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絶世の美女から平凡な少女に生まれ変わって幸せですが、元護衛騎士が幸せではなさそうなのでどうにかしたい  作者: 大森 樹


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29/44

29 さようなら

 美しい封筒に、おそらくアシュベリー王家のであろう押印がされている。つまりこれはジークフリートが正式に私宛に出したものだ。


 中を見るのが怖い。私が俯いたまま手紙を開けずにいると、カールが「俺がついている。何があっても大丈夫だ」と言ってくれたので勇気を出して封を切った。



 ミーナ、私の伴侶はあなた以外考えられぬ

 私は本気だ 君に求婚させて欲しい


 本当は一刻も早くパステノ王国に連れて帰りたい

 我が国の美しい海を美しい君と眺めたい

 綺麗な景色も 美味しい食事も

 君がいないと何の価値もない


 ジークフリート・アシュベリーはミーナを

 心から愛している

 私の全てをかけて 君を幸せにするよ


 今夜、もう一度二人きりで話したい

 あの時の食堂にいてくれ

 逢えるのを楽しみにしている



 それは熱烈な求婚の手紙だった。やはり、彼は本気なのね。この手紙はキャロラインの時にもらったジョセフ王子の手紙に似ている。彼は甘い内容を恥ずかしげもなく書く人だった。そして『手紙の内容は全部本心だよ』とさらりと言って微笑むような人。


 彼はまさに女性が憧れる王子様そのものだった。気障な言動も彼がすれば、可笑しいところはなく……むしろしっくりくるのだ。


「相変わらず気障だな」

「そうね」


 私は困ったように眉を下げた。


「ミーナ、王子と二人きりで話しては絶対にだめだ。俺も一緒に会うから」

「でも……」

「俺は君の婚約者だろ?俺が話をする」


 両親も王家に娘を嫁がせるなんて考えられないし、私がカールを好きな気持ちを尊重したいという意見だった。


 良かった……両親が「玉の輿だ!」なんて喜ぶ人たちじゃなくて。普通なら平民が王子に求婚されるなんて、憧れのシチュエーションだから。


 その日は一日中、カールが私の傍にいてくれた。そして仕事が終わり夜になると、食堂で二人で彼の訪問を待った。両親も心配していたが、カールがついていてくれるからと家に戻ってもらった。


 その時、ノック音がなった。


「はい」

「今晩は。ジークフリートだよ」


 手紙の通り、本当に来たようだ。私が扉をそっと開けて中に入ってもらうと……ジークフリートは嬉しそうにニッコリと微笑んだ。


「君に逢えなかったこの数日は、とても辛かったよ」

「あの……素晴らしいプレゼントを沢山いただいたのですが、困ります。私は平民なので必要ないものばかりです」

「どうしても気持ちを形に表したくってね。いいじゃないか、結婚したら君は平民じゃなくなる。すぐに必要になるよ」


 照れたようにはにかんでそう言った。平民じゃなくなる……?そして彼は、両手に溢れんばかりの真っ赤な薔薇の花束を持っていた。それをどうぞ、と私に差し出した。


「これは僕の気持ちだよ。百八本ある」

「百……八本」


 これは結婚してください、の意味だ。渡された花束が色んな意味でずっしりと重たい。


「手紙にも書きましたが、私はあなたを愛している。結婚してください」

「申し訳ありません。私は……」


 全部言い切る前に、カールが奥から出てきてくれた。ジークフリートは彼に気が付き、あからさまに不機嫌に眉を顰めた。


「ミーナは俺と婚約しました。諦めて下さい」

「……何だって?」

「ミーナは俺を選んでくれました。俺たちは夫婦になります」


 ジークフリートは、哀しそうな瞳で私の顔をジッと見つめた。


「本当なんです。私、カールが好きです。あなたのお気持ちは有難いですが……受け入れることができません」


 私は頭を下げて正直にそう伝えた。


「ふふ……あはははは」


 ジークフリートは、いきなり笑い出した。私とカールは彼が何故笑うのかわからず困惑していた。


「君は昔から本当にお人好しだ。それにとても心が綺麗だよね。そんなところ、やっぱり好きだけど心配だよ」


 それはどういう意味なのか。


「ミーナ、甘いよ。今の立場わかってる?私の婚約の申し込みはお願いじゃない。命令だ」

「なっ……!」

「ルニアス国王陛下にも話したんだ。じゃあ、我が国の民が見染められるなどめでたいことだって喜んでくださったよ。国をあげて祝福してくれるって」


 ニコニコと笑っているジークフリートが恐ろしい。我が国の王にまで根回しをしているなんて。


「あなたは、そんなことする方じゃなかったはずです。いつも誠実で真っ直ぐ向かってきてくださる方だったのに!」

「君への気持ちは嘘偽りなく、誠実でしたよ。でも、それだけであれだけ人気だったキャロラインを婚約者にできたとお思いですか?」

「え……?」

「私はあなたを妻にするため色々しました。お父上には政略結婚のメリットを説き、婚約者候補だった男達のことは全て調べあげた。その候補者には別の女性をあてがったり……秘密を握って自ら君を諦めてもらうように仕向けたりね」


 そんなことをしていたの?王子自ら……?


「当たり前ですよ。好きだって気持ちだけでは、愛おしいあなたは手に入らない。そういうものですよ」

「そんな」

「あなたは優しすぎて、世間の汚さやずるさを知らない。でも君はそのままでいて欲しいんだ。私が君を護るから」


 彼は私の頬を愛おしそうに目を細めて、するりと撫でた。カールがその手を掴んで、引き離した。


「私の婚約者に勝手に触れないで下さい」

「……聞こえなかったか?これは命令だと。お前と婚約してようが、いまいが関係ない。それはもう無効だ」


 二人はギロリと睨み合っている。


「キャロラインが平民に生まれ変わったと知った時、私は後悔したよ。私も同じ身分でいたかったと。でも……今はこれで良かったと思っている。彼女を手に入れるためには絶対的な地位が必要だ」

「そんなもので、手に入れてなんの意味が?」

「綺麗事じゃ、愛する人は手に入らないとわかった。シュバイク王国では英雄でも、お前は今なんの身分もない平民だ。お前と俺では勝負にならない」


 ジークフリートは本当に私を奥さんにするつもりなのか?ありえない。だって、私は前世のように政略結婚をするような立場ではない。それにカールが好きだって気が付いてしまった。


「お願いです。私は……カールが好きです」

「そう。それでも、私は君が好きだよ」

「ジークフリート!話を聞いて」

「聞いてるよ。とても妬けるけど、君はカールに先に会ったから今はそれもしょうがない。でも彼と離れて、私の傍にいてごらん?君はきっと私を好きになる」

「なりません」

「なるよ。君と私は前世から結ばれる運命だ。私と幸せになろう?寂しいならご両親もパステノに呼べばいい。お店もこちらで用意するから、すぐにレストランが開けられるようにする。ああ!君の料理も食べたいから、私たちの自宅キッチンは広くしよう」


 優しく微笑みながら、ペラペラとそんなことを話している。


「ミーナは俺の婚約者だ。たとえ王命であっても、関係ない。無理矢理連れて行くというなら俺を殺してからにしてください」

「ほお?」

「簡単に殺されるつもりもありませんがね」


 カールは私の前に出て、ジークフリートから姿が見えないように隠した。


「本当に、お前は邪魔だな。前世の時から大嫌いだよ」

「奇遇ですね。私もあなたが大嫌いです」

「ハハハ、そこだけは気が合うな。どうせこのままミーナを連れて帰っても、諦めの悪いお前はパステノ王国まで追いかけてくるだろう」

「ええ、もちろん」

「なら……ミーナは私が幸せにするから、安心してあの世にいけ」


 ジークフリートが剣を手にかけた瞬間に、カールも構えた。


 ――だめ!私はどちらにも傷付いて欲しくない。


 私は「やめて」と声を出すより早く、カールの前に体を滑り込ませて手を広げた。


 私が飛び出してきたことに、驚いたジークフリートの顔が目の前に見えた。


「ミーナ、やめろ!」

「ミーナっ!危ない!!」


 ほぼ同時に二人は私の名前を呼んだ。そして、カールに思い切り体を引かれ……ジークフリートは食いしばって振り抜いた剣を何とか止めた。


 それでも少しだけ私に擦り、パラリと一房だけ髪が落ち首に僅かに傷がつき血が垂れる。


 はぁ……はぁ……と二人が息を切らしている。私は怖くて閉じていた目をそっと開ける。


「ミーナ!君は一体何を考えているんだ!」

「そうですよ!死んだらどうするつもりだったんですか!!」

「危ないことわかってるのか!?」

「あなたを刺すなんて、想像しただけで……自分が死ぬより辛い!!」


 二人に囲まれてものすごい剣幕で激怒された。こ……こわい。この二人、気が合うじゃないか。私は小さくなってビクビクと怯えながら「ごめんなさい」と呟いた。


「いえ、こちらこそすみません。首が少し掠りましたね。女性に……いや、愛するミーナに傷をつけるなんて」


 ジークフリートは、眉を顰めたままそれを眺め……急に屈んで私の首から薄らと滲んだ血をペロリと舐めた。


「ひやぁ!」


 変な声が出た。く、く、首を舐められるなんて!?私は真っ赤になり舐められた場所を手で隠した。


「くす、可愛い声」


 ジークフリートは楽しそうに笑っている。そしてカールは信じられないという風に、わなわなと拳を震わしていた。


「何してんだ……この変態野郎!」

「ただの傷の手当てですよ?」

「なんだと!」

「首を吸ったくらいで、この反応とは……彼女はまだ乙女のようだ」


 その通りですけど、そんなこと言わなくてもいいじゃないか。恥ずかしすぎる。カールもなんだか微妙な顔をしている。


「……いや、彼女は心身共に全部俺のものになっています。王家に嫁ぐには純潔の女性でないとだめですよね?だから諦めてください」


 とんでもない嘘をさらりと言い出したカールに、私はあんぐりと口を開けて驚いた。な、な、何を言い出すの!


 ジークフリートは、私をチラリと見てフッと笑った。


「嘘をつくな」

「……嘘じゃありませんよ」

「ミーナに関しては根性なしのお前が、婚姻前に手を出す勇気があるわけがない」

「……あなたは相変わらず嫌な男ですね」


 カールはムッと不機嫌にそう吐き捨てた。ジークフリートはふう、とため息をつき私の顔をそっと覗き込んだ。


「ミーナ、君はカールと一緒になりたいの?」

「ええ」

「どうしても私と夫婦になるのは考えられない?」

「考えられません。申し訳ありません」

「そうか……悔しいけど前世で縁は切れていたのかな?」

「私はミーナとして生まれ変わり、あなたではなくカールを愛してしまったのです。どうか、ご理解くださいませ」

「わかったよ。君が命懸けで剣の前に出てきた時……悔しいけれど、私はこいつに敵わないんだと理解したよ」


 彼はくしゃりと顔を崩して、哀しそうに微笑んだ。


「前世の私は……優しくて強いあなたを尊敬し、あなただけをお慕いしておりました。その気持ちに嘘はありません」

「……っ!」

「前世の私を……キャロラインを心から愛してくださったこと、感謝致します」


 私は王女の時のように話し、王子の前で美しい挨拶(カーテシー)をした。


「キャロ……ライン……」


 震える声でキャロラインの名を呼んだ彼は、私をギュッと抱きしめた。カールは口をギリッと噛んでいるが、止めるべきではないとわかっているようでそのまま拳を握りしめそのまま立っていた。


「愛していたんだ。本当に」

「ええ、わかっております」

「君を護りたかった。私が先に死んで、君にあんな辛い思いをさせたことが、堪えられなかった。私の手で……幸せにしたかったんだ」


 私はトントンと彼の背中を撫でた。


「ジークフリート、私は生まれ変わって幸せです。どうかあなたも幸せになってくださいませ」

「ああ、ありがとう。過去に囚われるのはもうやめにするよ」


 彼は私の体を離して、優しく微笑んだ。それはまさにジョセフ王子の姿そのままだった。


「さようなら、愛おしい人」


 彼は優しく頬を撫で、私の唇にそっとキスをした。え……今、もしかして口付けられた!?いきなりのことに驚いてパチパチと瞬きをしている私の後ろで、カールが大声をあげた。


「……っ!なにしてんだよ!!」


 そしてカールの腕の中にすっぽりと隠され、唇を彼の袖でゴシゴシと擦られる。い……痛い。


「なんだ、口付けくらいで騒ぐな。心の狭い男は振られるぞ」

「はぁ!?勝手なことしやがって!!ミーナは俺の婚約者って言いましたよね?」

「こっちは諦めてやるんだ。グダグダ言うな」


 カールに向かって馬鹿したように鼻で笑った後「ミーナ、幸せにな」とニッコリと笑った。


「はい」

「嫉妬深いそいつに嫌気がさしたらパステノ王国においで。歓迎するから。君の()()()()()()()()()()()責任はいつでも取るよ」

「ファースト……キスが……この人?まさかついこの前の時!?ミーナ、あの時より前にキスをしたことなかったって言うのか?」

「え?えーっと……あの」

「なあ!」

「ハハハ、あとは二人で話してくれ。じゃあね」


 ジークフリートは私にパチンとウィンクをして、片手を軽くあげて颯爽と去って行った。


 カールは、私はもうすでにキスは誰かと済ませていたのだと勘違いしていたらしい。いやいや、誰とも付き合っていないと言ったのにキスしてる方がおかしくないかしら?


「あの時がミーナの初めてなんて」


 カールは私を抱きしめながら、すっかり拗ねてしまっている。


「俺が早くしとけば良かった。俺が初めてになれる可能性があったのに……」


 早くしとけばって、あの時私達付き合ってなかったし。あの時はジークフリートに半ば無理矢理されて逃げられなかったんだから。


「……じゃあカールの初めてのキスは誰なのよ?」

「……」

「ねぇ?」

「自分が愛した人とのキスは、ミーナが初めてだよ」

「そんなのずるい」


 今度は私が拗ねる番だった。なるべく考えないようにしていたが、きっと彼はたくさんの女性とたくさんの経験をしている。キスも……きっとキス以上も。それは彼との年齢差を考えると、当たり前すぎることだ。


 それに……騎士が闘いの後に昂った熱を発散する場所があると聞いたことがある。私の知らない女性を夜な夜な彼が抱いていたのかと思うと、ムカムカしてきた。

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