42 困ったお祝い
体が重たい。下半身に重りがついているようなだるさだ。眠たいが……眩しさで目が開いた。
起きるとすぐ隣にカールの顔があって「ひゃあ!」と驚いて彼から距離を取った。しかも彼は半裸だ。
カールは目を細めて優しく笑った。
「ミーナ、おはよう。身体はどう?」
「カール……おはよう」
そうだった。昨日は結婚式で……夜は初めて……その……一つになったんだった。
急に恥ずかしくなって、私はシーツを抱き寄せ頭からかぶった。みんなあんなことをした翌日、どんな顔して話しているの!?
「せっかく夫婦になれたのに、逃げないで。可愛い顔を俺に見せて?」
彼はシーツのまま私をガバリと抱きしめた。私はもぞもぞと動いて、頭と目だけシーツから出した。
「身体痛い?」
「ん……なんか重たくてだるい」
「そうだよね。無理させたね。今日は俺が全部お世話するからゆっくりして」
彼は私の頭を撫でて、嬉しそうに微笑んだ。そして朝食の準備をしてくるから、このまま休んでてと甘やかされる。
後ろを向いた彼の背中には、くっきりと真っ赤な引っ掻き傷が付いていた。私は驚いて目を見開いた。
「カール!背中の傷!!まさかそれ……私がしたの?」
「ああ……気にするな」
「ごめん!痛いでしょ」
「君の痛みに比べたら全然だし、ミーナと繋がった証で嬉しいから」
彼はニッコリと笑って、私の頭を撫でて部屋を出て行った。しばらくしていい匂いがすると思ったら、カールは寝室まで紅茶とフルーツたっぷりのホットケーキを持ってきてくれた。
「ミーナ、ご飯食べれそう?」
「もちろん食べるっ!」
私がシーツからガバリと起き上がると、カールは顔を染め「コホン」と咳払いをした。
「とても絶景だが、目の毒だな。その格好では、またベッドに押し倒してしまいそうだ」
それを聞いて私は自分の姿を見ると、生まれたままの姿だった。
「キャーーッ!!」
私が叫び声をあげたのを、カールはゲラゲラと笑っている。
「昨日全部見たからそんな必死に隠さなくても」
「夜と昼では恥ずかしさが違います!」
「じゃあ慣れるために、次は昼にしようか」
カールはニヤリといやらしく笑ったので、私は腹が立って枕を投げた。しかし、華麗にキャッチされる。
「しません!馬鹿っ!!」
「はは、ごめん。冗談だ」
彼はご機嫌に笑い、私の服を用意してくれた。ベッドのシーツに隠れてゴソゴソと着替える。身体中に残るキスマークが昨夜の情事を思い出して恥ずかしくなった。
そして私は着替える時に気が付いた。昨日そのまま寝てしまったはずなのに、身体がとても綺麗なのだ。これはカールが色んな処理をしてくれたに違いない。うう……恥ずかしい。でももう知らんふりをしよう。初心者の私はキャパオーバーだ。
「さあ、召し上がれ」
「いただきます」
横着だが、ベッドの上に簡易テーブルを置きホットケーキを食べる。生地はふわふわで、甘いクリームと酸味のあるフルーツが合わさってとっても美味しい。
「ミーナ好きだって言ってたから練習した」
「とっても美味しい」
「良かった。初めての朝は絶対これを作ってあげようって決めてたから」
「……嬉しい」
カールもとっても嬉しそうだ。
「カールは食べないの?」
「んーなんか幸せすぎて、胸がいっぱいで」
「ふふ、何それ」
「じゃあ、一口あーんして」
「あら、私の旦那様はえらく甘えん坊ね?」
「……ミーナの前だけではね」
「はい、あーん」
パクッ
彼の前までフォークを持っていって、私はそれを自分で食べた。彼はキョトンとしている。ふふふ、少し意地悪をしたくなったのだ。
「酷いな」
「ふふ、ごめん。次はちゃんとあげるから」
私はパンケーキをナイフで切ってフォークに刺して、彼にあげようとした。
「はい、あーん」
今度はちゃんとフォークを差し出したが、彼はそれを無視して私の唇に吸い付いた。
「んんっ……!」
ペロリと唇まで舐められ、私は真っ赤なままフリーズした。
「ご馳走様。パンケーキより君の方が甘くて美味しい」
カールは私にパチンとウィンクし、何食わぬ顔で紅茶のおかわりを準備していた。うう、私は彼に勝てそうにない。もぐもぐと残りのパンケーキを平らげて、紅茶を流し込んだ。
それからはゆっくり過ごした。彼の肩にもたれながらベッドで本を読んだり、他愛もない話をしたり。
お昼すぎになってなんとか動けるようになったが、ベッドからおりると下半身に力が入らずよろけてしまった。うう……初めてってこんな恥ずかしい状態になるの?それともカールが特別激しいせい?
床にぺたんと座り込んだ私を見て、カールは慌てて私を抱き上げた。
「大丈夫?痛くて歩けない?」
「痛いというかなんか力が入らなくて」
「ごめん、完全に俺のせいだな。長年の想いが……その、溢れてきてしまって」
「毎回こんな風になるのかな?」
――もしそうなら、少し不安だ。これから私大丈夫なのかな?
「初めては特別なんだ。回数重ねると、だんだんと痛みもなくなるから安心して」
「そっか」
「俺が絶対に『気持ち良い』だけにするから怖がらないで」
カールは私の耳元で、そう囁いたのでブワッと頬が染まる。そ、そんなの本当だろうか。あの痛みがなくなるとは思えないけど。
その後も至れり尽くせりで、お昼ご飯もカールが作ってくれた。まるで私は姫扱いだ。
裏庭にシーツとか昨日の色々な物が干されてるのに気が付いて私は悲鳴をあげた。
「ギャーー!!」
「なに?」
「せ、せ、洗濯までしてくれたの?」
「ああ、昨日汚れたから」
――何がどう汚れたのかは聞きたくない。
この町で暮らすようになってから、カールは料理だけでなく生活能力が格段に向上して一通りの家事はもうできるようになっていた。元々は侯爵家の御令息で、使用人に全てしてもらうようなお坊ちゃんのくせに……すごい適応能力だ。本人曰く、騎士で遠征してたら自分でなんでもするしかないからなと言っていたが。
「洗濯は私がするから」
「なんで?」
「恥ずかしいから!女性には見られたくないものがあるじゃない」
「……えっちな下着とか?」
その通りなのだが……私はパクパクと口を開いては閉じ、何も言えなくなった。
「気にしなくていい。だって昨夜見たんだし。手が空いてる方が洗濯をすればいい」
「……ハイ」
その気持ちは嬉しいし、ありがたい。男性が家事に積極的なんて素晴らしい。しかし、絶対に私はこれから自分で洗濯すると心に決めた。
夜ですら恥ずかしいのに、朝からあの夜着を見られると思うと耐えられない。
夕方になると動けるようになり、私達はソファーに座ってお祝いでいただいた品々を見ることにした。
「わーペアのティーカップだ。雑貨屋のお姉さんから。可愛い」
「明日から紅茶をこれに入れようか?」
「うん」
「あ!これは時計屋のおじ様からだわ。素敵な置き時計」
「リビングに飾ろうか」
「フレデリック様、お酒をいただいたのにプレゼントもくださっているわ。綺麗な花瓶!これ……アンティークガラスのいいやつだわ」
「……あいつ花好きだからな」
「もう、なんでそんなこと言うの?あ、ライラに貰った花を生けよう」
「でもさすが商家の息子だな。センスは良い。レストランに飾るのもいいかもな」
「そうね」
沢山のお祝いを次々と開けていく。みんな私達のことを想って選んでくれたのがわかって嬉しい。
「ダニーは結婚と開店祝い兼ねて、包丁くれるって言ってた。私達に合わせて特注してくれたって」
「俺のも?」
「うん、もちろん」
「それは楽しみだな。あいつの腕は確かだから」
「ふふ」
彼は文句言いつつもフレデリック様とダニーのことは認めているらしい。
そして私は何も考えずにあの恐ろしい袋を開けてしまったのだ。くれた人のことをよく考えたら、危険なことは予想できたのに。
「これは誰からだろう?」
私がガサガサと袋の中を見ると、信じられない物が中に入っていた。私は青ざめて、勢いよく袋をぐしゃりと閉じた。
「ミーナどうした?それは何だった?」
「あー……これは何か間違って……お祝いに入ってたみたい」
「え?」
やばい。絶対に怪しまれている。でも、この中身をカールに見られたくない。自分の後ろに隠すと、カールはジロリとこっちを睨んだ。
「ミーナ見せろ。何が入っていた?誰かからの嫌がらせじゃないのか」
彼の私の前に手を出した。袋を見せろという意味だろう。嫌がらせ……嫌がらせではないと思う。冗談というか、揶揄いというか。
「い、嫌です」
「ミーナ?」
彼はにーっこりと口角を上げたが、目は全く笑っていない。そして長い手を後ろに回して……一瞬のうちに袋を取り上げた。
「あぁっ!!」
そして彼は袋の中身を見て一瞬固まった。しまった。ああ、もう最悪だ。
「あー……うん、なるほど」
「だから、見せたくなかったのに」
「これはあのお姉さん達からだな?」
「……うん。良い人達なんだけど」
「せっかくのお祝いだし今夜使ってみる?」
彼は冗談っぽく微笑み、中に入っていたセクシーすぎる下着を袋から出してピラっと広げて見せた。それは昨夜の物より明らかに布面積が少なく、サイドは紐?リボン?てゆーか、それ履く意味ないですよねっていうレベルの代物だった。
あのお姉様方は本当に!子どもな私を揶揄ってあえてこんな物を。今度文句を言おう。いや、なんか……返り討ちにあう気がする。
私はカールから袋と下着を勢いよく奪い取った。
「着るわけない!捨てますっ!」
「祝いを捨てるなんて罰当たりだろ?」
「こ、こんな破廉恥なのあり得ないわ」
「俺は刺激的なミーナも見たいけど?」
彼は私の耳元に近付き、甘く囁いた。カールは私が真っ赤になったのを見て、くすりと笑い「いつか着て見せて」と下着を奪い返された。
「やっ!返して」
「……着たくなるまで俺の部屋で預かっとく」
着たくなんてならないわよ!カールが持っている方がよっぽど危険だ。私ははぁ、とため息をつき袋を見るとまだ何か入っていた。彼が部屋に戻っている隙に確認してしまおう。
どうせ碌な物じゃないだろうと思いつつ、取り出すと液体の入っているキラキラした美しい小瓶が入っていた。これは何だろう?
蓋を開けると、ふわりと甘い良い匂いがする。なんか美味しそうな香り。香水?いや、なんかのシロップ?
私は好奇心で指に垂らして、ペロリと舐めてみた。んー?何これ?わたしは首を傾げた。
「ミーナ、それ……!!」
「え?」
「それ!まさか口にしてないよな!?」
部屋から戻ってきたカールは、私からすごい勢いで小瓶を奪い取り大きな声を出した。
「え……?カールはこれが何か知ってるの?食べたら毒なの?」
「毒ではないが」
カールはいつになく困った顔をしている。
「あー……よかった。一口舐めただけ」
「舐め……た?そのまま!?」
「そのまま」
彼は「はぁ……」と深いため息をついた後、私に沢山の水を飲ませた。
「何で水!?」
「いいから。とりあえず飲めるだけ飲んでくれ」
ごくごくと水を飲むが、何故か水を飲んでいるのに喉が渇くような……体が熱いような感じがしてくる。心臓もバクバク大きな音をたてている。
「なんか……身体熱い」
「やっぱり、これくらいの水じゃだめか」
カールは私を見て「ああ……」と両手でぐしゃりと頭を抱えた。
「どういうこと?」
「それ媚薬だよ。しかもたぶん薄めるタイプの」
「ええっ!?この綺麗な瓶が?」
「……ああ。あの袋にはこんな物も入っていたのか」
「なんか……高級品で……二人で楽しめるって……」
「二人でとはそういう意味だろう」
なにそれ。変な物を入れないで欲しい。でも!カールはすぐにあれが媚薬だってわかった。それに腹が立つ。彼はきっと使ったことあるんだ。
私はだんだんと息が荒くなってきた。はっ……はっ……と苦しくなる。身体も熱い。
「カールは使ったことあるんだ。えっち」
私はジロリと冷たい目で彼を睨んだ。
「……いや」
私が彼の頬をそっと包んで覗き込むと、目をあからさまに逸らされた。
「嘘つき。瓶だけで中身がわかったくせに」
「ごめん。そーゆう……その……夜の店で媚薬を使う人がいたから知ってただけ。それもだいぶ若い頃の話だよ」
「馬鹿!そんなお店行かないでよ。私以外の人となんて……やだ」
自分が無茶苦茶なこと言ってるのはわかっている。行くな、なんて。彼は過去の話をしているのに。
私は彼の膝の上に乗り、強引に口付けた。気持ちいい。もっとしたい。普段なら恥ずかしいのに今は恥ずかしいより、触れたいが勝っている。これは薬の効果なのだろうか?いつもカールがするようにあむあむと唇を柔らかく噛んだ。
「ふっ……ミーナ?もしかして俺の過去に妬いてるの?」
「すごく妬いてる」
ちゅっ……ちゅとキスを繰り返し、ソファーにカールを押し倒した。彼は私の服の中に手を差し入れそっと背を撫でた。すると「あんっ」と自分とは思えないような甘い声が出て、驚いて口を手で塞いだ。
「……ミーナが悪い。君があんなもの舐めるから。それに……可愛すぎる。妬いてくれるなんて嬉しい」
そう言った瞬間、カールは私を抱き上げベッドに少し乱暴におろされる。私はもう胸がドキドキして頭がボーっとして身体中熱くて……どうしたらいいかわからない。彼にジッと見下ろされると、キュンとしてしまう。もっと触れて欲しい。
「愛し合えば薬の効果は切れる。安心して」
彼の瞳はギラギラと光っていた。そんな男っぽい表情にも胸がときめく。
「カール、ちゅーしたい。ちゅーして?」
今の私はおかしい。彼に甘えたくて仕方がないのだ。上目遣いで、彼におねだりをした。
「……っ!ミーナ!!」
彼は息ができないくらい、とろけるような熱い口付けを繰り返した。
「ん……もっと。もっと。カール……すき」
「うん、俺も好き。ミーナ可愛い。可愛すぎる」
ちゅっ……ちゅ……
「気持ちいいの?」
「いい。触れて。もっと」
「……ミーナっ!!」
私はカールに激しく愛された。一度行為が終わって離れようとするカールに私は「もっとして」と言った気がする……恥ずかしくて死にたい。
「いっぱいしてあげる」
カールは蕩けた顔で微笑み、私が意識を失うまで愛し続けた。彼「これからは一生君だけしか愛さないから許して」と過去のことを謝りながら「今も昔も、君以外に愛なんてない」と私を抱いていた。
まだ身体は慣れてないはずなのに、お薬で力が抜けいやらしい気分になっていた私は全く痛くなかった。それどころかむしろ気持ちが良くて、おかしくなりそうだった。うう、恥ずかしい。恥ずかしい。彼の顔をしっかりと見れない、でも見たい。
――ふわふわと、そのまま意識が遠のいていった。
♢♢♢
「ミーナ、これからは訳の分からない物を口にするな!」
「……はい」
彼は翌朝ぐったりした私にベッドで説教をしている。フラフラの私と比べて、カールは肌がつやつやしていて元気だった。騎士って……体力お化けだわ。元だけど。
カールは媚薬の瓶をゴミ箱に投げ入れた。よかった……こんな怖いもの捨ててくれて。
「祝いとはいえ、これは捨てる」
「モチロンデス」
「薬を抜くためとはいえ昨晩はごめん」
「昨晩のことは……忘れて……ください。あんな……うっ……恥ずかしい……」
私は土下座するように頭を下げた。
「忘れられるはずがない。恥ずかしくなんてないよ。昨晩の積極的な君は……めちゃくちゃ可愛いかった。まるで男の夢というかなんというか……うん、本音を言うとお祝いをくれた人達に感謝したいくらい」
「え?」
カールは一体何を言ってるんだろうか?
「でも俺は媚薬なんてなしで、君から求めてもらいたいから」
カールはニッコリと笑い、チュッと唇に軽いキスをした。
「どんな君も愛してる」
私はやっぱり恥ずかしくなって俯いた。あのお姉様達のせいでとんでもない新婚生活のスタートになってしまった。
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