25 誤解
カール視点になります。
最悪だ。ミーナと二人でいる時に、アレクシア様に見つかりキスをされた。なぜこんなところにいるのか?そして、まだ俺のことを諦めていなかったのかと思った。
この女はとても厄介だ。俺がシュバイク王国で騎士をしている時、レッドフォード公爵家の末娘アレクシアにとても気に入られていた。
このレッドフォード家……金と権力があるが、なかなかきな臭い。公爵は秘密裏に他国と取引をしていたり、裏社会の者を使って自分達に邪魔な物を排除しているのでは?と陛下はいつも警戒していた。
しかし、影響力のある貴族なだけに味方も多く……王族へあからさまに楯突くわけでもないのでそのまま静観していた。
アレクシアは公爵令嬢の悪い例そのものだった。高飛車で傲慢、全てを自分の思い通りにならないのが気に食わない。余りある金と美貌……それ以外は何もないような女。ちなみに俺はこんな女は大嫌いだ。
使用人や下位貴族への態度は酷いものだ。そのくせ地位が高い者や男振りの良い者の前では、コロリと態度を変えて擦り寄ってくる。父親である公爵も歳をとって出来たこの娘を溺愛し、我儘は酷くなる一方だった。
他国の騎士だった俺を、最初は蔑んでいた。しかし前国王陛下と親しく、騎士としても実力をつけた俺に注目し出したようだ。また、あの女は何故かこの見た目を気に入ったらしい。
舞踏会毎に擦り寄ってくるので、あまりに鬱陶しいので俺はキレた。復讐を終えるまでは、この国にいなければ……問題を起こさないようにしなければと思ったが耐えられなかった。
「アレクシア様、あなた程の女性が自ら男に擦り寄るなどはしたない。どうかご自身を大事にされてください」
なんとか口調を抑えめにし口元は笑いを作ったが、つい大人げなくギロリと睨んでしまった。彼女が俯いたので、泣くのかな?と思ったが……勘違いだった。
「まあ!私のことを思って怒ってくださったのは、あなたが初めてだわ。素敵」
と、わけのわからないことを言われた。俺はゾッとして「急用を思いだした」とその場を去ったのだ。
なんなんだあの勘違い女は。触れられたところが、めちゃくちゃ気持ち悪い。
俺はその感触を忘れるために、首から宝物のネックレスを取り出しキャロライン王女のことを思い出した。彼女は王女なのに誰にでも優しく、明るくて……本当に気高く美しい女性だった。
「どうして、あなたはこの世を去られたのでしょうか」
あなたがいない世界は……息苦しくて、暗くてしんどいです。俺にとっては亡きキャロライン王女だけが特別で、亡きキャロライン王女だけが唯一愛する女性だった。
それからしばらくするとレッドフォード公爵家から、俺にアレクシアとの婚約の打診が来た。公爵からは我が家の素晴らしい娘を貰えるなど、この世で一番の喜びだろう?的な恐ろしい手紙が届いた。
「なんだ……これは」
はぁ?あの女と婚約だと?そんなことできるわけがない。俺はさすがに陛下に助けを求めた。
「今朝、こんな馬鹿げた手紙が届きました。陛下の力でどうにかしてください」
陛下は手紙を読み、くくくっと笑った。
「これは凄いな。アレクシア嬢がお前に心底惚れているという噂は本当なのだな」
「……迷惑です」
「お前の力で、あのじゃじゃ馬を乗りこなす気はないか?ついでに公爵の怪しい動きも監視してくれたら嬉しいのだが」
陛下はニヤリと意地悪そうに笑った。俺は苛ついてあからさまに不機嫌になる。
「あり得ません。私が愛するのはキャロライン王女だけです」
俺がそう告げると、笑っていた陛下の顔が途端に真顔に変わった。
「……わかった。こちらに任せよ」
「感謝致します」
俺は頭を深く下げ、その場を去った。陛下は「カールは貴族身分がないので、レッドフォード公爵家には似合わぬ。それに、カールは私の右腕だ。危険な任務にも一番に行ってもらう。死ぬ危険の多い男へ大事な娘を嫁がせるのか?」と公爵へ説き伏せて……この話は無しになった。
アレクシアは諦めきれなかったようだが、流石に父親の協力が得られぬと婚約はできなかった。そして、俺はその話のことは忘れ……ダラム帝国への復讐を終え、シュバイク王国を離れた。
♢♢♢
「カール様、ずっと寂しかったですわ。どうして勝手にシュバイク王国を出て行かれたのです?」
「あなたに言う必要がなかったからです」
「まあ、つれないわ。でも、そんな意地悪なところも好きです。うふふふ」
頬を染めて、照れたようにくねくねと体を動かしていて気持ち悪い。この女と久々に話をしたが、やはり頭がおかしいようだ。
「私のことはもう放っておいてくれ」
「どうしてですか?ここまで迎えに来ましたのに。帰って結婚しましょう?」
「……は?」
「お父様が『英雄』になったカール様なら、私に相応しいってお認めになってくださったの。陛下に頼んで、褒賞とした爵位もいただけるかもしれませんわ!そうなれば……私達夫婦になれますわよ」
なんでそんなこと勝手に決められなくてはならないのか。しかも俺が英雄だからいいだと?反吐が出る。
「帰りません。私はこの国で心から愛する人を見つけました。あなたと結ばれることなど絶対にあり得ません」
「……え?今……なんと?」
「私は愛する人がいます。あなたは、あなたに相応しい別の男を探してください」
呆然としているアレクシアを無視して、俺はミーナの家に走った。あれは絶対に誤解されている。ミーナに告白したのに、別の女とキスをするなんてあり得ない。
ああ、本当に腹が立つ。あの女に勝手に吸われた唇も気持ち悪く、水でゴシゴシと洗った。洗ってから、ふう……と息を吐いて彼女の部屋の前に立った。
「ミーナ!開けてくれ」
ドンドンと扉を叩くが、声が聞こえない。いるはずなのに……ミーナが返事をしてくれなくて焦る。
「話を聞いてくれ。誤解だから!」
「……一人にさせて」
「ミーナ!お願いだ!開けてくれ」
「どっかへ行って」
「ミーナ……」
彼女の啜り泣くような声が聞こえる。俺は彼女を深く傷付けてしまったようだ。ここで強引に扉を開けるのは簡単だが、それでは彼女の心はずっと閉じたままだろう。
ここは少し離れて時間を置こう。その間に……あの忌まわしい女を何とかしなくては。ミーナには、不安要素を完全に消してからきちんと説明しよう。
いきなり引きこもったミーナに驚いていた、バッカスさんとケイトさんに簡単に説明をした。俺が完全に悪いが……誤解があってミーナと喧嘩してしまったことを正直に話した。そして、彼女は俺の顔を見たくないとようなのでホテルにしばらく滞在することを告げた。
「カール、また戻ってくるのね?」
「はい。俺の問題を解決してから、きちんとミーナと話します。すみませんが、彼女のことよろしくお願いします」
「わかったわ」
「おい!俺はどんな理由であれ、娘を傷付ける男は認めねぇぞ」
バッカスさんは、ムスッと怒った顔をした。
「はい。すみません……二度とないようにします。必ず仲直りしますので、しばらく申し訳ありません。失礼します」
俺は二人に頭を下げて部屋を出た。そのまますぐに、レッドフォード家に手紙を書いた。あの女はきっと両親に告げずにこの国へ来ていることだろう。流石に公爵が、愛する娘の願いとはいえ一人で旅をさせるなんて危険なことをさせるはずがない。
ルニアス王国にいるため速やかに引き取り……いや、迎えにきて欲しい旨と俺はもう騎士ですらない平民であるため彼女は然るべき相手と婚約させるようにと書いた。二度とアレクシア嬢を俺に関わらせるな。態度が変わらぬようなら、公爵家があの国と繋がっていたことを陛下にバラす。よくよく、娘を説得されるようにとしっかり脅しをつけて。
そう、ダラム帝国に潜入している時にわかったのだ。レッドフォード家はダラム帝国王と繋がっていた。秘密裏にシュバイク王国の情報を渡し、金品を得たり……逆に都合の悪い者たちをダラムの騎士に殺させていたりしていたことを。
恐らく、ジョセフ王子の暗殺にもこの家が関わっている。しかし、その件に関しては確証は取れていない。だが、レッドフォード公爵家が、ダラム帝国と繋がっていたことは確実だ。暗号を使った手紙のやりとりが残っていた。俺はそれを盗み出して持っている。
陛下に報告しなかったのは、俺の目的はダラム帝国王の暗殺で……それ以外のことは正直どうでも良かったから。暗殺のはっきりした証拠がない限り捕まえることはできない。俺は面倒なことには関わりたくないし、シュバイク王国にも思い入れはないためスルーしてやっていたのだ。
だが、何かの時に使えるかと思い切り札は持っている。そして翌朝公爵からすぐに手紙の返事が返ってきた。
あなたの言っている意味はわかりかねるが、すぐに娘を迎えに行く。報告感謝する……というような内容の手紙だった。ほお、惚けるつもりらしい。でも、あの女を連れて帰ってくれるのであればどうでもいい。
これであの女もいなくなるだろうと思っていると、多くの護衛に囲まれたアレクシアが俺の前に現れた。
「カール様!どうして私の居場所をお父様に伝えたのですか?」
彼女はムッと拗ねた表情で機嫌が悪そうだ。
「他国に少人数の護衛のみで、出歩かれてはお父上もさぞ心配されますよ?お帰りください」
「あなたと一緒なら帰ります」
「冗談はやめてください。流石に笑えませんよ。お父上に俺のことは諦めろと言われませんでしたか?」
「それは……」
「そう言うことです。あなたと婚約するなどあり得ません。私はあなたを女性として見ていませんから」
俺ははっ、と鼻で笑った。
「どうして……私はこんなにあなたを愛してるのに!あんなお金もない、不細工で貧相な体のただの平民を選ぶとおっしゃられるの?」
ぶるぶると怒りで震えながら、涙目でキッとこちらを睨んできた。
「へえ……あなたにはそう見えるんですね?おかしいな。俺にとってミーナは、努力家で可愛くて心優しい魅力的な女性です。あなたに無いものばかり持っている。私の伴侶は彼女以外考えられない」
「酷い……酷いわ」
グスグスと泣いている彼女に、なんの感情も湧かない。俺は冷ややかな目で彼女を見下ろしていた。
「いくらカール様でも、アレクシア様へのその言動は見過ごせません」
彼女の前に、護衛が立ちはだかった。俺がギロリと睨むと、グッと息を止めた。俺は本気になればレッドフォード家の護衛など一瞬で倒せる。
「さっさと連れて行け。俺はもうシュバイク王国の臣下ではない。彼女がどこの誰だろうが関係ない」
護衛は無言で、泣き喚いているアレクシアを連れて行った。
はぁ、疲れた……しかしこれでとりあえずは解決だろう。変な動きがないかは引き続き目を光らせておかないといけないが。
早くミーナに逢いたい。彼女と離れたのは、たった一晩のことなのにもう彼女に逢いたい。誤解をといて、彼女をこの胸に抱きしめたい。泣かせてごめんと謝りたい。
俺はミーナの家の扉を叩くが、反応はない。この時間なら普段はみんな食堂で働いている。しかし……彼女は家の中にいてまだ泣いているかもしれない。
俺は以前貰っていた鍵を使い家に入った。しかし、彼女は部屋に居なかった。どこだ?やはり食堂にいるのか?と外へ出ようとしていた時……リビングテーブルにメモを見つけた。
『ミーナと二人で出かけてくる。ダニー』
そのメモを見て、俺は目の前が真っ暗になった。まさか……ミーナは今、ダニーと一緒にいるのか?
泣いている彼女を献身的に支え、慰め……俺にしておけと言っているダニーの姿が思い浮かぶ。
チッ、と舌打ちをして俺は外に飛び出した。彼女を渡したくない。誰にも。しかも、誤解されたまま……彼女がダニーに奪われたなら俺は悔やんでも悔やみきれない。
――どこだ……どこにいる?俺は町中を必死に探し回った。ミーナ、お願いだから話をさせてくれ。俺が好きなのは君だけなのだから。




