39 約束の日
「パトリシア様、フレデリック様はあなたと婚約したことを話にきてくださったの。それで……あの、もしよかったら私達の結婚式にお二人で来てくださらない?二週間後だからすぐなんだけど」
「二週間後に結婚式なんですか!?おめでとうございます。わ、私も伺ってよろしいのですか?」
「ええ、もちろん。ね?カール」
「ああ」
カールも私達の結婚式に誘うことを、快く頷いてくれた。
「フレッド様……その、私もご一緒しても……あの……」
彼女はフレデリック様を上目遣いで、じっと見つめた。きっと自分が参加してもいいのか確認したいのだろう。
「今日はそれをミーナに頼みに来たんだ。僕の大事な人と……一緒に祝わせて欲しいと」
「フレッド様が私のために?私、とっても嬉しいです。是非お二人のお祝いをさせてくださいませ」
心から嬉しそうに微笑んだ彼女はとっても可愛かった。
「パティ……」
「フレッド様……」
二人は見つめあって今にもキスをしそうなくらい、甘い雰囲気で見ているこっちがドキドキしてしまう。
「もう帰れ!商売の邪魔だ。それにお前のにやけた顔なんて見たくねぇんだよ」
「なんだ、羨ましいのか?お前はミーナに相手してもらえてないんだな。可哀想に」
「なんだと!?俺達はラブラブに決まってんだろ」
「へー……」
「その目はなんだよ!」
二人の子どもっぽいやりとりを見て、私とパトリシア様はケラケラと笑った。この二人は仲が良いのか悪いのかよくわからない。
「男の人って何歳になってもしょうがないわね」
「……ですね」
そろそろ店も開けないといけないので、二人とはここでさよならになった。
「ミーナ、式楽しみにしてる」
「ありがとうございます」
「新しい店ができたら……二人で食べに行ってもいいかな?」
「もちろん。歓迎します!」
「ありがとう。パティ、行こうか?」
「はい、本当に本日はご迷惑をおかけしました。お二人ともありがとうございました」
そして、笑顔で手を振って別れた。驚いたけど、フレデリック様も幸せそうで良かった。
「素敵な婚約者さんが見つかって良かったわね」
「ああ、そうだな」
カールは嬉しそうにニッと笑った。彼にしては珍しく素直な返事だ。
「ふふ……カールもなんだかんだ言いながらもフレデリック様のこと好きなのね」
「は?」
「だって嬉しそうに笑うから」
カールははぁ、とため息をつき呆れたような顔で私を見てきた。
「ミーナは何もわかってないな」
「なにが?」
彼は私の耳の傍に口を寄せ、小声で囁いた。
「ミーナを好きな男が一人減ったのが嬉しいだけ」
そう言って、ちゅっと耳にキスをされた。私はブワーッと顔が真っ赤に染まった。
「……ソーデスカ」
「そうだよ」
「そーいえば……か、可愛い人だったね!パトリシア様」
「そうか?君の方が何百倍も可愛い」
「ええっ!」
「当たり前だろ。ミーナが一番だ」
恥ずかしいから話題を変えようとしたのに、結局もっと恥ずかしいことになって私は全身真っ赤になって俯いてしまった。
♢♢♢
今日はレストランは臨時休業。そして、明日はもう私達の結婚式だ。隣町に素敵な新居も完成し、家具も購入して服などもほとんど移動させた。
カールはいつになく緊張した様子で、キッチンで作業している。そう……今日は彼が私達に料理を作ってくれる日。お父さんとカールの約束の日だ。
「カール、何か手伝おうか?」
「ありがとう。でも、今日は自分一人でやりたい。ミーナにも食べて欲しいし」
「ん……わかった。カールがとても努力してたの知ってるから。楽しみにしてる」
「ああ」
彼は剣を包丁に持ち替え、毎日料理の勉強を続けて今では立派な料理人になった。あとはお父さんのオッケーが出るかどうかだ。
「今日はお時間をいただき、ありがとうございます。これから料理をお出しします」
「……」
「カール、楽しみにしてるわ」
お父さんは無言で、お母さんはニコニコしている。
色とりどりの野菜とチーズのサラダは見た目も味のバランスも良くできているし、ぷりぷりの海老の入ったキッシュは上はふわふわで下の生地はサクサクに焼けていてお世辞抜きでとても美味しかった。
「カール上手になったね!美味しいわ」
「うん、パイ生地さくさく!」
私はカールが一人で作れるようになっていることに、感動して涙が出そうだった。お母さんも食べながら嬉しそうにしている。
「これがメインです」
彼が出してくれたのはビーフシチューとパリパリに焼いたパン。シチューはお父さんの得意な料理だ。何時間も煮込んだお肉は、スプーンでもほろりと崩れるほど柔らかい。
ぱくっ……もぐもぐ。
――とても美味しい。美味しいけれど、お父さんの味とは違う。何というかカールのシチューの方がお上品な感じで、お父さんの方が荒々しいというかガツンとくる味だ。
お父さんは全てを食べ終えるまで、終始無言を貫いた。
「カール、ご馳走様でした」
三人とも全てを平らげて、カールにお礼を言った。さて、お父さんは何と言うのだろうか。
「……カール、料理上手くなったな。お前は何も知らなかったのに今までよく頑張ったよ」
その言葉にカールの瞳が潤んだのがわかった。彼はお父さんに向かって、深々と頭を下げた。
「……合格だ。これなら客に出しても恥ずかしくない」
「バッカスさん、俺に料理を教えてくださってありがとうございました」
「教えるのは当たり前だろ?お前は俺の息子なんだから」
お父さんはハハハと笑いながら、カールの背中をバシバシと叩いている。
「でも、シチューはまだまだ俺のが美味いな」
お父さんは得意気にニッと笑った。カールはしゅんとしている。
「わかってます。同じ分量で同じレシピのはずなのになぜなんですかね」
「あー……たぶんお前、高いワイン使ったろ?煮込むには安い方が美味い。あとニンニクのつぶし方が甘いのと最初の炒めが少ない。だから上品な味になる」
「なるほど。気をつけます」
「だが、肉はいい感じだった。蕩ける」
「はい!ありがとうございます」
私はカールの頑張りが報われたことが嬉しくて、涙が出てきた。
「うわーん、カールよかったね。おめでとう」
カールの胸の中に飛び込んだのを、彼は驚きながらもしっかりと抱きしめてくれた。
「ミーナ、ありがとう」
「美味しかった!本当に今まで頑張ったね」
「これで君と一緒に料理が作れる」
「うん。私の夢を叶えてくれてありがとう」
私は涙腺が崩壊して、号泣していたが……お母さんに「泣いたら明日不細工になるわよ」と笑われて必死に涙を止めた。結婚式に目が腫れるなんて絶対に嫌だもの。
「ミーナと一緒にレストランをしたいと言ってくれた時、俺はとても嬉しかった。ありがとう。カール、これから……ミーナを頼む」
「はい、絶対に幸せにします。店は二人で頑張ります」
「ふふ、私からもお礼を言わせて。ミーナは昔から『甘えたり、可愛がられることが苦手』なの。でもあなたに出逢ってから、ミーナは素直に甘えられるようになったわ。それが母親としてとても嬉しいの。この子を選んで、愛してくれてありがとう」
「ケイトさん……ミーナを大事にします。いっぱい愛して甘やかします。だから安心してください」
彼の瞳からポロリと涙が一筋溢れた。それはとても綺麗で……私もまた泣いてしまった。
「お父さん、お母さん。今日まで育ててくださってありがとうございました。本当に二人の子どもで良かった。私を愛して、守ってくれて感謝します。これから私たちも二人のような仲の良い夫婦になりたいと思っています」
話している間、カールは私の手をギュッと握って寄り添ってくれた。お父さんは「ミーナ……ミーナ!」と私の名前を呼びながら号泣し、お母さんに笑いながら慰められていた。
そして私は今……目を冷やしたり、温めたりしながら明日に備えている。
「カール、明日不細工だったらどうしよう」
何で私はあんなに泣いてしまったのか、後悔している。
「はは、どんな君でも可愛いよ」
「うそだ。それでなくても、ちんちくりんだもん」
「うわ……ソレ言ったこと根に持ってるのか」
「女は言われた悪口は忘れないのよ?」
私はふふん、と意地悪くカールに向かってそう告げた。彼は「一生かけてその暴言を償うよ」と笑って私の頬にキスをした。
「じゃあ、おやすみ。今夜はゆっくり寝ておいて?」
「緊張して眠れないかも」
「だめ。明日は寝かしてあげられないから」
彼は私の髪をひとすくいし、ちゅっと口付けた後に妖艶に微笑んだ。
「カール……余計眠れなくなるわ」
「そうだな。ごめん」
「カール、私明日がとっても楽しみ」
「俺もだよ。俺の夢が叶う日だから」
カールは愛おしそうに目をきゅっと細めて、私の髪をゆっくりと優しく撫でた。
「カールはすごく表情豊かになったね」
「……出逢った時の俺は酷かったからな」
「うん、生きてるのに死んでる目だったもの」
「ミーナが救ってくれた。俺に生きる希望をくれたんだ。ありがとう」
「カール……」
「俺は十五年間、時が止まっていた。ミーナと逢って好きになってから俺の全てが動き出した。食事を美味しく感じたり、仕事した後に眠るのが気持ちよかったり……町中の何気ない景色も色鮮やかに煌めいて見えた」
彼は私の手を握って、左手の指輪を撫でた。
「ミーナに恋してから……君の一挙一動で嬉しくて飛び跳ねたくなったり、言葉も出ない程落ち込んだりする。こんなに感情が揺さぶられるのは初めててで戸惑った。冷静とかクールだと言われていた過去の自分はもうどこにもいない。自分でやきもち妬きで嫉妬深いことも気がついたしな。でも……こんな感情的な自分も嫌いじゃないんだ」
カールは少し恥ずかしそうに微笑んだ。私は彼の手を取りしっかりと繋いだ。
「私も。カールに逢ってから変わったわ。ずっと容姿のこと褒められるの嫌いで怖かったけど……あなたに『可愛い』って言われるのはとても嬉しい。それに、あなたに触れるとドキドキするのにもっと触れてほしくなる。あと、あなたが傍にいてくれたら何があっても大丈夫だって勇気がもらえるの。こんな気持ち、私も初めて」
その瞬間に私は彼に抱きしめられた。私も彼の背中に手を回してきゅっと握る。
「ミーナ、可愛い」
「あ、ありがとう」
「可愛いよ。大好き」
「う、うん」
「ずっとずっと……毎日いっぱい伝えるから」
私の頬にちゅっ、ちゅと沢山キスをされる。私はされるがままだが、くすぐったいし恥ずかしい。
「……時々で大丈夫だから」
「だめ。それじゃあ俺の愛が伝わらない」
「伝わってるよ」
「まだ足りない。俺の愛はこんなものじゃないからな」
「……なっ!」
私はブワッと身体中が真っ赤に染まった。
「今夜はこの辺で終わりにするよ。続きは新居で君の可愛さと愛を伝えるから覚悟しておいてくれ」
「ええっ……」
「愛してるよ、ミーナ。おやすみ、よい夢を」
私のおでこに軽いキスをして、布団を肩までかけてポンポンとしてくれた。
「うん。カールもよい夢を」
彼は「ああ」と短い返事をして、部屋を去っていった。
ドキドキドキ……胸が苦しいが、今の私は早急に眠らなければならない。結婚式の準備は大変で、特に花嫁は早起きしてしなきゃいけないことが沢山あるのだから。なんとか心を落ち着かせて、目を閉じた。すると泣いた疲労感もあったのか、意外にも深い眠りにつくことができた。結婚前日に安眠できるなんて、なかなか自分はメンタルが強い人間らしい。




