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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あなたの不幸が愛しくて、あなたの孤独を癒せない

作者: 佐倉アヤキ

コメディの皮をかぶったヤンデレ予備軍義姉弟のほのぐらいお話です。書きたいところだけ書いたので特に続く予定なし。

※ちらっと義姉が義弟をいじめるシーンがありますので苦手な方はご注意ください

 マカラッテ・ジオバルディ公爵令嬢は、転生前、業の深いオタクであった。


 ありがちなことに、トラックに轢かれて好きだった漫画の世界に転生したマカラッテは、これまた例に漏れず前世の記憶を取り戻して、まず美少女に生まれ変わったことを神に感謝し、ヒロインではなく悪役であることを呪い、でも今は本編開始前だから、まだ断罪回避できるかも!と期待した。


 だが、その淡い希望は、公爵家に迎えられた幼い義弟の姿を見て一瞬で砕け散った。


(アアアアアア!!!ぜ、絶望のどん底にいるクラウスくん、尊いぃ……!!!)



 その物語の「主人公」、クラウス・ジオバルディは、白銀の髪にルビーの瞳を持つ、その世界では異質な色彩の少年だった。

 生まれてきた瞬間、両親のどちらにも似ていない血のような目を見て、母親にはバケモノ扱いされ、父親には煙たがられて、暗く寂しい塔の中に幽閉されていた。


 塔の中の小さな部屋で、最低限のお世話のみで()()()()いた彼にとって、周囲を飛び回るほのかな光だけが助けになってくれた。

 食べたり飲んだりしてはいけないもの、学ぶべきこと、避けたほうがよい相手。ぜんぶ、クラウスのそばで明滅する「なにか」が教えてくれた。

 不思議なことに、その光はクラウス以外の誰にも目にすることができなかった。だからクラウスは、幾度死の危険にさらされようと、生き残ることができたのだ。


 少年の転機は、八歳の誕生日。


 祝われることを知らない彼の元に、ひとりの男が現れて言うのだ。──私と来ないか、一緒に世界に復讐しよう……


 その男こそが密かに王への反逆を企んでいるジオバルディ公爵である。男はクラウスに惜しみない知識を与えて、不遇な目に遭わせた世界を憎ませ、復讐の刃を研がせた。洗脳にも近い教育を受けたクラウスのそばには、次第に黒く染まりゆく光が寄り添っていた。


 だが、王を弑そうとした十年後の夜会で、クラウスはうつくしい少女オーレリアと出逢う。憎むべき国の王女である彼女には、クラウスが思っていたような悪徳などかけらもなく、ただ清らかな優しさでクラウスを包んだ。


 不幸に染まったクラウスのひずんだ心は、王女と積み上げるたわいない日常で溶けていき……

 そして気づいた。間違っているのは、自分のほうなのだと。


 彼は公爵邸を燃やして、最後に自らの首に刃を当てた。こちらめがけて泣きながら駆けてくる、オーレリアの姿を目に焼けつけながら。


 オーレリアは声が枯れるまで叫んだ。

 ──誰があなたを許さなくとも、わたしがあなたを許します。わたしがきっと、あなたのしあわせを作るから、だから!もうどこへも行かないで。


 ……時が流れて。

 消毒液の香りのする一室で、オーレリアは眠ったまま目を覚まさないクラウスの世話を続けていた。顔面の片側は包帯が巻かれて、その隙間から火傷が見える。

 オーレリアは花瓶の水を取り替えるために席を立ったその時のこと。扉を開く音に反応したのかクラウスのまぶたがふるえて、宝石のようにうつくしい赤い瞳がのぞいた。


 窓辺で彼の目覚めを祝うように、白い光が明滅して消えた。



(コングラッチュレーション……コングラッチュレーション……)


 マカラッテは内心で感涙しながら手を叩いた。あれぞ我が前世の青春、魂を震わせた作品である。

 何を隠そう、マカラッテの推しは目の前で公爵に連れてこられた不遇の主人公クラウスである。もうこの乾いたくちびるも落ち窪んだまぶたもたまらない。


「マカ、彼はクラウス。今日から君の義弟になるんだよ」


 父がにこやかに少年を紹介してきた。マカラッテはふむ、と思案する。


 「原作」であれば、この先義姉マカラッテはクラウスに対してそりゃあもう壮絶なイジメを繰り広げる。これまで自分ただひとりに向けられてきた父の愛情を奪う相手が現れたのだ、マカラッテからすればおもしろくはない。

 公爵はクラウスにすべてを与えたけれど、愛娘の暴走だけは止めなかった。彼の駒とするためには、クラウスに一筋の希望も抱かせたくはなかったから、マカラッテのイジメは都合がよかったのだ。

 最終的に、マカラッテは燃えさかる公爵邸の中で消息不明、だが床の上に彼女がいつもつけていた母の形見のブローチが転がっていた。つまりそういうことである。


 ふつうなら、ここで優しい義姉の姿を見せるのだと思う。運命に逆らって、推しの少年が幸せになるように心を尽くすべきだ。というか、善良な人間としてイジメとかダメ絶対だ。


 だが、マカラッテ・ジオバルディ公爵令嬢は、転生前、業の深いオタクであった。

 あとついでに言うと、推しが不幸な目に遭うシーンですらときめくタイプの悲しい性癖を持っていた。


 この間一秒、結論を出したマカラッテはすうと息を吸った。


「お父様ったら、こんな小汚いバケモノをお連れになるなんて、信じられませんわ!」



 マカラッテ・ジオバルディ公爵令嬢は、転生前、主人公カップルであるクラウス×オーレリアのガチ勢であった。


 二次創作ではクラウスと公爵のカップリングからはじまり脇役の騎士やら王子やら、あとは謎の光もとい守護精霊との種族差カプとか、まあいろいろと妄想の余地があったことは認めるが、やはりクラリアこそ公式、公爵に洗脳されて闇堕ち待ったなしの主人公クラウスと、今どき珍しくいっさい擦れたところのない清純派を地で行くヒロインオーレリアの恋物語ときたらもう涙なしには見られない切なさである。

 エンディングでは滂沱だった。マジでクラウスくん生きててよかった、クラリアよ永遠なれ。


 彼女にとって、クラマカとかぶっちゃけ地雷だ。マカラッテはあいにく夢女子ではなかったため、自分がクラウスくんと仲良くなるなんて解釈違いもいいところだ。むしろクラウスくんの踏む塵芥でありたい。


 そんなわけで、マカラッテは「原作」どおり、せっせとクラウスをイジメ倒した。そりゃあもう情け容赦はしなかった。前世の記憶を思い出しても、マカラッテとして生きてきた価値観が塗り変わるわけではないのだ。物知らずな痩せっぽっちの少年ひとりをこのお屋敷で孤立させることなど、マカラッテにとっては造作もなかった。


 今日も彼の失敗をあざ笑い、太陽にうつくしくきらめく……否、不気味な老人じみた白髪をけなした上でハサミでざんばらにしてやると、ハサミを彼の顔めがけて投げ捨てた。開いたままの刃が、彼の頬に当たって、白皙の肌にひとすじの赤い線を走らせた。

 だというのに、クラウスはなんら動揺もせず、ただ凍てついた瞳をゆっくりと上げて、マカラッテの孔雀緑の目をまっすぐに見据えた。感情の針が微動だにしない無表情に、マカラッテは反射的に口元を押さえた。


(ンア゛ア゛ア゛ア゛ア゛やめてこっち見ないでしんじゃう)


 あたかも臭いにおいを嗅いだように不快そうに眉をひそめて「気持ちが悪いわ」とうそぶきながら、マカラッテの内心は荒れ狂っていた。

(この感情を失った顔!!!あーーー顔がいい!!神は七日間でこの最高の美を作りたもうたいやむしろクラウスくん自身が神だしこの天地はクラウスくんが創造したと言って過言ではない、そのくらい顔がいい!!)


 クラウスはマカラッテを空気のようにスルーして、床に散らばった教科書をゆっくりと拾い上げた。いつもこうだ。

 彼はマカラッテが嫌いではない。というか、他人というものを認識しているかどうかさえ怪しい。ずっと塔の中で誰にも話しかけられない日々だったから、好き嫌いを唱える次元にないのだ。……オーレリアに出逢うまでは。


 ああ、切ない。なんて悲しい。あと十年も、自分の心が傷ついていることに気づかないまま生きていくなんて。優しい仮面をつけた飼い主の公爵と、横暴で癇癪持ちの義姉に挟まれて、先の見えない泥舟にそれと知らずに乗り続けるなんて。


 不揃いになってしまった髪の毛をまったく意にも介さずにスタスタ去っていくクラウスの背を見送って、マカラッテはその場にしゃがみこんだ。誰もいない廊下で、散らばったままの白銀の髪の毛をひと束拾い上げる。


 今だってマカラッテの采配で使用人にろくな世話もされていないだろうに、彼の髪の毛はこんなにもつややかだ。なめらかな触り心地のそれは、きっと撫でたらうっとりするほど気持ちが良いだろう。


 だけどマカラッテにとっては、遠く遠く及ばない話だ。マカラッテはクラウスのうつろな瞳を反芻してほうと息をついた。

 

 マカラッテ・ジオバルディ公爵令嬢は、転生前、主人公カップルであるクラウス×オーレリアのガチ勢であった。不幸の煮凝りみたいな境遇のクラウスが、可憐な王女オーレリアに出逢うシーンが楽しみで楽しみで仕方ない。


 だからマカラッテは、決してクラウスの頭を撫でない。



 けれども……

 マカラッテ・ジオバルディ公爵令嬢は、転生前、ただの平凡な一般市民であった。


 なんの瑕疵もない慈愛あふれる人間とはとても言えないが、少なくとも誰かを積極的に傷つけようとしたことなどない。どちらかというと内気なほうで、自分から人に声をかけるのもちょっと緊張するタイプだった。


 だから、クラウスに不適切なちょっかいをかけた日の夜は、もっぱら自己嫌悪に苦しんでいた。

(ア゛ア゛ア゛、あのクラウスくんのご尊顔に傷をつけるなんて、この世界の損失……全人類に慰謝料を払うべき……)

 本当であれば直接壁に頭を叩きつけたいところではあるが、公爵令嬢の顔に傷がついたら側付きのメイド達の首が飛ぶので、枕にばふんばふんと頭を落とすことしかできない。


(今すぐクラウスくんに土下座しに行きたい……いや、いっそ死んだほうがいい……)


 クラウス本人に許しを乞うことはできないので、マカラッテはクラウスの部屋がある方角に深々と頭を下げた。


 クラウスはマカラッテのことを歯牙にもかけていないだろうけれど、それは彼が不快とか嫌悪とかいう気持ちをまだ知らないからで、それでマカラッテの行いが正当化されるわけでもない。マカラッテの横暴は、父の愛情を奪われまいとするかわいいヤキモチととるには度を越している。


「ごめんね、クラウスくん」


 ほろりと涙をこぼしながら、マカラッテはつぶやいた。


 優しい義姉としてクラウスを慈しむことはできる。

 あるいは公爵の企みを止めようとだって、やろうと思えばたぶん、できる。


 だがそうしないのは、マカラッテはあの「原作」に登場するクラウスが好きだからだ。


 クラウスにはオーレリアに出逢ってはじめて、喜びも悲しみも、心をいっぱいに満たしてほしい。彼に大切なものを教えるのは、すべてオーレリアであってほしい。

 そしてその日に至るまでの彼の空虚な幼少期すら、マカラッテは心から愛している。


「ごめんねえぇ……でもすき……」


 マカラッテ・ジオバルディ公爵令嬢は、転生前、ただの平凡な一般市民であった。

 けれど彼の不幸はあまりに甘くかぐわしい蜜だから、マカラッテは明日も明後日も、ただ彼の孤独を深めるばかりだ。



 ぐすんぐすんとすすり泣く声を聞きながら、クラウス・ジオバルディ公爵令息は義姉の部屋の扉の前に座りこんで枕を抱きかかえた。


 あの薄暗い塔を出て、「ちちうえ」という背高の男に連れられてやってきたのは、大きなおやしき、というところだった。その建物は塔よりずっと背が低いが、塔よりずっと広かった。

 そして、おやしきにはきらきらした金色の髪の生き物がいた。


 その生き物は、それぞれのパーツはクラウスと同じかたちをしているのに、クラウスとはぜんぜん違っていた。金色の髪はふわふわしていて、びらびらモコモコした重そうな服を着ていた。それなのに手指はほっそりとして、爪の先なんかぴかぴかだった。

 それはぴよぴよ高い声で鳴いていた。もしかしたらこれは鳥なのかもしれない。でも、その生き物には羽がついていなかった。あれはなに、と「ちちうえ」に聞いたら、「あね」という生き物だと教えてくれた。でも、それはおかしい。「ちちうえ」はあれのことを「マカ」と呼んでいた。


 しばらく勉強というものを受けて、あれはクラウスと同じ人間で、どうやら義父の実の娘らしいと知った。マカは彼女の名前だ。マカラッテ・ジオバルディ。


 塔やこの屋敷にいる黒服の女達はほとんど口をきかないので、マカラッテは人間のなかでも別の種族なのだろう。彼女はコロコロめまぐるしく表情を変えて、クルクル動いて、見ているだけで目が疲れた。もしかしたら常に動かないと生きていけない習性なのかもしれない。


 彼女の発することばは、まだクラウスにはむずかしい。そのうす汚い髪を整えてさしあげますわ、なんて言って、クラウスの髪をザクザク切った彼女は、ハサミを持ったこともないのか、手が震えていた。こんなに細い手だから、重いものをずっと持っていられなかったのか、彼女は結局ハサミを取り落とした。


 義姉は毎日毎日、クラウスの前でピーチクさえずっていたけれど、夜にも部屋の中から声が漏れているのに気づいたのは最近のことだ。ただ、部屋の中の声は、どうやらいつもと調子が違う。


 ふにゃふにゃの声でごめんねごめんねと唱える声の意味はわからなかった。たまにクラウスの名前を呼ぶので、おそらく自分に関することなのだろう。昼間聞く甲高い声よりも、濁ったそのさえずりはなんだか心地よくて、クラウスは枕を持って、子守歌がわりに飽きずに聞いていた。


 ここにいてはいけないと、そばにいる光が明滅したが、クラウスは気にせずに枕に顔をうずめた。頭の中で、教師に教わったことのおさらいをする。


 悲しいときに人は泣くらしい。この扉の向こうで、あの金色の生き物が泣いているのを、クラウスはのぞいてみたいような、ずっとこのままでいたいような、うっすらとした感慨に囚われた。


 ああ、昼間にもこの調子で泣いてくれたら、きっともっともっと心地が良いだろうに。


 ほんのりと灰色ににじんだ光を視界の端にとらえながら、クラウスは人知れずうっそりとほほえんだ。

《余談でしかないキャラ設定》

◾️マカラッテ・ジオバルディ

本作の主人公。ジオバルディ公爵のひとり娘。

トラ転した前世の記憶がよみがえったが、原作厨だったので未来改変できずに結局義弟をいじめるほかない。ただ、不遇な目に遭う推しの姿も最高に好きなので余計に救いがない。


◾️クラウス・ジオバルディ

高い魔力を持つため両親のどちらにも似ていない白銀の髪と真紅の瞳を持って生まれた。ジオバルディ公爵に引き取られ、反逆の駒として育てられる。

本来はヒロインと出逢ってはじめてさまざまな感情を知るが、マカラッテがグズグズ泣いてる姿が性癖に刺さってしまった。たぶんこれからヤンデレになる。


◾️ジオバルディ公爵

王弟。最愛の妻を国王の政策によって亡くし、国家転覆を虎視眈々と狙っている。

マカラッテにとっては優しい父親。

原作のラスボス的存在。


◾️オーレリア王女

原作のヒロイン。マカラッテとは従姉妹にあたる。

清く優しい王国の誇る王女さま。

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― 新着の感想 ―
[一言] ヤンデレ予備軍から立派なヤンデレになった続編を是非ともお願いします笑 ヤンデレ化した状態もある意味不遇ととらえて主人公には受け入れてもらいたい!
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