表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/69

六 鈴の生い立ち


「どうなるかと思ったが、長の手裏剣の腕は凄かった。まだ衰えていなかった」

中年の村人は安心したように話した。


「でも外したら信一郎の嫁の命も無く男も自害して最悪になる処だった」


「お前は若くて戦闘の経験がないから分からないが、俺は何回か長と一緒に

仕事をしたことがある。鎌を上げる前に嫁が頭を下げた。そして手裏剣が

当たってから頭を上げた。早くてお前には見えなかったと思うが、

長は鎌を突き付けられ声も出さず抵抗しない嫁の所作を見てこの子は武術の経験

があると判断した。そして外しても大丈夫と信頼して投げた」


「俺には見えなかったが、信一郎さんも武術の心得があると聞いたが、今日は役に

立たなかった。嫁が美人だと腑抜けになるのかも、それにもう新しい時代が

始まっていて、武術など時代遅れだ」


確かに若い村人の言うように武術が必要のない時代になっていた。


私は信一郎と鈴を家の中に入れ、取巻いていた村人に解散するように伝えて

家に入った。


「前に菊婆から聞いたが、奉公に行かないで、長の嫁になりたいとは自分で

考えた事か?」


「はい、実は奉公をすることが決まってから、母の体調が悪くなり、看病する

ため近くに嫁に行くのが良いと考えました。それから頭の中で小次郎さんの

嫁になりなさいと何回も声が聞こえ神の声だと思いました。でも小次郎さんが

遠くに行くので嫁に取れないと聞くと、今まで聞こえていた神の声も聞こえなく

なり、これも縁だと信一郎さんの嫁に成りました」


「何時から神の声が聞こえるようになった?」


「祖父が亡くなり、憔悴している時だったと思います。夜中に惹きつけられるよう

に神隠しの滝壷に行ったらしいです」


「行ったらしいとは?」


「はい、朝方に私が居ない事に気が付いた父が捜して、滝壷で気を失っている私を

見つけました。それから聞こえるようになりました」


私も神の声が聞こえるので鈴の話は信じた。

が鈴の体から優しく包まれるような色気が伝わって来た。


「こんなことは信一郎がいる処では聞き難いが先程の男とは男女の関係が

あったのか?」


「助けて貰って悪いが、そんな事は兄さんには関係ないのでは?」


「あそこまで思い詰めるのは男女の関係があったからで、未練が強いと又同じ事

を起こすと思い念のために聞いてみた」


鈴の色気で関係があると思い込んでしまった。


「そのような事はありません。物心つく頃から野良仕事など一緒にして、両方の親

も認めるようになりましたが、祖父は物事を広く判断できない男だと言って反対

していました。彼を男の人として見る感情はありませんでした」

本当のようだった。


「武術の心得があるようだが誰に習った? 鈴の村には武術の出来る者は

いないはずだが?」


「祖父に習いました。祖父と父はある藩の侍でしたが、藩主が急に亡くなり

藩が取り潰しになったと聞いていました」


私は鈴に藩の名前を聞いた。鈴が答えた藩の名前に心当たりがあった。


15年以上も前に隠密としてその藩主の暗殺に参加したことを思い出した。


「それから祖父と家族はどうなった?」


「家を追われて食べるために小作人になり、転々としてこの地に落ち着きました」


「武術の稽古などしていると狭い村だからすぐ噂になるが、そのような噂は

聞いてないが?」


「小作人が武術を習うと咎めがあると思い家の中や夜に稽古をしました。

その祖父も去年に亡くなりました」


話の受け答えそして立ち振る舞いは百姓の娘とは思えなかった。


祖父の教育によるものだと感じた。


それと昔に自分が関わった仕事で人生を狂わされた家族がいたこと、鈴も侍の娘

で何不自由もなく暮らせたと思うと心が痛んだ。


それがまた情となり鈴に惹かれて行った。


信一郎は憮然として聞いていたが話の途中で奥に行ってしまった。

何か不服なことでもあるのかと私は思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ