40 結婚式
翌朝、私は爽やかな気持ちで目が覚めた。カーテンを開けると快晴。素晴らしい結婚式日和だ。
鏡を慌てて確認する。よし、目は腫れていないので昨日泣いたのはセーフだ。メイクもドレスの着替えも教会でするので、今は簡単に身なりを整えるだけにしてリビングにおりた。
「おはよう」
みんな早起きらしく、そこには三人とももう揃っていた。
「……おはよう」
「ミーナ、目が腫れなくて良かったわね。ちゃんとパッチリしてる」
少し寂しそうなお父さんと、いつも通りのお母さん。新居は遠くはないから頻繁に遊びに来れるけれど、この家を出るというのは不思議な気持ちだ。
「おはよう、ミーナ。よく眠れた?」
「ええ、ちゃんと寝れたわ。カールは?」
「俺も眠れたよ」
カールと挨拶を交わしていると、お父さんが声をかけてきた。
「今朝は時間がない。早く食べよう」
「はい、いただきます!」
その朝食は、お父さんとお母さんが二人で作ってくれたのだとすぐにわかった。私の好きなものばかり並んできたから。油断するとまた涙が出るので、グッと堪える。
「お父さん、お母さんとっても美味しい」
「そうか」
「良かったわ」
「ありがとう。私にとって二人のご飯が一番好き」
「……そうか」
私はできるだけ明るく、むしゃむしゃと豪快に「美味しい」と言いながら食べた。品よく食べることもできるけど、それはミーナらしくないと思ったから。
お父さんが涙を堪えているのがわかったが、私は見ないようにした。カールは私を見て、柔らかく笑いながら何も喋らずにご飯を食べていた。
「ご馳走様でした」
ご飯を食べ終えると、すぐに私達は教会に向かう。両親は後で追いかけるらしい。
「行ってきます」
「ええ、また後でね」
「行ってらっしゃい」
私達は手を繋いで、歩いて教会に向かう。この町を見渡せる丘の上にある小さな教会。私は昔からここで結婚式を挙げたいと思ってきた。
『君が望むならどんな場所でも用意する。もっと大きな教会でなくてもいいのか?』
『小さい頃から結婚するならここがいいって思っていたの。お父さんとお母さんもここで挙げたって』
『そうか。じゃあそうしよう』
もっと煌びやかな教会は沢山あるが、この町ではここだけ。幼い頃からこの教会で結婚する幸せそうな夫婦を何組も見てきた。そして町中のみんなが二人の結婚を祝福をしてくれるのだ。
お互い準備があるので、控え室に分かれる。私は緊張する間もないくらい、あっという間にコルセットを締め上げられ……ウェディングドレスを着て、今はメイクとヘアセット中だ。
「はい、できました。とっても素敵です」
「ありがとう」
鏡を見ると、そこはいつもの自分より少し大人びて綺麗になった姿が映っていた。
ウェディングドレスはカールが特注してくれた。ある日人気のドレスショップに連れて行かれ、あれでもないこれでもないとカールが事細かく注文していた。
そして出来上がったドレスは田舎の式では見たことがないくらい、豪華なもの。ふわふわと羽のような裾は、歩くと揺れてとても可愛い。ウエストはキュッと絞っていて、胸元にはレースやクリスタルが沢山使われている。
「新郎様が来れられましたよ」
「は、はい!」
ガチャリと扉が開き、現れたのは黒いタキシードを着た正装姿のカールだった。お洒落なタイとチーフは私の瞳のブルーパープルを身につけてくれている。
――格好良い。
いつも男前だが、正装した彼はとびきり素敵だった。素晴らしく引き締まった体が衣装にぴったりで、キリッとした男らしい顔立ちに映えている。
『君のような美しい色の物がない』
彼はタイとチーフを探してそんなことを言っていたが、適当な物を見つけたのだと思っていた。しかし実は職人に一から染め上げさせていたことを知ったのは最近のことだ。
「カール、とっても似合ってるわ。格好良い」
「……」
あれ?カールは入口に突っ立ったまま、ボーッと固まっている。
「カール?カール!?」
固まったカールを見て、メイクさん達がくすくすと笑い出した。
「新郎様は見惚れていらっしゃるのですわ」
「ええっ!?」
私の驚いた声で、彼はハッと正気に戻った。
「ミーナ!とても似合ってる。綺麗なのに可愛くて……とても素敵だ」
彼は私の腰を持ちふわりと上に高く抱き上げた。ドレスの分かなり重たいはずだが、彼の腕力には問題ないらしい。
「わっ!」
「ふわふわしてて、本物の天使のようだな」
みんながいる前でカールは嬉しそうに私を褒めてくれるが、恥ずかしい。天使ってなんなんだ。
「可愛い。こんな可愛い君を妻にできて、俺は幸せ者だな」
カールはとろんととろけるような顔で私を下から見つめてくる。
「キスしたいがだめだろうな」
「な、な、何を言ってるのよ!絶対にだめ!」
「……我慢する」
「もうおろして」
私がバタバタすると、仕方なく床に下ろしてくれた。
「我慢した分後でいっぱいご褒美もらうから」
耳元でそう囁かられ、私は頬を真っ赤に染めた。ご褒美ってなんなのよ。
「さあ、みんな待ってる。行こう」
「う、うん」
手を差し出した彼は、王子様みたいでキュンとしてしまう。
式場の前に待機していた両親は、私のドレス姿を見て涙ぐんだ。
「ミーナ、とっても素敵よ。あなたは私の自慢の娘だわ。カールと末永く幸せにね」
お母さんにベールをゆっくりおろしてもらう。
「ありがとう、お母さん」
お母さんとゆっくりハグをして、離れた。カールにも「ミーナを頼んだわね」と微笑み、彼は「はい」としっかりと頷いてくれた。
そして、お父さんとはバージンロードを一緒に歩くことになっている。腕をそっと取ると、お父さんは穏やかな瞳でじっと私を見つめた。
「ミーナ、大きくなったな。ついこの間までこんなに小さかったのに」
「お父さん……」
「ミーナは昔から何故か容姿を褒められることが苦手だった」
そう、私が嫌がるから両親はいつからか私を『可愛い』とか『綺麗だよ』とか言わなくなった。小さい頃はきっと……お父さんは娘に言いたかっただろうに私の気持ちを優先させてくれた。
「でも今日は言わせてくれ。ミーナ、ドレス姿とっても綺麗だよ。君はいくつになってもずっとずっと可愛い俺の娘だ」
「お父さん……うっ……ううっ……ありがとう。嬉しい」
「ミーナ、泣くな。めでたい日に涙は似合わない」
お父さんはいつもの明るい感じに戻り、ニッと笑ってバシッと私の背中を叩いた。
「お父さんが泣かせたんじゃない」
私が怒ってポカポカと叩くと、お父さんはガハハと笑った。よかった、いつものお父さんだ。
メイクさんにお化粧を直してもらい、準備は整った。私はもう泣かない!と気合を入れる。
「じゃあ先に行く」
「うん。緊張してる?」
「ああ、人生で一番ね」
そう言いながらも、全く動じていない様子の彼は背筋を伸ばし扉の中へ消えていった。お母さんも席に戻っていった。中からはワーッと拍手と歓声が上がっているのがわかる。
「さあ、行こう」
「ええ」
お父さんと一緒にゆっくりとバージンロードを歩く。教会のステンドグラスからは光が差し込み、きらきらととても綺麗だ。
町のみんなは、私が出てきた瞬間ハッと息を飲み……その後は祝福の言葉と拍手を沢山くれた。
「ミーナ、綺麗だよ」
「可愛い!ドレス似合ってる」
「バッカスの方が緊張してんな!」
「あははは……」
みんな私の小さい頃からの知っている人ばかりだ。お父さんは歩きながら「うるせー」とか言い出すので、涙なんて引っ込み面白くなってきてしまった。
カールもその様子をケラケラと笑って眺めていた。神聖で厳かな式ではないけれど……私はみんなに祝ってもらえてとても幸せだ。
「ミーナ、幸せになれ」
「はい」
「カール、娘を泣かせたら殺す」
「はい。幸せにします」
「頼んだぞ」
お父さんの腕から離れ、カールの腕にそっと手を組んだ。カールは私の手を撫で、ニッコリと微笑んでくれた。
私達はみんなの前で永遠の愛を誓い合った。そして口付けの時。
彼はヴェールをそっとめくり「愛してるよ」と呟いた後、触れるだけのキスをした。
その瞬間割れんばかりの拍手が鳴り響き、わーわーと式場が賑やかになった。ヒューッと鳴らされる口笛や「おめでとう」「お似合いだ」の声。
私達はあまりの盛り上がり具合に、顔を見合わせて笑った。二人で歩くと、みんながたくさんの美しい花びらをかけてくれる。それは色とりどりでとても綺麗だった。
そして、式は無事終わり披露宴へ移動する。披露宴と言ってもうちの食堂と庭を開放して食事を振る舞うことにした。今日は町中が私達の結婚祝いでお祭りのようになっている。
今日の食事の準備はカールも含めて四人で下拵えをした。ケーキは町のケーキ屋さんが作って持ってきてくれた。お酒はフレデリック様とパトリシア様がお祝いだとみんなの分も用意してくれてありがたかった。
「乾杯!」
貴族の式とは違って、本当にアットホームで気軽なものだ。カールはびっくりしているのではないかと少し不安になった。
「カール、驚いた?貴族の結婚式と違いすぎてびっくりしたでしょ?」
「ああ、少し驚いたけどいいな。堅苦しい方が面倒だ。それにみんな本心からお祝いをしてくれているのがわかる」
「そうね」
貴族の結婚は政略結婚も多く、お祝いと言いつつも腹の探り合いの部分もよくある。裏では「あの人にあの女は似合わない」とか「金目当てだ」とか「騙されたのよ」とか……酷いことを言われることなんて日常茶飯だ。
それに比べて、この町の人はとても素直だ。嬉しいことはみんなで分かち合い一晩中お祝いする。そもそも祝う気がないなら、この場には来ないのだ。
するとフレデリック様とパトリシア様が一緒に挨拶に来てくれた。
「ミーナ、おめでとう」
「お二人とも、結婚式とっても素敵でした。ミーナ様もとってもお綺麗でした!ね、フレッド様?」
「ああ……すごく綺麗だったよ」
フレデリック様がそう言ってくれたのは、明らかに社交辞令だがカールは嫌な顔をした。
「お前は俺の可愛いミーナを見るな」
「……相変わらずだな。お前は」
私とパトリシア様は二人を無視して話を続ける。
「お二人で結婚式に来ていただいて、ありがとうございます。お祝いも沢山いただき感謝しております」
「いいえ。あの……私達も半年後に式を挙げることになったんです」
「まあ、それは素晴らしいです。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
パトリシア様はポッと頬を染めて照れている。もじもじしてる姿も可愛い。
「あの、ミーナ様。私とお友達になっていただけないですか?」
パトリシア様の言葉に私はキョトンとしてしまった。なにこの可愛いお願いは。
「もちろんです!もう私は友達のつもりでした」
「本当ですか!?嬉しいです。あの、その……ミーナ様は先にご結婚されたのでまた色々相談させてください。私お付き合いも初めてなので、わからないことだらけで」
彼女は真っ赤に頬を染めて、小声で私にそう言った。それはもしかして……その夜のこととかなのだろうか。私も全く詳しくないデスガ。
「え……ああ、はい。私も沢山話したいことがあるわ」
「じゃあまたお茶でもしましょう。ふふ、楽しみですわ」
こんな可愛いお友達ができて私は嬉しい。彼女と遊ぶ約束をして、私達は別の来客の対応に追われた。カールは結構お酒を飲んでいるが、全く表情は変わらない。私も飲もうとしたが「今日は絶対ダメ」とカールに取り上げられた……残念。
「ミーナ結婚おめでとう」
振り向くと、そこにはピシッとジャケットを着たダニーがお祝いに来てくれていた。
「ダニー……ありがとう」
「めちゃくちゃ綺麗だった」
「うん」
「幸せに……絶対幸せになれよ!!」
彼の瞳は少しだけ潤んでいて、声も掠れていた。ダニーは私の幼馴染で、小さな頃から良い事も悪い事も沢山してきた。
「うん、幸せになる」
「おう……ならいい」
カールはダニーをチラリと見たが、間には入らず別の人と談笑を続けた。
「お祝い悩んだんだけど、俺は鍛冶屋だから手作りの物贈りたくて。でも包丁って結婚式には縁起悪いだろ?切る的な……だからさ、ちょっと待ってくれ。店の開店祝い兼ねてミーナのと……あいつの包丁はひと回り大きいサイズにして名入れして持ってくから」
「作ってくれたの?」
「ああ。最高の出来だから、楽しみにしてろ」
ダニーは得意気にふふん、と笑った。
「一生大事にする!ありがとう」
私が子どもの頃のようにダニーにハグすると、彼はぶわっと頬を染めて焦った。
「ちょっ、ミーナ……や、やめろ」
「だって嬉しいんだもん」
その瞬間に、カールがやってきてベリッとダニーからすごい勢いで体を離された。
「ミーナ、君はもう人妻だから簡単にハグなんてしちゃいけない。ミーナは全く気のない相手でも、男っていうのはすぐ勘違いする馬鹿な生き物だから触れると危険だ。特に恋人もいない可哀想な男には気をつけてくれ」
「おい!聞き捨てならねぇな」
「ダニーのこととは言ってないけどな」
「絶対俺のことだろ!?」
ギャーギャーとまた歪みあっている。ああ、また始まってしまった。
「ミーナちゃん、おめでとう。これどうぞ」
「ライラ!ありがとう」
彼女はすごく綺麗な大きな花束を持ってきてくれた。ライラは一つ年下で、花屋の娘だ。私は彼女がダニーのことを好きなことを知っている。二人のお母さん同士が仲良く、ダニーに昔から懐いていた。
「ミーナちゃんすごい可愛かった。旦那様も男前だって噂あったけど、本当に素敵だね」
「ありがとう」
「またご飯食べに行ってもいい?」
「うん、もちろんよ。ダニーと一緒においで」
私がそう微笑むと、彼女は恥ずかしそうに俯いた。元気で明るい彼女は、ダニーにも積極的だが……やはり年相応に可愛らしい。
彼女は私の耳に近付いて、聞こえないように小声でそっと告げた。
「何度も誘って、今度やっとデートしてくれることになったの」
「そうなんだ」
「まだミーナちゃんのこと好きなのかな?」
「まさか、もう友達よ。私は結婚もしたのよ?」
「そうだよね、頑張る!応援してくれる?」
「もちろん」
ライラの顔はパッと明るくなり、ニッコリと笑った。そしてカールと言い争ってるダニーの腕を、後ろから掴み「あっちの料理食べに行きたい」と甘えている。
「ライラ!ちょっと……離せ。恥ずかしいだろ」
「いーじゃん。一人じゃ寂しいもん。ね、バッカスさん達にも話に行こうよ」
「あ、ああ」
「カールさん、ご結婚おめでとうございます。ミーナちゃんをお願いしますね。失礼します」
「ああ。来てくれてありがとう」
カールはダニーに意味深な視線を送り、ニヤリと微笑んだ。ダニーは少し気まずそうな顔をしたまま、ライラに連れて行かれた。
「カール、あの二人いい感じだと思わない?」
「ああ、お似合いだな。ミーナと俺には遠く及ばないけどな」
「……馬鹿」
私は真っ赤になって頬を隠した。彼はチュッとこめかみにキスをした。




