第2話 前日
——月日は流れ、エーデルが16の誕生日を迎える日—。
エーデルは一人、部屋で寝ていた。
いや、眠ろうとしていた。
時刻は午前2時。普段ならばもうぐっすりと寝ている時間。
しかし、今日は一睡もできていない。興奮のおかげで眠ろうにも眠れなかった。
「…」
ベッドに寝転がり、しばらく微動だにしないでいたエーデル。
上半身を起き上がらせて外を見つめた。
ベッドのすぐ側にある窓からは、煌々と輝く月が見える。
澄んだ空気の中、燦然と輝く月と星々。
大好きなお星さまたちも都会に行けば見られないかもしれない。
そう思うと少し寂しい。
スタクティ王国の都、スタクティ城下町。
そこは村の数倍以上の規模を誇ると長老が言っていた。
広い土地に石造りの建物が数多く建ち並ぶ。各地からの品物を求めて大勢の人々が集まる都—。
そんなところへこれから向かうと思うと興奮する。
エーデルまだ一度も村以外の街に出かけたことは無かった。
すごく、すごく楽しみで。同時に少し寂しくて。
眠れるわけがなかった。
ごちゃごちゃになった気持ちを整理するかのように、
ベッドから降りて旅立ちの持ち物を確認し始めた。
旅のことを考えているうちに、なんだかすごく心配になってしまった。
どうせ眠れないんだから確認したって問題は無い。
気持ちをごまかすように手を動かした。
いくつもの持ち物のなかで一番素晴らしいのはこれだ。
長老から頂いた剣、フォルモント。『満月』の名を冠し、光を浴びると美しく輝く。
鞘から抜き、月明りに照らすとキラキラと輝いて、まるで自分の旅立ちを祝福してくれているかのようだ。
こんなに綺麗な剣を頂いていいんだろうか。
これを持っているだけで幸せな気持ちになる。
他にも干し肉などの保存食や薬草など、たくさん道具を頂いた。
すごくありがたい。
ただ、同時にそれだけ期待されているということでもあり少し心配だ。
「⋯ボク、皆の期待に応えられるかな」
口に出すと余計に不安になる。
そもそも「勇者の務め」自体あいまいなのだ。
“人々を救う”なんていわれても困る。
とりあえず力と知識はいるだろうから、これまでずっと勉強と鍛練を繰り返してきた。
けれど今考えたところでどうにもならない。絶対に勇者としての責任を果たすんだ。
頭を振って不安を掻き消した。
(ボクはずっと頑張って来たんだ。みんなに頑張るんだ!)
フォルモントを握り締め、エーデルは決意を新たにした。
鞘に戻し、元の位置に置く。
まるで少しの衝撃でも壊れるガラス細工でも扱っているかのように、エーデルの動作は慎重その
ものだった。
それほどまでにこの贈り物を大切にしている。
(いまだにボクのものになったなんて信じられないよ)
頭を冷やすために、水差しからコップに注いで一息に水を飲みほす。
冷たさが迷いも晴らしてくれる。今なら眠れそうだ。
ふぅっと小さく息を吐いてベッドに戻る。
横になる前になんとなく窓を見てみると、
すぅ…っと星が尾をひいたのが目に入った。
なんだか星に祝福されている気がする。
単純だなぁと自分に呆れつつ、嬉しくなりながら布団を頭まで被った。
もう流石に明日に備えて寝ないといけない。
しばらくすると規則正しい寝息が聞こえ始めた。
その姿を、月と星たちだけが見守っている。