺にとっては『愛してる』をもらってるんだけど」


「んんん?」


「いちかは、今まで通りいちかのままで俺の側にいてくれればいいんだよ」


「そうなの?」


「そうなんだ」


頭が混乱してきた。同じだけの愛情を返せないなら、それはもう別れを意味するのではないのだろうか。

私の両親はそれでいつも喧嘩していたのに。


「いちかさ、俺がいなくなっても平気?」


「んん?」


「俺がいないと、高いところのものをいちいち台を持ってこなきゃ取れなくなるよ?」


「悠人を台扱いしてるわけじゃないよ?」


「俺といると夜中の物音も怖くないだろ?」


「う・・ん」


「物音がすると、ぎゅって俺に抱きついてくるんだ。あれも可愛い。たまらない」


「う・・ん?」


「俺といたら、こうやって麻婆豆腐と回鍋肉と油淋鶏の三つが味わえる」


「うん。それは確かに嬉しいね」


「1人で行くのが嫌な場所にもついて行ってあげられるよ」


「いつも本当にありがとう」


「今年もあの通りのイルミネーションを見てから韓国料理を食べに行くって約束したよね?」


「した」


「約束やぶっちゃうわけ?『愛してる』が言えないっていうだけで」


「そんなことは・・・。あの韓国料理屋さん、悠人がものすごく気に入ってたし、また美味しそうに食べる悠人が見たいなって思ってたよ」


「じゃあ絶対に行こう」


「う・・・ん?」


「俺のことが好きなら、俺の側にいてくれる?」


「う・・・ん?」


「いちかは『愛してる』を返さなくていいし、今まで通り美味しいものと楽しいことを共有して、楽しい幸せがずっと続くだけだよ?」


「そ、それは楽しいね」


「じゃあとりあえずこの店は出ようか」


「うん」


店を出て2人で


「「美味しかったねー」」


と言い合う。確かに今現在も楽しくて幸せだ。


「でね」


「うん」


「愛してるなあって自覚してすごく幸せだっていう話なんだ」


「・・そっか」


「いちかに何かしてほしいっていう話じゃないんだ」


「なるほど」


「いちかはさ、俺とずっといるの嫌?」


「うーん・・・」


すごく真剣に考えてみる。何か取り繕っているわけではないし、たまにイライラして構ってほしくてうざ絡みしてしまうけれど、それをも「可愛い」と言ってくれるならとても有難いし、悠人といてしんどいことは見当たらない。


「嫌じゃない。楽しい」


「俺のこと好き?」


「好き」


「じゃあさ、お願いを聞いてよ。『愛してる』が欲しいなんて言わないから」


私にとって『愛してる』なんていう言葉はおそらく一生口にできないし、言われるのも嬉しいとは思えそうにない。


愛してるを強要されないのなら、悠人のお願いはきいてあげたい。


「うん、どんなお願い?」


「俺の側にずーーっといて」


「それだけでいいの?」


「そうだよ。結婚式がいやならしないし、引っ越ししたくないならいちかのマンションでいいし、新婚旅行も行きたくないなら行かなくていいから籍だけ入れさせて」


「あ、引っ越しと旅行は行きたい」


「じゃあそれは行こう。籍もいい?」


「うん」


「よし!じゃあ今度は旅行のパンフと新しい物件の情報を持ち寄って、焼き鳥を食べに行こう」


「うん!前に行った焼き鳥屋さんがいいな」


「なるべく早く一緒に住みたいから、最短で行動できる方法を考えよう」


「了解」


「あと、今日は俺のうちに泊まって」


「うん」


「あ、もう帰りにパンフ集めてこうか」


「そうだね」


「もう俺と別れるって思わない?」


「うん」


「じゃあなんの問題もないね」


「たぶん」


「じゃあ帰ろう、一緒に」


「うん、一緒に帰ろう」


いちかは知らないんだ。『愛してる』って言葉にアレルギーがあるだけで、普段どんなに俺のことを大切にしてくれているのかを。


その行動のひとつひとつに俺が『愛してる』をもらっていることを。


だから、いちかからの『愛してる』という言葉はいらない。


言葉にするのは俺が得意だから。


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