28 初恋
ミーナ視点に戻ります。
彼は全部誤解だと、悲鳴のような声をあげた。いつも余裕で落ち着いた彼がこんなに狼狽えている姿は初めてで、あまりに必死に否定するので私の方がポカンとしてしまった。
「俺が好きなのはミーナだけだ!」
「君しかいらない」
「愛してる」
熱烈な告白をされて、私の頬は真っ赤に染まった。カールに婚約者がいなくて良かった。私を好きでいてくれて良かった。
「私もカールが好き」
勇気を振り絞って告白したのに彼から何の反応もない。あれ?なんで何も言ってくれないの。
私は不安になって、じっとカールの顔を見上げた。しかし、彼は完全にフリーズして固まっていた。
私はぶんぶんと手を振って「カール?」と呼びかけると、ハッと意識が戻ってきた。
「ミーナが俺を……好き?」
こくん、と頷くととっても嬉しそうに微笑んだカールに激しく抱きしめられた。
カールってこんな素敵な顔で笑うんだ。いつもより少し子どもっぽくて可愛いかも、なんて思っていたが……ち、力が強すぎて息苦しい。
「ちょっ……く、苦し……」
「ミーナ!ミーナ!!嬉しい。嬉しくて……死にそうだ」
私はさらにぎゅうぎゅうと抱きしめられたまま頬を撫で回され、何度も頬に口付けられた。
だめだ、くらくらする。私もカールとは違う意味で死にそう……と思っていると私はそのまま意識が遠のいて体の力が抜けていく。
「ミーナ……ミーナ……」
遠くで私を呼ぶ声が聞こえるけど、反応できない。なんだかふわふわする。色々あって疲れたから、ゆっくり寝かせて欲しい……
♢♢♢
私は眩しい光を浴びて目を覚ました。ここは……見慣れた自室だ。私、助かったんだ。
「ミーナ、目が覚めたんだな。よかった」
ベッドの横に座り私の手を握って、心配そうに顔を覗き込んだカールがいた。彼は傷だらけだ。
「カール、助けに来てくれてありがとう」
「いや、むしろ俺の問題に巻き込んで危険な目に遭わせた。ごめんな」
「いいの」
「あと……力いっぱい抱きしめてごめん。なんか嬉しくて、加減できなかった」
カールは頬を染め少し恥ずかしそうに、目を逸らしながらそう言った。ああ、そうだ。私達が同じ気持ちだとわかった後……彼に熱烈に抱きしめられて気を失ったのだ。
それを思い出すと面白くなってきて、私がくすくすと笑うとカールに「笑いすぎだ」と拗ねられた。
「バッカスさんとケイトさんも心配している。ミーナが目覚めたと、伝えて来る」
そう言って立ち上がった彼の腕を掴んだ。彼は不思議そうな顔をして、振り返った。
「どうした?」
「も……し……たい」
「ん?」
「……もう少しだけ二人で居たい」
私は自分の気持ちに素直になろうと決めたのだ。恥ずかしいが、やっぱりもう少しカールと二人きりで過ごしたい。
「……っ!」
彼は真っ赤になって口元を手でおさえ、大きく深呼吸をした。
「あんまり無自覚に煽るな」
「え?煽る……」
「色々我慢できなくなる」
彼が耳元で、甘く囁くので私はドキンと胸が高鳴った。我慢ができなくなる……とは何の我慢なのか。経験値の少なすぎる私にはわからない。
狼狽える私を見て、彼は穏やかな目で微笑み優しく手を包んだ。
「ミーナ、この前会った男はジョセフ王子の生まれ変わりだったんだな?」
「……知っていたの?」
「ああ、彼と二人で話した。君のことを探していたと言っていたよ」
「そうらしいわ」
まさかカールが、ジークフリートはジョセフ王子の生まれ変わりだと知っていたなんて。カールは苦しそうにグッと唇を噛んだ。
「君は俺を好きだと言ってくれた。後でやはり王子が良いと言っても俺はもう、君を離してやることができない」
「え?どういうこと」
カールは一体何が言いたいのだろうか?王子がいい?どうして?
「彼はキャロラインの婚約者だ。生まれ変わったとはいえ君に……まだ彼への気持ちが残っているのではないかと心配になる」
「残るもなにも!彼は両親が決めた相手よ。尊敬と情はあるけれど、それだけだわ」
「……本当に?」
「ええ。私が好きなのはあなただけ」
そう言った私をぎゅっと優しく抱き締めてくれた。
「じゃあ、上書きしてもいいか?」
「上書き……?」
「あいつに口付けをされただろ」
その声はとても低く、苛ついた声だった。まさか……あの場面を見られてたの!?私が驚いていると、彼は眉を顰めた。
「あの夜、君に話をしたくて家に行ったんだ。食堂の明かりがついていたからおかしいなと思い、つい覗いてしまった」
ま……まさか。ジークフリートにキスされたのを見られていたとは。しかもあの時、何度も何度もされたのに。
「あ、あれは違うの。ジークフリートがジョセフ王子だって言われて、強引に口付けをされて……私の意思はない……です」
「そうか」
「ごめんなさい」
「かなり嫉妬した」
「私もカールがアレクシア様とキスしてたのを見て、いっぱい妬いたわ」
「それは……嬉しい」
「嬉しい?」
「ミーナに妬いてもらえるなんて嬉しい」
「……馬鹿ね」
カールに優しく頬を撫でられ、ちゅっとキスをされる。とても柔らかくて温かい。触れるだけですぐに離れていくのが、物足りなくて少し寂しい気がする。
「あの人に……もっと激しくされてたね?」
彼は意地悪な顔で、私を覗き込んだ。その瞳が鋭くて、私はビクリと体が強張った。
「ど、どうだったかな」
「されてた。あいつより深くさせて。それで許すよ」
ギラリと欲情した瞳で見つめてくる。私はまるで金縛りにあったみたいに身動きが取れない。その瞬間、ベッドに押し倒され強引に口付けられた。
ちゅっ、ちゅ……
唇を優しく吸われながら、トントンと歯をノックされる。その動きに誘導され、口を薄ら開くと中にねっとりと舌が入ってきた。気持ち良くて頭が蕩けてしまいそう。
「ふっ……んっ……」
ちゅ、ちゅ……くちゅ
「上手……そのまま」
「あっ……ん……」
「ミーナの唇は甘いな」
息が上がる私に気が付き、やっと唇を離してくれた。彼は目を細めて、蕩けた顔で微笑んでいる。私は今、身体中が熱い。心臓がバクバクして、どうにかなってしまいそうだ。
「ミーナ、愛してる」
「私もカールを愛してる」
もう一度見つめ合って、軽く触れるだけのキスをした。カーテンの隙間からキラキラとカールの顔に光が差し込んで、もともと凛々しい顔がより格好良く見えて困ってしまう。
私が照れて目を逸らすと「どうした?」と心配そうにこちらを伺ってくる。
「なんか、カールが格好良くて……直視できない」
そう言うと彼は「ゔわー!」と変な叫び声をあげ、片手で目を隠して天を仰いだ。
「まずい、嬉しくて顔がニヤける」
「ふふ、嬉しいんだ」
「そりゃあな。好きな人に格好いいと言われたら……素直に嬉しい」
カールは少し恥ずかしそうにはにかんでいる。なんだか可愛い。
「ミーナも綺麗で可愛い」
「お世辞はいらないわよ」
「俺は本当に思ったことしか言わない。君より美しくて可愛くて魅力的な女性はいないよ。ずっと一緒にいよう」
「カール……」
「ミーナ……」
私達はまた引き寄せられるように、口付けを……しようとした瞬間に扉がバン!と開いた。私は力の限りカールを押しのけた。
「ミーナ!起きたのか?」
そこには両親が立っていた。あ……起きたこと伝えるの忘れてた。さっきカールが叫んでいたから、声が聞こえたのね。
「あ……うん。今さっき目覚めたの。心配かけてごめんね」
「お前はもう、心配ばかりかけて」
「お父さん、お母さん……ごめんなさい」
「無事ならいいんだ」
私は両親と抱き合った。
「で?カールはなんでそんなとこにいるの?」
私が跳ね除けたので、彼はベッド横の椅子から落ちていた。お母さんに不思議そうな顔をされている。
「いや、ミーナがいきなり起きたことにびっくりして転げ落ちてしまったんです」
「ええ?案外カールってドジね」
「ははは……」
カールはそんな無理な言い訳をしながら、苦笑いをしていた。
♢♢♢
「今回ミーナが危ない目にあったのは、完全に俺のせいです。改めて申し訳ありませんでした」
カールは両親に深く頭を下げた。そして、両親と私に今回の事件の経緯を詳しく教えてくれた。
前に騎士として働いていたシュバイク王国の公爵令嬢に懸想されていた。それが、今回追いかけてきたアレクシア。婚約の話が出たこともあったが、全く好きではない……いや、むしろ傲慢な態度が嫌いだったためだいぶ昔にキッパリ断ったらしい。
しかし諦めきれないアレクシアはシュバイク王国を離れたカールを追いかけてきた。そして「ミーナを愛してるので、君と結婚することはない」とはっきり告げたそうだ。
いや……両親の前でそんなはっきりす、好きとか言うの?私は恥ずかしくて俯いた。お母さんは私を見てくすりと笑い、お父さんは難しい顔をしていた。
そして嫉妬したアレクシアは、ダラム帝国の残党に金を渡してミーナを誘拐を頼んだ。そしてダラム帝国と関係があったことをカールに知られているアレクシアの父親は、シュバイク王国の陛下にそのことを話されては困ると思った。だからその誘拐に便乗してカールを殺せと大金をチラつかせて指示をしていたらしい。
そして、誘拐された私を助け……犯人とアレクシアの父親のレッドフォード公爵、アレクシア共にシュバイク王国へ引き渡し裁判にかけられているということだった。特に敵国であったダラム帝国と繋がっていた、公爵は大きな罪になるそうだ。家もおそらく取り潰されるらしい。今回の事件に関わる者は、二度とルニアス王国には入れないようにしてあるので安心して欲しいと話してくれた。
「……というわけです。大事なお嬢さんを危険な目に遭わせてしまい、申し訳ありませんでした」
カールはもう一度両親に頭を下げた。それから、彼は私を見つめて手をギュッと握った。
「バッカスさん、ケイトさん。俺はミーナを愛しています。どうか彼女と一緒になることを許していただけませんか?」
「わ、私も同じ気持ちです。お願いします」
気持ちが通じ合ったのであれば、両親にきちんと報告した方がいい。
「まあ、素敵ね」
お母さんは上機嫌で、嬉しそうに微笑んだ。
「……本当に他の女いねぇんだろうな」
「もちろんです」
「一生ミーナだけか?」
「はい」
「……泣かせたら許さねぇから」
「はい」
お父さんはムっと唇を噛み締めて、無言になった。
「ミーナもカールが好きか?」
「はい」
「カールとお前は年齢も……身分も国も違う。それでもいいのか?」
「はい。そんなこと気にならないくらい……彼を好きになったの。初恋なの」
カールが隣で真っ赤になって俯いている。
「そうか。なら、許す!二人で幸せになれ」
「ふふ、よかったわね」
両親の許可をもらえて、私達は嬉しくて抱き締め合った。
「あ!こら、お前ら親の前でイチャイチャすんな。カール!ミーナからさっさと離れろ」
「あははは、平和ね」
みんなで笑っていたが、お父さんがふと真顔になった。
「カール、お前のご両親はどこにいる?挨拶しないわけにはいかないだろう。こんなこと言いたくはないが、ご両親はお前が平民の嫁をもらう事を不満に思うことなどないのか」
「すみません、話していませんでしたね。俺の家族は十五年前に戦争があった時に巻き込まれて死別しています。俺だけ運良く生き残ったんです」
「……そうか。辛いこと思い出させて悪かったな」
「いえ」
「じゃあ、これからは俺たちがみんなカールの家族だ。もう客扱いしねぇから」
「……っ!ありがとうございます」
カールはお父さんのその言葉にくしゃりと顔を歪めて微笑んだ。
そして話はとんとん拍子に進んでいき、結婚式は半年後に決まった。それまでは、カールはお父さんに料理を学ぶことになった。半年かけて料理の基礎を学び、私の仕事の手伝いができるようになるというのだ。
そしてカールは隣町に小さなレストランと自宅を兼ねた私達の新居を建てると言い張った。そして、レストランのシェフは私だと。
「カール?確かにそれは私の夢だけど、あなたは好きに生きて欲しい。騎士の仕事は本当にいいの?」
「もちろんいいさ。俺は君の夢を叶えたい。そして、できれば一緒に手伝わせて欲しい」
カールは本当にそう思っているようで、なんだかうきうきと楽しそうだった。
「この半年、俺は家出ますね」
「は?なんでだ」
「婚約者の俺とミーナがここで一緒に暮らすのはまずいでしょう?どこか家を借りますよ」
カールは私とひと時も離れたくない!絶対このまま一緒に暮らすと言うと思っていたのに、あっさりと一人暮らしをすると言ったので私は意外だった。しかし……
「だめだ」
「なんでですか?」
「一人暮らしの男の家の方が危ない!どうせミーナを連れ込むつもりだろう?俺はお前の思惑などわかってる!!」
「……チッ。バレたか」
「当たり前だろ!結婚するまで、絶対手を出すな。カールは俺の目の届くところにいろ!我が家の方が何十倍も安全だ」
「そんな!半年間、イチャイチャ出来ないじゃないですか」
「健全な愛を育め。それくらい余裕だよな?お前はミーナよりだーいぶ年上で、ちゃんと理性のある大人の男だもんなぁ?」
お父さんは真顔でカールに詰め寄っている。お母さんは「あなたも、娘を奪られたくない普通の父親ねー……」と笑っていた。私はカールの思惑を知って恥ずかしくなった。
「……わかりましたよ!引き続きこちらでお世話になります!!」
カールは拗ねたようにそう返事をした。
そんなこんなで、私達は無事婚約者になり幸せでいっぱいだった。しかし、その幸せは長く続かなかった。
――翌朝、ジークフリートから一通の手紙が届いたのだ。




