#1 くうをながめる。
××××年○月□日△曜日
________________午前8時14分。
少しべたついた床に、少し色を落とすような生活をしている。
少し飲んだペットボトルのキャップと、少し残っているマニキュアの小瓶。
吐いて吸う息に少しの違和感を覚えながら、無駄に明るいパソコンと向き合う。
かたかたと文字を打つ。オノマトペが空気を揺らして、何億回と感じてきた粒子の在処を、また知る。
「__はぁ。」
「……どしたん?今日はえらいため息が多いなぁ。」
「………べつに。」
「はーい。当てまーす。私、こう見えて結構するどいのよぉ。」
「おっ。やってみな。」
「まかせな。うーーん……。今日の朝ご飯を抜いてしまった!」
「おしーい!けどちがーう。」
「ええー。良い線いったと思ったんだけどなぁ…。」
「でも惜しいから!……よろしいかい?正解は……。」
「…………。」
「朝に食べた目玉焼きの、白身が多かったからでしたぁー!」
「はぁー!?なんっだそれ!!誰が当たんだよぉー。」
「はいはーい。当てるって言ったのだーれだ?」
「っははは。はいはい、私の負けですぅー。」
「……。」
「白身はお肌に良いらしいわよ、お嬢さんっ。」
「はぁ?それほんと?」
「さぁ?知らんけど。」
「ふっはは。なんだよ。」
「なんだよはこっちのセリフだよ、朝っぱらからため息ばっかりつきやがって。」
「だぁーからごめんて。」
「今初めて謝られたし。まーそういうときもあるさぁー。」
「じゃあつっかかんなよぉ。だるっ。」
「うわっ。今日から友達やめます。ぴえんっ。」
「脆っ。あと古っ。」
「やかましいわっ。………あ。」
「あ。」
「もー2限始まるな。なんだっけ?」
「倫理学。」
「げ。だる。寝よ。」
「ずっと寝てんな。」
「教授来そうになったら起こして。」
「席遠いっての。」
「それはほら、長年の付き合いのテレパシーってやつ?」
「おー。長年ってったって半年だけどな。」
「よろしくたのむよ。」
「はいはい。」
「おつかれー。」
「おつかれい。」
「ぐっすりでしたわぁー。快眠快眠。」
「来週、レポート課題提出だってよ。」
「えっ?聞いてないんだが。」
「そりゃだって寝てたじゃん、どんまーい。」
「げぇーっ。テーマ教えてよ。」
「うーん。あたしはテレパシー送ることしか頼まれてないしなー。」
「おねがいっ!ジュース1本おごります。」
「…………よろしい。」
「ふん。現金な奴。」
「世の中金だね。」
「うーわ、それはそう。」
「感嘆と感想が合ってないのよ。」
「自販機ついた。なにがいい?」
「……カフェオレ。」
「一番安いやつじゃん。ラッキー。」
「さんきゅ。ごちそうさま。」
「いいえん。こないだ学食おごってもらったし。」
「あー……たしかに。忘れてた。」
「そのときの恩返しって感じで!」
「はいはい。ありがとね。」
「おう。」
「この後も授業?」
「うん、今日5限まであんだよー。なげぇ。」
「まじかよ。がんばれ。」
「今日終わり?」
「おう。午前だけ。」
「っかー。うらやましいねえ。」
「つっても家帰ってやることあるしな。」
「………ようつべだろ?」
「おう。」
「けっ。」
「ふはは。」
「っはは。」
「じゃあ。」
「うん。」
「また明日。」
「また明日な。」
「もしもし?」
「もしもーし。」
「どしたぁ?」
「暇だったからさぁ。」
「っはは。あたしは暇じゃねぇんだけどなー。」
「ようつべだろ?」
「うん。」
「暇じゃん。」
「……。」
「……。」
「…………。」
「…………。」
「………………………。」
「………………………。」
「………………………………………。」
「………………………………………。」
「……。カルピスってうまいよな。」
「飲んでんの?」
「最近ね。」
「乳酸菌じゃん。」
「からだにピースよ。」
「私はグーだね。」
「じゃんけんじゃないのよ。そんで勝ちにくるな。」
「うふふふふふ~。」
「サザエさんじゃん。似てな。」
「よくわかったね。似てなくても名前出てる時点でこっちの勝ちぃ。」
「よく聞いたらドラミングみたいな声だったわ。」
「ドラミングみたいな声って何。」
「あんたの声。」
「おい。ゴリラに失礼だろうが。」
「そこかよ。」
「せめて掃除機みたいな声って言え。」
「意味わからんが。」
「あっ。風呂。かあさんが呼んでるわ。」
「はいはい。まだ入ってなかったんか。」
「もう入ったん?」
「おう。1時間半ばっちり。」
「なげ。」
「そう?乙女のバスタイムは長いのよ。」
「どの口が言うてんじゃ。いってくる。」
「はーい。かけなおしは?」
「しないと思われ。」
「りょ。じゃ、おやすみ。」
「じゃねーおやすみー。」
空を切る風の流れに視線を乗せれば、化粧をした山々とハリボテの人類が交わるこの地に本能が奔る。
何かと意味を付けたがる習性を学んだ彼らは、今日もまた、邪念と、虚無と、飢えと、渇きと、絶望と、夢と、ほんの少しの希望を鼻先にぶら下げて歩いている。どこへ。一体何処へ。
未だ来ない、未だ知れないこの先にある惨劇が迫る運命があるとするならば、ただひたすらに、草原を駆ける喜びを感じられるような未来もまた、捨てがたいとでも言えば報われるのか。
××××年○月□日△曜日
________________午後22時51分。