31 旅行
それから数ヶ月経過し、私達は仲良く暮らしている。最近はカールも簡単な料理を任されている。
「あー……腹減った!ミーナ、日替わりランチちょうだい」
「あら、ダニーいらっしゃい。久しぶりね」
「この一週間めちゃくちゃ忙しかったんだ」
「そうなんだ。お疲れ様」
ダニーは、私とカールと婚約者になった後も今まで通り食堂に通ってくれている。私達は、すっかり友達だ。
「はい、先にスープ置いとくね」
「ありがとう。あー……美味い」
その言葉を聞き耳を立てて聞いているのは、奥にいるカールだ。
「ダニー、そのスープ美味しい?新作なの」
「ああ、美味い!」
「へぇ……良かったわね。カール!」
そう言って彼に微笑むと、カールはニヤリと笑った。それを見てダニーは誰が作ったか気が付いたようで、ハッと青ざめた。
「ま……まさか、これ」
「そう、カールが作ったの。お父さんの指導ははいってるけど」
「マジかよ!一番褒めたくない奴を褒めてしまった!!」
ダニーは頭を抱えて、叫んでいる。それを見てカールはニヤニヤと笑いながら「お褒めいただき、光栄です」とわざと丁寧に頭を下げた。
お父さんとお母さんもカールの料理の腕の成長に、嬉しそうだ。
「はぁ、でもいいや。俺は美味いものを不味いなんて言えねぇし!」
「……お前ってやっぱ素直ないい男だよな」
「知らなかったのかよ」
ダニーとカールは言い合ったりもするけれど、なんだかんだで仲が良いようだ。
♢♢♢
そしてついに結婚式まであと一ヶ月になった時に、カールに「メラビア王国があった場所に、一緒に行ってみないか?」と提案された。
メラビア王国のあった場所……つまり今のシュバイク王国へ行くということだ。
「ミーナと結婚する前に、俺は過去の自分に区切りをつけたいと思っているんだ」
「過去の自分に……」
「君とキャロラインが別人だとは理解してる。けど、やっぱり両陛下に君を妻にする許しを乞いたい」
私は驚いた。カールの言う両陛下というのは……きっとキャロラインの両親のことよね。
「それは……どういう?」
「お墓に参りたい。長らく行けていないから」
「お墓!?お墓があるのですか?」
「ええ。メラビア国王家のお墓を先代のシュバイク国王が、作ってくださいました。しかし暗殺されたので、骨はなく……遺品が入っているだけだが」
「そうなのね。いえ、でもお墓があるのを知らなかった。ありがたいことね」
私は前世の記憶が鮮明に蘇り、ぐすぐすと泣き出してしまった。彼は私の頭を優しく撫でながら、慰めてくれている。
「先代のシュバイク国王にも世話になったから、結婚の報告もしたいと思っている」
「先代の……って、ジョセフ王子のお父様よね」
「ああ、そうだ。今は第二王子だった方がシュバイク国王陛下になられている」
「私も伺っていいの?」
「もちろん。俺はあなたと一緒に行きたい」
「うん、ありがとう」
そして、両親には「カールがお世話になった人に結婚の報告に行く」とシュバイク王国への旅行を認めてもらった。
「カール、部屋は別にしろよ」
「え?聞こえませんでした」
「まだお前たちはただの婚約者だからな!」
「バッカス!ミーナはあと一ヶ月で嫁に行くんだからもういいじゃないの」
「だめだ。まだ俺の娘だ!カールのじゃない」
お父さんは、以前にも増してセンチメンタルな気分らしく私を抱きしめながらそう言った。
「お父さん、結婚しても私はお父さんの娘なことには変わらないよ」
私がそう言うと、お父さんに「ミーナっ、なんていい子なんだ」とさらにぎゅうぎゅうと抱き締められた。うゔっ、苦しい。お父さんはどっちかというと、あっけらかんと男らしい気がしていたけど娘の結婚に関しては違うらしい。
「カール、ごめんなさいね。こんな父親で」
「いえ、気持ちはわかりますから」
「仲良く婚前旅行して来なさい。私達も親の目を盗んで泊まってたもの」
「え……そうなんですか?」
「バレて私の父にバッカスは殺されかけてたけど」
「ハハ、男は皆しょうがないものですね」
「カール、賢いじゃない!」
そんなこんなで、カールはお父さんに「部屋は絶対に別!」と約束をさせられていたものの旅行は認めてもらえた。
そして、当日カールはものすごく立派な馬車を用意してくれていた。
「え……?これに乗るの?」
「ああ。俺が婚約者とシュバイク王国へ伺うと王家へ手紙を出したら、用意してくれた」
「すごく豪華な馬車」
「せっかくだ。使わせてもらおう」
私がポカンとしていると、御者の方に挨拶をされる。
「カール様、王宮までご婚約者様と共に安全に送り届けさせていただきます」
「ああ、頼む」
「よ、よろしくお願い致します」
私が頭を下げると、人の良さそうな御者はにこりと微笑んだ。
「じゃあ行こうか。ミーナ、手を」
私を馬車に乗せるために、カールが手を差し伸べた。さすが元侯爵家の御子息。無駄のないエレガントな動きだ。久しぶりのエスコートに少し恥ずかしくなるが、そっと手を取った。
平民になって気がついたが、よっぽどボリュームのあるドレスでない限りはエスコートなしでも馬車には一人で乗れる。だが、してもらえるということは「大事にされている」ということなのだろう。
「お父さん、お母さん行ってきます。お土産期待しててね」
「三日後の夜には、必ず二人で帰りますので」
私が手を振ると、二人は「楽しんでおいで」と見送ってくれた。
シュバイク王国へは馬車で十時間程の長旅だ。国土が大きいため、領地に入るのはすぐだが王宮まではそれくらいかかる。
「ミーナ、長旅だから楽にしててくれ」
「ええ。でも旅行なんて久しぶりだから、ワクワクしちゃう」
私は馬車の窓を開けて、外の景色を眺めた。入ってくる風も気持ちがいい。
「そうだな。二人で旅に行けるなんて、夢みたいだ」
「ミーナになってから、国外に出たことなかったから嬉しい。平民は仕事や余程の理由がないと国境越えられないし」
「そうなのか。シュバイクに着いて、王家への挨拶が済んだら美味いものでも食べよう。おすすめの店がある」
「本当!?嬉しい。ねぇ、王都でお店も見てもいい?」
「もちろん」
「シュバイク王国でしか売ってない香辛料とか紅茶とか買いたいの!!」
あー……想像しただけで楽しい。どうしても、国外の物を買おうと思うと高いから旅行ついでに購入するのが一番良い。
何故か彼はくくっと笑い出した。私、何か変なことを言ったかしら?
「ごめん。ミーナが買い物がしたいと言うから、珍しく服とか宝石を強請ってくれるのかと思えば……食品だったから」
――なるほど。昔ならそうだったかもしれないが、今は食べ物の方がいいのだ。
「服や宝石はいらないわ。指輪は……大事なこれだけで十分だし」
私はカールに貰った薬指の美しい指輪をそっと撫でた。彼は私の肩をそっと抱き寄せた。
「そんな可愛いことを言われたら、困るな。これ以上俺が君を好きになったらどうするんだ?」
ちゅっ、と私の頭にキスをした。
「いいわ。いくらでも好きになってくれて」
「言うね。でもミーナが困るかもよ?」
「私も……昨日より今日の方があなたのこともっと好きだもの」
言った後で私は恥ずかしくなり、彼から目を逸らし、窓の外に顔を背け外を眺めた。
隣から太い腕が伸びてきてパタン、と勢いよく窓を閉められた。え……、なんで閉めるの?
私がゆっくりと振り返ると、カールの瞳がギラリと光っていた。な、な、なにその色気だだ漏れの顔は!?
「ミーナが悪い」
「は?」
「君がそんな風に煽るから。ここは密室で、久々に俺達は二人きり……この意味わかる?」
「ワ、ワカリマセン」
「ならじっくり教えよう。なに、まだまだ着かぬから大丈夫だ。たっぷり時間はある」
その綺麗な笑顔が恐ろしい。
「ちょ、ちょっと落ち着いて」
「君と二人きりで、落ち着くなんて無理な話だ」
ジリジリと窓側に追い詰められ、そのままかぷりと激しく唇を奪われる。
「んんっ……ふっ」
「可愛い」
それからは、もう大変だった。一度火がついた彼の欲はなかなか止まらず、唇は腫れるくらい何度も吸われ……かろうじて服は脱がされなかったものの身体中撫で回された。むしろ、よく脱がされなかったものだ。彼にもそこの理性はギリギリあったらしい。
私はその激しい行為に驚き、体も心もキャパオーバーでくたりと力が抜けてしまい……今彼に膝枕をされている。そしてカールは少し気まずそうに、私の頭をゆっくりと撫でている。
「ごめん。やりすぎた」
「恥ずかしい。馬車の中でこんな……」
私は全身が真っ赤になり、彼から顔を隠した。
「それは、馬車じゃなければいいってこと?」
ニヤリと笑ってそんな軽口を言うカールを下からギッと睨みつけるが、彼はなんだかご機嫌だ。
「上目遣いで睨まれても、怖くない。むしろ可愛いから逆効果だ」
蕩けた顔でちょんちょんと私の唇を人差し指で突くので、腹が立ってガブッとあえて歯を立てて指を噛んだ。
どうだ、痛いでしょう?ついに反撃してやったわ!と思っているとカールは真っ赤に頬を染めて私を見下ろしていた。
「なんひぇ、あかくなっふぇるの?」
指を噛んだまま何故赤くなってるのか尋ねるが、返答はない。聞こえなかったのかしら?よくわからないけど、とりあえず痛いだろうから離してあげようと口を開いた瞬間に中に指をスブリと差し込まれる。
「ふぇ……?」
いきなりのことに驚いて、変な声が出る。舌や上顎をふにふにと優しくなぞられ、身体中がゾクゾクして体の熱があがる。口の中の唾液があふれて、とろりと外にこぼれた。
彼はそれを見てそっと指を抜き、私の濡れた唇をそっと拭った。
「指を舐めるなんて誘い方どこで覚えたの?」
「さ、誘い方?」
――誘い方って何?まさか夜系の話!?
それに私は舐めたのではない、噛んだんです!と心の中でツッコミを入れる。
「そんな意図はないから!」
「困ったな、やはり無意識なのか」
「か、か、噛んじゃだめってこと?どーいう意味!?」
「結婚したらゆっくり丁寧に教えるよ。男が好きな人に指を舐められると、どんな想像をするかをね」
ニッコリと笑ったカールに嫌な予感がして、彼の膝から急いで起きあがろうとしたが……グッと押さえつけられてまたキスの嵐を受ける羽目になった。
御者さんがお昼休憩を取ってくれたタイミングで、やっと解放された。私は色々いっぱいいっぱいでぐったりしていたが、カールはすっかり元気になって肌がつやつやしていた……気がするのが恨めしい。
私は用意していた数種類のサンドウィッチとデザートにマフィンをカールに渡す。
「ミーナ、作ってくれたのか?」
「うん!食べたくなるかなと思って」
「めちゃくちゃ嬉しい」
「御者さんのも作ったの!渡してくるね」
私は馬を街の入り口に木に繋いで休ませている御者さんに、サンドウィッチを渡した。
「あの、ご迷惑でなければこれ食べてください」
「え!?ありがとうございます。しかし……私などがカール様のご婚約者様の物をいただくわけには参りません」
ぶんぶんと左右に首を振られて、断られた。私はしゅんと下を向いた。やっぱり迷惑だったか。
「腹が減ってるなら、食べてもらえないか?ミーナは料理人なんだ」
後ろからカールがそう話してくれた。しかも、いつの間にか露店でジュースを買ってきてくれている。私にジュースをくれて、御者さんにも一つ渡した。
「すみません!カール様までお気遣いをいただきまして。はい、ミーナ様サンドウィッチありがたくいただきます」
「良かった。お口に合えばいいんだけど」
彼は遠慮していただけのようで、嬉しそうに受け取ってくれた。
「俺たちも食おうぜ」
作ったのはカリカリに焼いたチキンにソースをつけて、マスタードをたっぷり塗ったボリュームのあるサンドウィッチとハムとチーズに野菜をたっぷり挟んだサンドウィッチにした。あとは砕いたアーモンドとバナナ入りのマフィン。
「うわ……美味そう」
「でしょ?」
パクッ、むしゃむしゃ……ごくん。
「めちゃくちゃ美味い!」
彼はチキンのサンドを食べ、目を細めて幸せそうに微笑んだ。その顔を見て私も笑みがこぼれる。
「ふふっ」
「ん?なに?」
「嬉しいなーと思って。あなたと出逢った時は、カールは無表情で黙々と食べてたもの。今は本当に美味しそうに食べるようになったわ」
「貴族は皆つまらない食べ方をするからな」
「まあね。キャロラインの時は私も表情を出すな!って言われてたもん。平民になってよかったー!外で、素手でサンドウィッチに齧り付いても怒られないし」
私は王族だった時の厳しい礼儀作法を思い出して、わざと嫌な顔をするとカールはハハッと笑った。
「俺もミーナに似てきた」
「あら、それはいい傾向ね」
「ははっ、確かに君に似るなんて最高だ」
彼はしっかりマフィンまでペロリと食べ終えた。そして、旅の準備を整えてまた馬車の中に戻る。
「私が食べたサンドウィッチの中で一番美味しかったです!ミーナ様は素晴らしい料理人ですね!!」
御者さんが照れるくらい大袈裟に褒めてくれるので、私の方が恐縮してしまうくらいだった。
「カール様、奥様がお料理上手なんて幸せでございますね」
ニコニコと笑って御者さんはそんなことを言ってくれる。奥様……おくさま。その一言に私は照れてしまう。カールはチラリと私を見て「そうだろ?私はとても幸せな男だ」と笑った。




