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絶世の美女から平凡な少女に生まれ変わって幸せですが、元護衛騎士が幸せではなさそうなのでどうにかしたい  作者: 大森 樹


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30/44

30 プロポーズ

 お互いやきもちを妬きあって、微妙な雰囲気になった。その沈黙を破ったのは彼だった。


「ミーナ、少し散歩に付き合ってくれないか?」

「え……ああ、もちろん」


 そして、そのまま外に出た。裏の森を進むと、小さな湖がある。その水面には美しい月がゆらゆらと映っていてとても綺麗だった。


「ミーナ」


 前を歩いていたらカールはゆっくりと、私の前に来て……地面に跪いた。


「俺はキャロライン王女だった君も、今のミーナの君も全てを愛している。今度こそ命をかけて君を護るし、君を世界一幸せにする」

「カール……」

「俺と一生一緒にいてください」


 カールはポケットから小さな箱を取り出し、ゆっくりと開けた。そこには……美しく輝く指輪が入っていた。


「はい」


 私が震える手で、それを受け取るとカールは微笑み私を抱きしめた。


「君にきちんと伝えたかった。遅くなってごめん。受けてくれて嬉しい。嬉しくて死にそうだ」

「……今、死なれたら困るわ」

「うん、嘘。ミーナをいっぱい愛してからじゃないと死ねないから」

「そーゆう恥ずかしいこと……平気で言わないで」


 真っ赤になった私の手を取り、左手の薬指にそっとダイヤモンドの指輪をはめた。


「似合ってる」

「ありがとう。とても綺麗」

「渡せて嬉しい」


 カールは私の頭をそっと撫でてくれる。


「ねぇ、カール。私を世界一幸せにしてくれるって言ったわよね」

「ああ、そうだよ」

「じゃあ、私もあなたを世界一幸せにするわ。片方だけじゃだめよ!私達二人で世界一幸せな夫婦になりたい」


 私は勢いよくカールの胸に飛び込んだ。彼は驚きながらも私を受け止め、くしゃりと顔を歪めて笑った。


「あなたという人は……」


 彼の声が震えて涙声になっている。


「本当に……あなたには敵いませんね」

「カール、一緒に幸せになりましょう」

「はい」

「我儘言ってもいい?」

「ええ、なんなりと」

「これからは私以外とキスしないでね」

「……そんな可愛い我儘。ミーナも俺だけって約束して?」

「約束する……んっ……ふっ」


 私達は月明かりに照らされながら、優しく甘いキスを繰り返した。


「愛してる」

「私も……愛しているわ」


 そのまま離れがたくて、家に戻った時はすっかり深夜になっていて……寝ずに心配していたお父さんに「遅い」とちょっぴり怒られて、カールは気まずそうだった。


 そしてお母さんは目敏く、私の左手の指輪を見つけて意地悪く微笑んでいた。お願いだから、今お父さんに指輪のこと言わないでね……とアイコンタクトを送ると、わかってるというように頷いてくれた。


 ジークフリートとのことは解決したことを報告すると、二人とも安心してくれた。これで本当に私とカールに障害はなくなった。


♢♢♢


 町のみんなやお客さん達にも隠すことなく、私とカールが正式に婚約したことを話すことにした。ずっと求婚してくださっていたフレデリック様にも、きちんと伝えたくてお屋敷に向かう。


 今日は頼まれていないが、私が作ったご飯を持ってきた。彼のことは少し苦手だったけど、私のことを好きと言ってくれた気持ちは大事にしたい。


「一人で行かせるのは心配なんだが。あいつはミーナにベタベタ触るから」

「大丈夫よ。あんな感じだけど、本当は紳士な人なの。きちんとお断りしてくるから」

「……わか……った」


 カールもついて行くと言い張っていたが、断った。一人で話すべきことだから。


「急に申し訳ありません。フレデリック様はいらっしゃいますか?」


 彼の家に行き使用人に声をかけると「ミーナ様……」と驚いた顔をした後、にこりと微笑んでくれた。私達の婚約の話は町中の噂になっている。きっともうご存知なんだわ。


「坊っちゃんに声をかけてきますね」


 しかし使用人が動く前に、フレデリック様が降りてきた。


「フレデリック様……」

「いらっしゃい。呼ばれなくてもわかるよ。僕がミーナが来たことに気が付かないはずがないだろ?」


 彼は少しだけ顔色が悪く見えた。


「呼んでないのに君から来てくれるなんて、嬉しいな」

「フレデリック様、あの……お話が」

「僕の部屋に上がってよ。美味しいお菓子とお茶用意するからさ」

「……はい。お邪魔しますね」


 彼の部屋に入ると、律儀に扉は開けたままにしてくれた。密室に二人きりは良くないから。そう、彼は本当はきちんとした人なのだ。世間では彼は大人で落ち着いた紳士だと言われている。


 何故か私の前だけで、気障でハイテンションで少し馬鹿っぽい男だったのだ。


「僕の部屋に入るの子どもの頃ぶりかな?」

「はい」

「母が亡くなった時、小さなミーナが僕を救ってくれたね。あの時持ってきてくれたご飯の美味しさは、今でも忘れられないよ」


 フレデリック様は目を閉じて、昔を思い出しているようだ。彼は幼少期に病気でお母様を亡くし、ショックでご飯が食べれなくなった。裕福な家のため、お父様にはすぐに再婚の話が幾つも舞い込み……その事実も幼い彼には耐えがたかった。お母様を愛していたお父様は今でも後妻を迎えてはいないが。


 前世の記憶のせいで、精神年齢だけは高かった私は不憫に思いフレデリック様の家に通いつめた。そして最初は無視されたり喧嘩したりしたが、何とか食べられるようになり……そして元気になった頃には私を溺愛するようになっていた。


『ミーナ、僕のお嫁さんになりなよ』


 これが彼の口癖だ。そして今に至るまで私を追いかけて回して、嫌がられていたというわけだ。


「フレデリック様、ご存知かもしれませんが私はカールと婚約しました」

「……」

「今日はそのご報告に来ました。今まで私のことを好きでいただいたこと、感謝しています。ありがとうございました」


 嘘偽りなく、真っ直ぐ彼の目を見てそう告げた。すると、彼はハハ……と乾いた笑い声をあげた。


「知っていたよ。みんなが噂していたから。覚悟もしていたけど、ミーナから直接聞くと現実味をおびていて……堪えるな」


 彼は顔が見えないように手で隠して、深く俯いて動かなくなった。


「僕じゃだめ……なんだよな」

「フレデリック様がだめなのではなく、私はカールが良いのです」

「わかった。きちんと振ってくれてありがとう」


 彼の声は震えていたが、まだ彼は俯いたままで表情は見えなかった。今日の彼はなんだか落ち着いている。私は「婚約?そんなの許さないから!」とぎゅうぎゅうと抱きつかれ、泣きついて騒がれることを覚悟していたので少し拍子抜けだ。


「フレデリック様、今日は雰囲気がいつもと違いますね」

「違う?そうかな」

「ええ。私の前ではいつも……なんというか軽い感じの雰囲気でしたから」


 彼は頬を真っ赤に染めて、ゆるゆると顔をあげた。


「すまない。嫌だったよな」

「いえ」

「君の前ではドキドキして緊張するから普通に話せなかった。だから、あえて軽薄に振る舞っていた。そうすれば君に話しかけられるし、その……触れられるから」


 フレデリック様は恥ずかしそうにまた俯いた。え?彼は緊張したから、あの態度だったの??


「そうだったんですか」

「……自分が恥ずかしいよ。こんなんで、君に好かれるわけがない」


 彼はふぅ、と大きく息を吐いた。顔を上げた彼は、見違えるようにキリッとしていた。


「最後に一つだけお願いを聞いてくれないか?」

「……私にできることなら」

「一度だけ抱きしめさせてくれ」


 彼の真剣な表情に、私はこくんと頷いた。彼は「ありがとう」と言い私を遠慮がちにそっと優しく抱きしめた。


「ミーナ、僕は本気で君が大好きだった。僕に恋を教えてくれてありがとう」


 そして、すぐに私の体を離してくれた。


「どうか幸せになってくれ。婚約おめでとう」

「ありがとうございます」


 私はその言葉が嬉しくてポロリと涙が溢れた。彼は困ったように眉を下げ、私の涙をそっと指で拭ってくれた。


「これ、良かったら食べて下さい。全て私が作りました」

「ありがとう。いただくよ」

「では、帰ります」


 使用人の皆さんにも頭を下げると、みんな「ご婚約おめでとうございます」と「また遊びに来て下さいね」と言ってくれた。そして何故かみんな顔を見合わせてクスクスと笑っている。


「客間でカール様がお待ちですよ」


 そんなとんでもないことを、言われてフリーズした。


「え……?」

「カール様が、うちの門の前でソワソワしていらっしゃったので、入ってもらいました」

「ええっ!?そうなんですか。す、すみせん!」


 家で待っててって言ったのに!なんで来ているんだ。


「堪え性のない男だな。くく、余程ミーナに好かれている自信がないらしい。一生悩めばいいんだ」


 フレデリック様は面白そうに笑った。私は急いで客間に向かった。


「カール!フレデリック様のお家で何をしているのよ」

「ミ、ミーナ。いや、やっぱりなんか不安だから迎えに行こうと思って……その……」


 カールは目線を逸らしながら、しどろもどろに言い訳をしている。


「そんなに不安なら僕が貰い受けるが?」


 後ろからフレデリック様がひょっこりと客間に顔を出した。


「はあ?なんだと」

「ミーナ、余裕のないこんな男は嫌だろう」

「渡すわけないだろ」


 二人ともギロリと睨み合っている。あーあー……なんか二人とも子どもの喧嘩みたいで頭が痛い。しかし、今日のフレデリック様はやはり大人だった。


「ミーナを泣かせたら許さないからな」

「泣かせるわけないだろう」

「……幸せにしろよ。絶対に」


 フレデリック様の真面目な声と顔に、カールもキュッと顔を引き締めた。


「ああ、絶対に幸せにする」

「……じゃあいい。僕の前で惚気られるのも鬱陶しい。さっさと二人で帰れ」

「言われなくても帰るに決まってんだろ」


 さあ、とカールに肩を抱かれフレデリック様の家を出るように促された。私は最後に一度だけ振り向いた。


「ミーナ、さようなら」

「さようなら、フレデリック様」


 彼は哀しそうに笑い、手をあげて振っていた。私はぺこりと頭を下げて、カールと一緒に歩いて行った。もう……振り向くことはしない。


♢♢♢


 帰ってからのカールは甘えたがりで大変だった。私は今料理の下拵えをしているが、手伝ってくれる……と言いながら傍を離れずにずっとべったりされている。


「カール!もういい加減私から離れて。包丁使ってるのに近くにいたら、危ないから」

「嫌だ」

「なんでよ」

「ミーナが悪い。君が色んな男から好かれるから心配だ。なんでそんなに人たらしなんだ!」

「なにそれ?あなたの方がよっぽどモテるでしょ?町を歩けばキャーキャー言われるくせに」


 カールはこんな田舎にはいない、ガッチリした体に整った顔立ちのためとても目を惹く。私は女性達が、カールをうっとりと見ているのを知っている。若干嫉妬はするが、しょうがない。


 婚約者という贔屓を差し引いても、彼は男前なのだから。


「俺のは外見だけを見てるだけ。ミーナのは……みんな本気で困る」


 そう言って、私を後ろからぎゅうぎゅうと抱きしめた。


「婚約までしたのに、困った人ね」

「なんか俺は一生安心できない気がする」

「ええ?結婚しても?」

「人妻が好きな男もいるから。ミーナ、結婚しても油断しちゃだめだからな」

「あなたは心配しすぎよ」


 彼はちゅっと耳にキスをした。


「君は自分の魅力がわかっていないから、心配だよ」

「……誰に好かれても、私はあなたにしか惹かれないわ」

「え?」

「だから!カールのことしか好きにならないから大丈夫ってこと!!」


 私は恥ずかしくて、ぶっきらぼうに大きな声でそう言った。彼は真っ赤に頬を染めて「……まずいな」と呟いた。


 なにがまずいのかと思っていると、欲のこもった彼の瞳がギラリと獰猛に光った。


「そんな可愛いこと言われたら……男がどうなるかわかってる?」


 彼は私からあっという間に包丁を奪って危なくない場所に置き、顎をぐいっと強引に上向かされる。


 ドキドキドキ……


 口付けされる……と思った瞬間に、バンと扉が開いてお父さんが現れた。私とカールはそちらを向いて固まった。


「お前達、ここでなにしてんの?」


 私達は真っ赤になり、慌てて距離を取った。扉の前に立っているお父さんは微笑んでいるはずなのに、気配が怖い。


「あー……はは、料理の下拵え?」


 へへへ、と笑ってみるがお父さんは無表情のままジッとカールを見ている。これ怒ってる?


「カール、下拵えは俺たち二人でしようぜ」

「いや……ええーっと……はい」

「お前も立派な料理人になれるように、しごいてやるから。ミーナはもう家に戻れ」


 心配になって、カールをそっと見つめると彼は苦笑いしながらも「大丈夫だ」と私の頭をポンと撫でた。


「ほら、やるぞ!」

「はい。お願いします」


 カールはそのままみっちりとしごかれて、夜遅くまで帰って来なかった。今はお父さんがお風呂に入っているうちに秘密で私の部屋に来ている。お母さんは黙認してくれるらしい。


「あー……疲れた」

「ふふ、お疲れ様」

「まさかバッカスさんあんなタイミングで来るなんてな」


 少しげっそりしながら「充電させて」と私にすりすりと頬擦りしながら、抱きしめている。


「しんどいならやめてもいいのよ?無理して料理人になる必要ないもの」

「でも楽しいんだ。自分が作ったものを食べてもらえて、他人を幸せにするなんてすごく良い職業だ。騎士は……護るためとはいえ、どうしても人を傷付けるから」

「そうね」

「それに厳しいけど、素人の俺にちゃんと料理教えてくれるから嬉しい。バッカスさんもケイトさんもいい人だし、好きだよ」


 私の両親のことをそんな風に言ってくれて嬉しい……彼の家族は皆あの内乱に巻き込まれて亡くなってしまっているから。


「俺、幸せなんだ。君と一緒にいれて、新しいこと学んで」

「カール」

「三十二年生きてきて、今が一番幸せだ」


 フッと笑った彼の顔は少し照れていて、私はガバリと勢いよく抱きしめた。


「もっと」

「え?」

「もっともっと、これからは幸せなことばかりよ!私が……幸せにしてあげるから」


 彼は大真面目にそう言い切った私をキョトンとした顔で見た後、くしゃりと顔を崩して笑った。


「それは、楽しみだな」

「うん、楽しみにしてて」


 頬を両手で包んでちゅっ、と触れるだけの口付けをした。


「ハハ、やはり君には敵わないな。俺を幸せにする天才だ」


 また甘い雰囲気になりそう……な時に、お父さんがお風呂をあがる気配がして、二人で顔を見合わせた。


「……秘密」


 彼が耳元で甘く囁いた瞬間、熱く濃厚なキスをされ私が固まっている隙に「おやすみ」と微笑んだ部屋へ帰って行った。


 ゔーっ……格好良い。でも大人の余裕は少しだけ腹が立つ。私は恥ずかしくてベッドに頭を沈めた。この日の夜はドキドキして身体中が熱く、なかなか眠りにつけなかった。

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