7 可愛いは苦手
翌日から、カールも食堂を手伝うと言い出した。彼は父にも泊めてもらっている礼にお金を支払うと言ったみたいだが、拒否されていた。
「三人も四人も変わらないから、気にすんな」
「じゃあ身体で返します」
「おいおい……その台詞、男前に言われると誤解しちまうな!ははは」
お父さんはバシバシとカールの背中を叩いて、笑っている。そして、彼は本当にキッチンに入り父から指導を受けている。
「上手いな!カールは料理できるのか」
「騎士は野外でも食事をしないといけないので、簡単な調理なら可能です」
「そうか。じゃあこれ全部切って、あと悪いがこれが終わったら裏の倉庫から小麦粉二袋持って来てくれ」
「はい」
「ありがとう、助かる」
トントントンと器用に野菜を切っている。この人は昔から、何をやらせても上手くやるなぁと感心していた。
私の髪の毛は昨日もらったヘアゴムが付いている。ヘアセットをする時にまた胸が、ドキドキしてしまい困ってしまった。私が突然のプレゼントで嬉しかったのは生まれて初めてだ。
しかし、カールからなんの反応もなくて少しがっかりした。いや……がっかりってなんだよと心の中で自分にツッコミをいれる。この男が気まぐれにくれた物に何か思うわけないのに。
カランカラン
「いらっしゃいませ……あら、ダニーおはよう。早いわね」
「ケイトさん、おはよう」
「朝ご飯食べる?」
「ああ。なあ!俺どうしてもミーナに確かめたいことがあって」
ダニーはなんだか真剣な顔で、私にどんどん近付いて来た。
「おはよう!なあに?」
「おはよ、ミーナ。なあ、昨日あの男と出掛けてたって本当か?」
「ええ。お父さんに買い出し頼まれて。重たかったからついて来てもらったの」
「買い出し……ね。町では君にボーイフレンドができたと噂になってたよ」
ええ?そんなことになっていたのか。全く……やめて欲しいものだ。この田舎町の人々は優しく人情味に溢れているが、すぐに人を好きだ嫌いだと男女の関係にしたがるのは悪いところだ。
「やめてよ!そんな変な噂信じるのは」
「そっか。違うのか」
私がそう怒ると、ダニーはへらりと嬉しそうに笑った。しかし、その直後に彼は奥のキッチンを見て信じられないとでもいうように眉を顰めた。
「なん……で?あの男がここに?」
「助けたお礼に手伝いしてくれるって」
「なんだと!?図々しいな」
「力あるし、お父さん助かってるみたいだけど」
ダニーはチッと舌打ちをして、キッチン前のカウンターに座った。
「ダニーそこでいいの?広いところで食べたら」
「ここがいい!」
――何考えてるんだか。最近の彼はなんだか変だ。妙にカールに突っかかるし。
「おい!お前……食堂まで来てなんのつもりだよ」
「ああ、あの時のガキか。朝からキャンキャンと元気だな」
カールはチラリとダニーを見た後、何事もなかったかのように料理を続けている。
「バッカスさん!なんでこんなオッサンに料理教えてんだよ!!」
「お前な、こんな男前をオッサンとか言うな!俺のが方がオッサンだっつーの。あれ?そーいやカールっていくつなんだ?」
「俺は三十二です」
「そうなのか。若く見えるな」
「ミーナの十七歳も上だぜ?オッサンじゃねぇか!」
その瞬間、ダニーはお母さんにギリギリとヘッドロックをかけられている。
「口には気をつけなさい?私より年下のカールがオッサンなら私は何なの?オバサン?」
「ぐっ……ケイ……トさんは……」
「ケイトさんは?」
「お……姉さん……です」
「よろしい」
パッと手を離されゲホゲホと咳き込んでいる。それをお父さんはケラケラと笑って見ていた。
「年上のお兄さんにオッサンは失礼だろ。これに懲りて、ちゃんとお前も名前で呼べ」
ダニーはムッとして拗ねている。
「いいですよ。俺はなんでも」
カールは大人の余裕なのか冷静に対応していた。ダニーはそれも気に入らないのか、ギロっと睨んでいる。
「もう、喧嘩しないで。ほら、ご飯できたよ」
今日の朝食メニューは、ふわふわのオムレツに具沢山のクラムチャウダー。あとは熱々に焼いたパンだ。
「ありがとう。いただきます」
ダニーは私を見て嬉しそうに笑い、パクパクと口に運んでいる。
「美味い!このクラムチャウダーはミーナ作だろ」
「そうよ。よくわかるわね!昨日から煮込んでる自信作」
「めっちゃ美味い。ミーナの味はすぐわかる」
「ふふ、よかったわ」
なんかよくわからないけど、ダニーの機嫌がなおってよかった。彼はあっという間にペロリと食べ終えた。食器を下げようと近づいた時に……ダニーにさらりと髪を触られた。
「いつもと髪留め違うな。こんなの持ってたっけ?買ったのか?」
それは、昨日カールに買ってもらったヘアゴムのことだった。わざわざ言わないでよ!恥ずかしいじゃない。絶対にキッチンにも聞こえている。
「え?あー……うん」
私がドギマギして目を逸らしていると、バチッとカールと目が合った。
「それは俺があげたやつだ。可愛い、よく似合ってるよ」
いつもの意地悪な笑いではなく、爽やかに普通に褒められて私はぶわっと頬が染まった。
「あ、ありがとう」
照れながらお礼を言った私を、両親とダニーは驚いた顔で見ていた。なぜならこの三人は、私が『可愛い』と言われることも『プレゼントをもらうこと』も苦手だと知っているから。
自分でもわからないけれど、カールにヘアゴムを貰ったり、可愛いと言われるのは自然と嫌でなかったのだ。
「……んだよ」
ダニーは下を向いたまま、苦しそうに何かを呟いた。
「え?なんて?」
「ミーナは昔から容姿を褒められたり、贈り物されるの苦手だろ?こいつならいいのか?」
「いや……そういうわけじゃ……」
自分でも何故なのかはよくわからない。
「俺だってしていいならしたかった」
「は?」
「嫌がることはしたくないって思って、あえてしなかっただけなのに。なんでポッと現れたこいつが!……そんなのずるいだろ」
ずるい?したかった?何を……
「俺はこんなやつよりずっとずっと昔から、ミーナのこと可愛いって思ってる!毎日だって可愛いって伝えたいのを我慢してたのに」
私はそのとんでもない告白に、驚いてフリーズしてしまった。
「ごめん……頭冷やすわ」
彼はお金をその場に乱暴に置いて、ドアを開けて出て行った。これは……彼は私を好きだということなのだろうか。
ポカンとしている私に、お母さんが「大丈夫?」と優しく声をかけてくれた。ダニーとは子どもの頃から一緒で、幼馴染だけど仲の良い兄妹のような感じだった。
「ちょっと家に戻って心を落ち着かせて来なさい」
「ううん、大丈夫」
「そんな暗い顔で接客したら、お客様が逃げちゃうわ」
お母さんにそう促されて、一旦家に戻ることにした。しかし、家に戻って一人になると余計にグルグルといらないことを考えてしまう。
リビングでボーっとしていると、トントンとノック音がなり顔をあげるとそこにはカールが立っていた。
「バッカスさんが、君が一人だと心配だから見て来てくれって」
「そう。ごめんね、気を遣わせて」
「さっきは悪かったな。いらないことを言って」
「ううん。あなたが悪いわけないじゃない」
「なぜ容姿を褒められるのが苦手なんだ?君くらいの年齢なら嬉しいはずだろう」
――それは前世、美しさで苦労したから。
しかし、そんなこと言えるはずもない。
「だってほら、私って平凡な顔じゃない?それなのに可愛いとか綺麗とか……嘘っぽいし。中身を褒められた方が嬉しいなって」
「そうか?綺麗っていうのは見た目だけでなく中身も含めての褒め言葉だ。君は生命力に溢れてて、間違いなく美しく可愛い少女だと思うがな」
私はまたブワッと頬が染まる。この人は慰めてくれているのだろうか?それにしても、さらっとこんなことを言うなんて……昔に比べると女性の扱いに手慣れていて、私の知らない十五年の経験値の差を感じた。
「嘘つき。ち、ちんちくりんって言ったくせに!」
私が怒ると、カールはくっくっくと笑った。
「ミーナ、まさかずっと気にしてたのか」
「気にするわよ!」
「はは、悪かったな。あれは揶揄っただけだ」
「なによ、それ」
私の髪をぐしゃぐしゃと撫で「自分への賛辞は素直に喜べばいい」と微笑んだ。
ドキドキドキ……なんでだろう。また胸の鼓動が早くなって苦しくなる。
「あのガキのこと嫌いなのか」
「嫌いじゃない」
「ふーん。じゃあ好きな男が別に?」
「いないわ。でも、初めてだしちゃんと好きになった人と付き合いたい。中途半端な気持ちじゃダニーにも失礼だし」
「初めて……か」
はっ!私ったら自分の臣下だった男に何を色々とバラしているんだ。私は恋愛経験ありません!と大々的に言っているようなものだ。沢山恋してますと言うのも恥ずかしいし、全くしてないのも恥ずかしい。乙女心は複雑……。恥ずかしい。
「そもそもあれは告白なのかな?」
「は?」
「だって『好き』とか『付き合って』とか言われていないし」
「馬鹿か。あんなの告白以外何があるんだよ」
「……デスヨネ」
どうしたらいいかわからず、ゔーっと唸りながら机に頭をつけて悩む。
「はあ、気分転換に紅茶でも淹れるわ。カールも付き合って」
「ああ」
私はコポコポとお湯を沸かして、丁寧に紅茶を淹れる。王女だった私は前世では料理など全く出来なかったが、貴族の嗜みとして紅茶を淹れるのは上手かった。あの時のような高級な茶葉は手に入らないが、今も紅茶は大好きだ。
そういえば、昔はよくライナスともよく紅茶を飲んだなと思い出す。
「紅茶はね『ゴールデンドロップ』って言って最後の一滴が一番美味しいのよ」
「ゴールデンドロップ……」
「そう!ふふ、今日は特別にあなたにあげるわ」
ティーポットから温めたカップに紅茶を注ぐと、ふんわりと良い香りがする。そこに、オレンジの輪切りを入れ上に砂糖をかける。
「シャリマティーよ。どうぞ」
彼は無言のまま、すーっと香りを楽しんでごくりと飲んだ。
「……美味い」
「本当?それならよかったわ」
私も一口飲んで、ふわーっと幸せな気分になる。
「まさか……また飲める日が来るなんて」
ん?また?私はどういう意味かと思って顔をあげると、カールの瞳から一筋の涙が溢れていた。
「あなたは……キャロライン王女なのですね?」
彼の真剣な眼差しから目を逸らすことはできなかった。