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6 プレゼント

 お父さんから買い出しのメモを受け取る。そこにはビッシリと書かれており、本当に重いものだらけだ。カールがいることを良いことに沢山荷物を持たせるつもりらしい。


 私は気合を入れるため、自分でパチンと頬を叩いた。


「さあ、行くわよ!」

「……そんなデカイ声じゃなくても聞こえる」


 猫被りをやめた彼は、私の前ではあの嫌なやつモードだ。でも、その方がいい。これが彼の素なんだろうから。


「荷物持ちは黙ってなさいよ」

「へいへい」


 くっ……やる気のない返事。むかつく。しかし、怒っている暇はないのでリストに沿って色んな店を回る。


「ミーナ!おや、今日は男前連れてるね」

「ミーナちゃん!良い物たくさん入ってるよ」

「ミーナ!おまけだ。これも持っていきな!!」


 町のあちこちから声をかけてもらう。私は人気食堂の娘として昔からこの町で育っているため、とても顔が広い。


「みんな、ありがとう」


 必要なものを買いながらみんなからサービスだ、お礼だと色んな物を貰ってすぐにカールの両手は塞がった。


「ご、ごめん。重いよね。怒ってる?」

「怒ってない。お前は人気者だな」

「は?ああ、うちの両親が社交的だからね。その娘としてみんな可愛がってくれてるだけよ」


 カールはそう言った私を、無言のままじっと見つめている。


「なによ」

「……別に。君は色々と鈍感だな」


 なんとなく悪口っぽいので、両手が荷物で塞がっている彼の腹にドスっとパンチをお見舞いした。


「ぐっ、卑怯だぞ」

「ふふ、何のことかしら?」


 してやったり!とニッと笑うと、ムッとした彼は荷物を片手で持ち替えて空いた手で私の肩を抱き寄せた。驚いた私の背中から手を伸ばして頬をびょーんと伸ばした。


「痛ひゃ……い。ひょっと……やめ……ひぇよ」


 痛い。しかも頬を伸ばしたり縮めたりされて、うまく喋れない。


 カールは私の顔を見て、ぷっと吹き出して笑いやっと私の頬を離した。


「ははは、変な顔」


 私はじんじんと痛い頬を手でおさえながら、彼を睨みつけた。


「何ですって!失礼すぎるわ。あなただって頬を伸ばせば変な顔よ」


 やられたらやり返す。私は必死に背伸びをして彼の頬に手を当て、ぎゅうぎゅうと伸ばす。


「やめ……ひょ」


 ちゃんと話せない彼がなんだか可愛らしい。しかし、残念ながら顔の良いカールは頬を伸ばしてもそれなりに男前だった。悔しい。


 唇が触れそうなほど至近距離だったことを気が付いて、急に恥ずかしくなった。そして、パッと手を離す。


「お、女の子にやめてよね。さあ、まだまだ買うわよ」

「まだあんのかよ」

「当たり前でしょ!文句言わないの」


 照れる気持ちを隠すように次の店に急ごうと歩き出した時、彼に腕を掴まれた。


「なあ、宝石とか買い取ってくれる店ねぇ?流石にここの通貨を用意したい」

「ああ!あるけど……田舎だからなあ。もし良い物ならもっと大きな街のが高く買い取ってもらえるかもよ?」

「別に高値じゃなくていい。あと、服とかも適当に買いてえんだけど」

「任せて!」


 顔見知りの質屋さんに連れて行くと、彼は胸ポケットから小さな石を数個出した(もちろん、売ったのはあのネックレスではない)それは鑑定士が驚くほど良質なものだったようだ。


「おじさん、良い値で買ってあげてよ」

「ミーナちゃん、わかってるけどこれ以上はうちに置いてる金がないよ。すぐじゃなくていいなら、こっちで売ってから支払うがどうだい?」

「いや、今すぐ現金が欲しいんだ。あなたが儲かるならこの値で構わない」

「え……カール!いいの?」

「ああ」


 どうやらこの男はあまりお金に興味がないらしい。鑑定士のおじさんは、そういうわけには行かないと石一つ分を買い取って後の石はカールに返した。それでもこの町で数ヶ月は暮らせそうな大金だ。


 それから服屋さんへ連れて行った。彼は服や下着などを数着選んで購入していた。私は可愛いワンピースを見つけて、自分に合わせて暇を潰していた。


「それが欲しいのか?」

「素敵だなと思っただけ。今月はもうお小遣いが少ないなら買うなら来月ね」

「気に入ったなら一緒に買ってやるから出せ」

「え?いいわよ。あなたに買ってもらうの変だもの」

「助けてもらった礼だ」

「お礼は荷物持ちでしょう?いいの。いらないわ」


 私がそう言うと「……可愛くねぇ女」と呟いて、私に背を向けて会計に向かった。


 ズキン


 そうか。私は『可愛くない』んだ。普通の女の子ならここで喜ぶんだなと後悔した。


 前世の私は色んな男達から沢山のプレゼントをもらった。私に気にられたい、綺麗に着飾らせたい、自分の色に染めたいという思惑と下心がいっぱいの高価で煌びやかな物を。


『ありがとうございます。とても嬉しいですわ』


 何度もそうお礼を言って微笑んだが、心の中ではこの贈り物を純粋に私を想って選んでくれたものはいくつあるのかと思っていた。


 その記憶があるからか、誕生日などの特別な日でないのに何気なく贈られるプレゼントは好きではなかった。こんな女では、いつまでも恋人は出来なさそうだと自嘲した。


 そして頼まれた物も買い足して、全部の買い物が終わったので私達は休憩している。


「ありがとう。あなたのおかげで全部買えたわ」

「よかったな」


 家に戻ろうかと思っていると、ぐすぐすと泣いている小さな女の子がいた。私はカールに少し待っててと伝えてその場から立ち上がった。


「どうしたの?」

「うっ、うっ……お母……さんとはぐれた」

「そう。大丈夫、すぐ見つかるわ」


 この子は見たことがない。この町の子ではないはずだ。


「待っててって言われたのに……守らなかった。ひっく、露店で売ってるものが気になって……一人で歩いて……しまったの」

「そっか。気になるものね」

「お母さんに……似合いそうなヘアゴムがあって」

「お母さんのために見に行ったのね」

「私……悪い子だから……お母さん迎えに来て……くれないかも……ひっく……わーんわーん」


 私はその子をふんわりと抱きあげた。


「大丈夫。大丈夫よ。あなたが悪い子なはずがない」


 トントンと背中を叩いてあやしながら、少女が指差す露店へ向かう。


「教えて?どれがお母さんに似合いそうだったの」

「こ、これ」


 それはピンクの小さな花が散りばめられた、綺麗なヘアゴムだった。財布の中身を確認する。この金額なら、私の残りのお小遣いで買えそうだ。


「すみません、これとあとそれもちょうだい」

「はいよ……ってミーナじゃないか。この子は?」

「迷子みたい」

「見たことない子だな」

「そうよね。この町の子じゃなさそう。もし探しているお母さんがいたら教えてくれる?」

「わかった」


 私はおじさんからヘアゴムを受け取った。


「お母さんにこれ渡して、勝手に離れてごめんって謝ろうね」

「うん!ありがと」


 少女はやっと笑顔を見せてくれた。しかし、どうやって探そうかと考えていた。


「おい」


 その声に振り返ると、カールが立っていた。あ……忘れていた。ごめんなさい。


「カール、ごめん。この子迷子みたいで」

「全部見ていたから知っている。相変わらず君はお人好しだな」

「悪かったわね」


 すると彼は荷物を置いて、少女をいきなり肩車した。泣くのではないかと心配したが少女は一瞬驚いただけで、カールの綺麗な顔を見てキャッキャと笑った。


「お兄ちゃん、王子様みたい」


 ほお、男前はすごい!こんなに小さくても女心を掴むらしい。


「可愛いレディ、名前を教えて?」

「ララよ」


 彼は優しく微笑み、まるで本物の王子様のように気障にそう聞いた。


「ここでララを預かっている!どこかに彼女の母君はいないだろうか!!」


 その大きな声は町中に響いた。私達は注目され町人達がざわざわと騒がしくなる中、バタバタと遠くから走ってくる女性が見えた。


「あ!お母さん」


 その人は涙目ではぁはぁと息を切らして、私達の前に来た。


「す……すみません。ララの母親です。本当にありがとうございました」


 涙をはらはら流しながら、頭を深々と下げた。カールはそっとララを肩から下ろした。


 ララはお母さんにガバッと抱きついた。


「もう!あの場所離れちゃダメって言ったでしょう。無事でよかった」

「ごめ……ごめんなさい。うわぁ――ん」


 ララはまた大泣きしている。


「怒らないであげてください。ララはあなたにこれをプレゼントしたかったのよ」

「え?」

「これがお母さんに似合うと思って露店を見に行ったのよね」


 私はララにさっき買ったヘアゴムを渡した。すると彼女は満面の笑みでお母さんにそれを渡した。


「お母さんいつもお仕事頑張ってるから!これ可愛いでしょう」

「これを……?」

「うん」

「ありがとう。ありがとう、ララ」


 母親は彼女をぎゅっと抱きしめた。ああ、良かった。するとお母さんは私を見つめた。


「ありがとうございました。これ、あなたが買ってくださったんですね。この子お金なんて持っていないもの。どうかお支払いをさせて下さい」

「いえ。これは彼女からのプレゼントです」

「そんな……でも」

「そう思って受け取ってあげてください」


 私が微笑むと、お母さんはポロリと涙を流した。


「はい、これは私からララへプレゼント!」

「え?いいの?」


 それはお母さんに選んだ物の色違いのヘアゴムだ。


「あー!お母さんとお揃い」

「そうよ」

「ありがとう!大事にするね」

「どういたしまして」

「すみません。あの、何かお礼をさせてください。それにあなた達のお名前はなんと?」

「ミーナよ!お礼はいらないけど……じゃあ私はこの町の食堂で働いてるからまた機会があったら食べに来て。そしてこの人はカールよ」

「お二人ともありがとうございました。絶対に食べに行きます」

「ふふ、待ってるわ」


 私は二人に手を振って別れた。集まっていた周囲の町人達もそれを見て良かった良かったと、その場を去って行った。


 わかってるかも知らないけれど露店のおじさんにも見つかったと言わないとと思って、行こうとすると彼に腕を掴まれる。


「俺が礼を言っておく。ミーナは荷物みててくれ」

「え?ああ、ありがとう」


 私はお礼を言って、ベンチに座って帰ってくるのを待った。そして、彼はすぐに戻って来た。


「カール、ありがとう。あなたのおかげであのお母さん見つかったわ」

「別に俺は何もしていない」

「そんなことない。肩車してくれたから見つかったのよ」


 知らない十五年で嫌な男になったと思っていたけれど、やはりその本来の優しさは変わっていないようだ。私はそれを知って嬉しくなった。


「さあ、帰りましょう」

「ああ」


 そして大荷物を抱えたまま、家に着いた。下ろした時のドサっという音がその重量を物語っている。


「ごめん、流石に買いすぎたわ。疲れたでしょう」

「べつにこれくらいなんてことはない。俺は騎士だから平気だ」


 カールは私の頭をコツンと殴る真似をした。


「助かったわ」


 私はふんわりと微笑んだ。カールはなぜかジッと真っ直ぐ私を見つめている。彼はまだ私とキャロラインの関係を疑っているのだろうか。


「これ、やる」


 何かがポンと投げられ、私は慌ててキャッチした。それは私の瞳の色にキラキラと輝くヘアゴムだった。……とても綺麗。


「えっ?」

「金ねえのに、他人のためなら迷わず使うんだな。お人好しのお嬢さんは」


 私の頭をわしゃわしゃと撫でた。私はいきなりのプレゼントに驚いて固まっていた。


「い、いつ買ったの?」

「お礼言いに行った時」


 驚いた!全然気がつかなった。


「……いらなかったら捨てろ」

「捨てない!ありがとう、大事にするね」


 私が微笑んだのを見て、彼もフッと小さく笑った。それを見て何故か頬が染まり、ドクドクと胸の鼓動が煩くなった。


「いつもそんな感じで可愛くいろよ」


 彼はポンポンと頭を撫でて去って行った。ぶわっと身体中が熱くなり、私はしばらくその場から動けなかった。

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