24 秘密の待ち合わせ
私は翌日、ずっとソワソワしており両親に「どうしたの?」と不思議がられた。
「だ、大丈夫!何でもないわ」
しっかりしなくちゃ。私の料理を楽しみにしてくれてる人もいるんだから。なんとか夜の約束のことを頭の隅に追いやって仕事に集中した。
「お母さん、今夜ご飯食べに行ってくる。ちょっと遅くなるかもだけど心配しないで」
「ご飯?いいけど、誰と?」
「……友達」
「友達って誰よ?そんな可愛い格好して誰と会うの」
うっ……ばれた。最後くらい可愛いと思われたくて、私はお小遣いを貯めて買ったお気に入りのワンピースを着て、カールに貰ったヘアゴムで髪をまとめている。
「ふーん……私に言えないってことは男ね。そんなんじゃバレバレよ」
私はすぐに嘘がばれたことに恥ずかしくなり、俯いた。
「気をつけて帰って来なさいね。遅くなるなら送ってもらうのよ。カールによろしく」
「カ、カールとだなんて言ってない!」
「はいはい。お父さんには上手く言っておくわ」
お母さんは、ふふっと笑って私の頭をぽんぽんと撫でた。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
約束の時間よりは早いけれど、さすがに九時前に急に家を出るのは両親に怪しまれてしまう。でも、よく考えれば何故夜遅い時間なのだろう?
ああ、きっと……人目につきたくないのかな。昼間だと目立ってしまうものね。その事実に胸がズキンと痛んだ。
私は店のある隣町に移動して、カフェでお茶をして一時間ほど時間を潰した。そして、少し早いが店に向かった。
「ここで……あってるよね?」
地図を何度も確認する。そこは細い路地裏にある地下のお店。あまり人通りがなく、周囲もとても静かだ。
私は恐る恐る、暗い階段を降りた。こんなところに本当にカールはいるのだろうか?室内には人の気配があって、少しホッとした。
「すみません、あの……待ち合わせをしてるんですが」
そう声をかけると、中で酒を飲んでいた男が立ち上がり「お待ちしてましたよ」とニッコリと笑った。
その瞬間に、私は後ろから別の男に抑えられ怪し気な薬を含んだ布を無理矢理嗅がされた。
これは!吸ってはいけない物だと体が拒否している。まさかカールが呼んでいるというのは嘘だったのか。騙された!私は……馬鹿だ。
「嬢ちゃん、悪いな。恨むならあいつを恨みな」
あいつ?あいつとは誰?周りからはクックック、と下卑た笑い声が聞こえる。ああ、頭がくらくらする。苦しい……眠たい。
キャロラインだった頃、私はよく誘拐されそうになっていた。もし被害に会った時は、焦らず必ず足跡を残すようにと教育を受けた。
何か目印を……目印……私は朦朧とする中、気を失う前にそっと髪をほどいた。
♢♢♢
目を覚ますと、窓のない部屋におり私は手足を拘束され猿轡をされていた。
「ゔーっ、ゔゔーっ……!」
声をあげて力を入れてみるが、私の力では拘束はほどけない。何故私を襲ったのか?一体なんの目的なのだろうか?
すると、物音に気が付いたのかバンと荒々しく扉を開けて男が入ってきた。
「おお、目が覚めたのか。あんたには死なれちゃ困る。水を飲め」
柄の悪そうな男は私の猿轡を外し、無理矢理コップを口に押しつけてきた。私は飲みきれずに水は首から胸に溢れ落ち、ゴホゴホと咽せる。
「ふっ、なんでお前みたいなガキがいいかねぇ?趣味が悪い。あの女の方がよっぽどセクシーなのに」
「……何の話?なぜ私を襲ったの?」
「お前は誘き寄せるエサってことさ」
「エサ?誰を誘き寄せると言うの?」
男は恐ろしい顔でギロリと睨みつけた。
「お前の男に決まってんだろ」
お前の男。オマエのオトコとは?
「復讐は無理だと思っていたのに、こんな機会が巡ってきた。あの女から連絡があった時、最初は信じられなかったが信じて良かったぜ」
「私は誰とも付き合ってない。私の男ってまさかカールのこと言ってるの?それならとんだ勘違いね!来るわけないわ!!」
そう言った私を冷たい目で見下ろし、大きな手で顎をぐいっと乱暴にあげた。
「へえ、まだ女になってないんだ」
下卑た笑いをしながら、私の顎をするりといやらしく撫でた。気持ち悪い。
「汚い手で触らないで」
私は思いっきり顔を背けて、ギロリと男を睨みつけた。
「フッ……威勢のいい女は嫌いじゃないぜ。お前、瞳が綺麗だしな」
「私はあんたみたいな男大嫌いよ」
「お前は自分の立場が分かってないな?ただの囮のつもりだったが、カールの前でお前を襲うのもいいな。殺すよりあいつにとっては痛手かもな」
男は私を見つめながら、ペロリと舌を舐めた。その表情にゾッとして体が震える。
「たまにはハジメテの女もいい」
「私に指一本触れたら許さないから!」
「へぇ、どう許さないのかな」
私のワンピースを、乱暴に掴んだ。そのせいで、ボタンが飛んで胸元が大きく開く。
「きゃあっ!」
「へえ、チビの割にいい身体じゃねぇか」
「イヤっ!やめて」
その瞬間、バンと扉が開き部屋に入った時にいた男が入ってきた。
「おい、いい加減にしろ。うるせえぞ!声が外まで聞こえてんだよ」
「ああ?」
「俺らの目的はカールだろ。大事な人質に手を出すんじゃねぇよ」
「味見だろ?あ・じ・み」
「はぁ、勝手にしろ。襲うなら口塞げ」
いやいや、勝手にしろじゃないわ。止めてよ。
「わかってるって」
「嫌っ!やめて!助けて」
「お嬢ちゃーん、その可愛いお口閉じようね」
私にまた猿轡をはめようとしている。私は抵抗して、力の限り暴れた。
「助けて、カール!怖い!!助けて!!」
自分でカールが来るはずないと言ったくせに、助けを大声で求めてしまう。
「そんないいタイミングで来るわけねぇだろ」
その時外で男の呻き声とドサドサッと大きな音がして、すごい勢いで扉が蹴破られた。そしてそこには鬼の形相のカールが立っていた。
「カール……」
私は彼の姿を見て、ホッとして涙が溢れた。助けにきてくれたんだ。彼はボロボロの私の姿を見て、驚いて目を見開いた。
犯人の男は、私にナイフを首に突き立てて後ろから抱きかかえた。
「今すぐその汚い手を離せ。切り落とすぞ」
カールは低く恐ろしい声で、ギロリと睨みつけながらそう言った。ビリビリと空気が張り詰めている。
「ふっ……お前がこの女にご執心なことは本当らしいな。もう少し遅く来てくれたら、俺が女にしてやったのに」
「……よほど殺されたいようだな」
「へえ?そんなこと言っていいのか?大好きな女が傷付いても」
犯人は私の頬にナイフをペチペチと叩いた。そして、挑発する様に私のワンピースをビッとナイフで切った。
「きゃあ」
私の叫び声で、カールは踏み込もうとしたが「動くな!この女刺すぞ。俺は自分がやられたとしても、その瞬間にこいつを殺す」と犯人が大声をあげた。
私としたことが、取り乱してしまった。下着が露わになっていて恥ずかしいが……こんなこと命に比べれば大したことではない。落ち着かないと。
今の私はカールのお荷物だ。何か……何か考えなければ。
「カール、取り乱してごめんなさい。私は大丈夫だから」
「ミーナ……!」
カールはギリッと唇を噛み締めた。
「こんなことされてるのに、気丈に振る舞うなんて。俺も惚れてしまいそうだよ」
犯人はくくく、と笑って挑発する様に、私の頬にキスをした。あまりの気持ち悪さに私は、顔を背けてギュッと目を閉じた。
「ああ、その顔いいなぁ。嫌そうな女を無理矢理自分の物にするのが快感ってもんだ」
その発言に、カールは近くにあった椅子をガシャンと蹴り上げた。
「おい……テメェの性癖なんて興味ねぇんだよ!お前の望みはなんだ。言う通りしてやるから、彼女に指一本触れるんじゃねぇ!!」
ニヤリと笑った男は、私を後ろに突き飛ばした。
「剣を置け。少しでも抵抗したら女を殺す」
カールは無言で私をじっと見つめた後、剣を置いて犯人の後ろにカランと蹴り飛ばした。
「テメェのせいで、俺は騎士の職を失った。おまえがダラム帝国王を暗殺なんてするからな」
「お前……残党か。ダラム帝国が滅んでも、シュバイク王がきちんと統治している。陛下に仕えることを誓い、実力のある必要な人材はそのまま雇ってもらったはずだ。雇われないのはお前の実力不足か……その素行の悪さのせいだろ?」
「うるせえんだよ!」
バキッとカールの頬を殴った。カールはペッと血を吐き捨て、ジロリと睨んだ。
「効かねぇな。そんなパンチじゃ」
「いつまでそう言ってられるかな」
「ケッ、女を人質に取る時点でお前は騎士じゃねぇんだよ」
「なんとでも言え。俺はお前を殺して、この女を痛めつければ大金が手に入るんだ。復讐もできて金が稼げるなんて最高だろ」
バシッ……バキッ……カールを殴る鈍い音と、ポタポタと床に血が垂れていく。
「俺を殺せと言ったのは、貴族の女か?」
「そうだ。女は最初、この平民を誘拐しろと小金を渡してきたがその後、追加の依頼でお前を殺せば大金をやると言われた」
「……なるほどな」
「まあ、お前は死ぬんだ。冥土の土産に教えてやるよ」
あの女ってカールの婚約者のことなのかしら?私が邪魔だから、誘拐するならわかる。でもどうして、愛しているはずの彼まで傷付ける必要があるの。
「……もうやめて!私のことは好きにしなさいよ!!カールを……殴らないで!」
私は泣きながら叫んだ。犯人はくくっと笑い、カールの髪を掴んでぐったりとしている顔を無理矢理上げさせた。
「だってよ。お前の愛しい女がそう言ってるがどうする?好きにしていいなら、やめてやるよ」
「……けんな」
「はあ?聞こえねぇよ」
「ふざ……けんな。彼女に触れたら殺す」
カールは血だらけなのに、殺気を込めてギロリと男を睨みつけた。
「ミーナ……黙ってろ。大丈夫……だ」
彼は私をじっと見つめた後。目線を下げて床を眺めている。なぜそんなところを……いや、なるほど。そういうことか。
私は涙を流しながら、小さく頷いた。彼はフッと微笑んだ。
「その強がりいつまでもつんだろうな?そんなにこの女がそんなに大事かよ」
「当たり前だろ」
「あの貴族の女にしとけば、金もあるし美人だし……こんな目にも遭わなかったのにテメェも馬鹿だな」
バキッ、ドスッ
「お前みたいな愛を知らない男には……一生わからないだろうな」
ポタポタと彼の血が増えていく。私は早く、早くしなければ。せっかくチャンスをくれたのだから。
「うるせえんだよ。いい加減黙れ」
男が振りかぶった瞬間に、私は手の拘束がやっと取れた。
「カール!」
その言葉に反応し、彼は私が投げた剣を器用に受け取り犯人の男の腹を一瞬で切りつけ体を薙ぎ倒した。男は私の声に驚いたことで、反応が遅れたのだ。
「ゔっ……」
「貰った分は倍にしてきちんと返さねぇとな」
血だらけでニッコリ笑ったカールは……本当に恐ろしい顔だった。
「ひっ……!」
短い悲鳴が聞こえたのを最後に、カールの重たいパンチ……たった一撃で犯人は意識を失った。
彼はすぐに私の傍に来て、足の拘束を外し破れたワンピースを隠すように自分のシャツを脱いで被せてくれた。
そして私をギュッと抱きしめてくれた。
「ごめん。怖い思いさせて……本当にごめん」
「私は大丈夫。あなたが助けに来てくれたから。カールこそ……沢山痛い思いさせてごめんなさい。あなたの意図に気付くのが遅かったの」
私はうっ、うっ……と泣いてしまった。彼は私の頬をゆっくり撫でた。
「これくらい平気だ。ミーナなら……言葉で伝えなくてもわかってくれると信じていた」
カールはフッと笑って、私をさらに強く抱きしめた。
そう彼は自分の剣を蹴飛ばす時に、同時に小刀も一緒に私の傍に投げていた。つまり、その小刀で手の拘束をといて剣を投げて欲しいという合図だった。
私はカールが殴られている隙に、なんとか手の拘束をとき剣を投げたというわけだ。
「それに、あなたは呼び出された店にこれを残してくれた。それで君に何かあったとわかった」
カールはポケットから、彼がくれたヘアゴムを取り出した。
「これ、気が付いてくれたのね」
「ええ。昔、私達の中で決めた約束でしたから。あなたが覚えていてくれてよかった」
『キャロライン王女、いいですか?誘拐されたら目印を残してください』
『目印?』
『そうです。身につけているものを犯人に気付かれぬように落とすのです。意識があれば、足取りがわかるように少しずつ落としてください。もし意識が無くなりそうなら、大事な物を一つ落としてください』
『そんなのでわかるの?』
『ええ。そこから誘拐犯を辿ることができますから。闇雲に探すよりよっぽど効率的です』
『わ、わかったわ!』
『約束ですからね。そうしていただければ、必ずこのライナスがあなたを見つけますから』
そして、本当に彼はキャロラインの頃も何度も誘拐されそうになった私を助けてくれていた。
「昔も今も……私を見つけて助けてくれるのはあなただけだわ」
「当たり前です。私は生涯あなただけの騎士ですから」
その言葉にドキンと胸が高鳴る。
「私だけの……?」
「ええ」
「アレクシア様とのことは?彼女は……あなたの婚約者だと言っていたわ。お互い愛し合っているって」
そう言った私に、彼は「はぁ!?」と大きな声をあげた。
「誤解です。絶対にあり得ません!あの女が私の婚約者だなんて!!この誘拐も恐らくあの女の差金ですから。恨むことはあれど、好意を持つことなどありえません」
カールはこの世の終わりのような顔をして、大声で否定を続けた。




