1 絶世の美女
「見た目に騙されるな。この女は悪魔だ!」
どんな男も虜にする絶世の美女と言われている、メラビア王国の王女キャロライン。それが私だ。輝くブロンドのストレートな髪に珍しいブルーパープルの大きな美しい瞳、すらっとした手足に豊かな胸と細い腰。どうやら、この容姿は男を惹きつけるらしい。
声を出せば澄んだ鈴の音が鳴るようだと言われ、その女神のような姿を一目見れば幸せが舞い込むという噂まであった。
十五歳の時、隣国シュバイクの第一王子ジョセフに熱烈な求婚され婚約を結ぶ。完全な政略結婚。正直私には恋というものがわからなかったが、爽やかで誠実な六つ年上のその男の正妃になりシュバイク王国でそれなりに幸せな結婚生活を送るのだろうと自分の運命を受け入れていた。
離れているため婚約してから数回しか逢えていないが、定期的に贈られてくるプレゼントと手紙。そこからは確かな愛情を感じた。公務の合間に逢いに来てくれた時の彼の嬉しそうな顔は忘れられない。
「愛おしいキャロライン。ずっと逢いたかった。君は本当にこの世のものではないほど美しい」
「そんな……あ、ありがとうございます」
「君と結婚できる私は世界一の幸せ者だ」
心の底から嬉しそうに微笑み、私の手の甲にチュッとキスをした。真っ赤になって照れる私に「可愛いな」と目を細めた。紳士な王子は婚姻前だから、と彼女にそれ以上触れなかった。
「すみません。まだ、私は愛というものがわからないのです」
「いいんだ。結婚してから……ゆっくり私を好きになって欲しい。急ぐつもりはないから安心してくれ」
正直に結婚することへの不安を吐露したが、王子は怒らなかった。優しくそう言ってくれたことが素直に嬉しかった。
――そして、婚礼の一週間前。
「殺……された?」
私は彼が亡くなったと聞いて、カタカタと体の震えが止まらなった。あの優しい王子がなぜ?
「ああ。まずいことになった。しかも、原因はキャロラインのようだ」
「私ですか」
「君の美しさを聞いたダラム帝国王が、キャロラインとの婚姻を認めぬと王子を殺害しシュバイク王国に戦争を仕掛けたらしい。未だに交戦中だ」
「そんな……」
「彼を殺したダラム帝国の王は、キャロラインを嫁がせろと私も脅してきた」
ダラム帝国はこの辺で力を持つ大帝国だ。しかし、あそこの王は高齢のはず。
「それは本当ですか?ダラム帝国王はお父様よりだいぶ年上では?たしか五十歳を過ぎていらっしゃったのではないかしら」
「そうだ。好色なあの男は、七番目の側室として迎えたいと。断ればメラビア王国を滅ぼすと伝えてきた」
なんということだ!あの帝国王が女好きだとは知っていたが、まさか孫に近い年齢の私を手に入れたいと思っていたなんて。さーっと血の気が引いていく。
しかし、私はこの国の王女。運命は受け入れねばならない。この国を護り、民を護るためならば……婚約者を殺した男の元に嫁ぐしかないだろう。
「……嫁ぎます」
「キャロライン!だめだ。あんな汚らわしい男に大事な娘をやるわけにはいかない。それに君の婚約者ジョセフ王子を殺された恨みもある。シュバイク王のためにも泣き寝入りはできない」
「でも、お父様!それでは戦争になります」
「仕方があるまい。大事な物を護るには闘うことも必要だ」
父は王として、全面的にダラム帝国と闘うことを決めた。強く優しいお兄様達も「可愛い妹をあんな奴に渡さない」と抱きしめてくれた。
私は婚約者が亡くなったため喪に服し、城から出ずに過ごした。対外的にもジョセフ王子の死に、精神的にまいり塞ぎ込んでいると噂を流して。
『世界一の幸せ者だ』
ジョセフ王子はそう言ってくれていたのに、私のせいで亡くなってしまったと胸が苦しくなる。この婚約がなければ……きっと彼は生きていた。彼の死を想うと涙が溢れた。
戦争は激化した。本当に騎士や民はよく戦ってくれた。この美貌から我が国の幸せの象徴とされていた私を、なんとか護ろうとしてくれていた。
しかし、終わりの見えない戦争。ダラム帝国王は本気で私を手に入れたいようで、諦めなかったのだ。皆が疲弊していくにつれて『王女を引き渡せばこの辛い闘いが終わるのでは』と言い出す者が出てきた。
「陛下、王女を思われるお気持ちはわかります。しかし、我が国はもう持ちません」
「どういう意味だ?」
「キャロライン王女とダラム帝国王のご婚約を」
「ならぬ!そのような事を二度と口にするな」
お父様の激怒した声が響いた。しかし、この発言が引き金で内乱が起きる。私がいるからこの戦争が起きると……。お父様と二人のお兄様は側近の裏切りによって殺されてしまった。
「キャロラインは逃げなさい。三人の死を無駄にしないでちょうだい。生きて!愛しているわ」
お母様は涙を溜めて、私を強く抱きしめて城から強引に追いだした。
「お母様!お母様も一緒に!!」
「だめよ。私はここを離れないわ。ライナス、頼んだわよ」
「……お任せください」
私は護衛騎士のライナスに担がれて、城を後にした。そして、二人で街の外れの隠れ家に潜んだ。
「大丈夫です。あなたのことは俺が護ります」
「ひっく……ひっく……ライナス」
ライナスは泣いている私を無言で抱きしめてくれた。男性に抱きしめられたのは初めてなのに、とても落ち着く。そして、また涙が溢れた。
「私にはもう……誰もいないわ。家族も……婚約者も……」
「キャロライン王女、俺がいます。俺は裏切りません。命をかけて護ります」
「うっ、うっ……あり……がと。でも、私こんな顔に生まれたくなかった。私がこんな顔のせいで、みんな不幸になるんだわ」
「何をおっしゃいますか」
「私のせいだもの」
「あなたが悪いところなど何もございません」
私はそのまま泣き疲れて眠ってしまった。彼はずっと私をあやしてくれていた。
そして次の日、隠れ家を出ようとしたところでよく知った顔から声をかけられた。最初は私を助けるために来てくれたと喜んだが、それが違うことはすぐにわかった。後ろから沢山の騎士が現れて囲まれたのだ。
ライナスはチッと舌打ちをした。
「トーマス、お前まで裏切るのか」
「……」
「答えろよ!」
「キャロライン王女、手荒な真似はしたくありません。一緒に来ていただけますか?」
「お前、俺達は王族付きの騎士だろ!このお方に罪のないことよく知ってるだろ!!」
「罪はあります。存在自体が罪ですから。殺すつもりありません。あなたにはダラム帝国に嫁いでいただきます」
「ふざけるな!」
ライナスは私を背の後ろに隠した。しかし、私は手で押しのけて前に出ていく。
「トーマス。私を連れて行きなさい」
『悪魔』とか『魔女』と罵られながら、騎士達に押さえつけられ見せしめのように高台にある広場に連れて行かれた。ここでダラム帝国の迎えを待てと指示をされた。
「やめろ!この方が一体何をしたと言うんだ!」
最後まで庇ってくれたのは、専属のこの護衛騎士だけ。ライナスは元々は仲の良い幼馴染だったが、護衛騎士になってからはとても不愛想になった。そしていつも、優しくて厳しかった。恋愛的な意味で、彼女に一番興味がなさそうだったライナスが最後まで裏切らずに味方になってくれるとは思わなかった。これが騎士としての忠誠心というものか。そう考えると申し訳ない。私のようなものに仕えたばかりにこんなことに……
「ライナス、ここまで護ってくれて感謝します。でも、私はもうこの人生に疲れました」
「王女!俺を盾にして逃げてください。気高い貴方が、あんな頭のおかしい男のところに嫁ぐ必要はない!」
「いいえ、ここまでよ。ライナス、あなたは私の分まで幸せになってね。自分の最後は自分でケジメをつけるわ」
「ケジメ……?王女、何を!?俺は……俺はあなたを……」
「あなたは生きて。死んだらだめよ」
私は彼に愛用していたネックレスを「お礼だ」と無理矢理押し付け、広場から民衆を見下ろした。
「私、王女キャロラインはずっとこの国のために生きてきた。しかし、私のせいでダラム帝国と戦争が起きているのは紛れもない事実。私が消えることでこの国に平和が訪れるなら喜んで命を差し出しましょう。あなた達を恨むことはありません」
よく通る声でそう話すと、騒がしかった民衆達はシーンと静まり返った。
「神様……私をどうしてこんな美しい容姿にされたのですか?来世はどうか平凡な人生にしてくださいませ」
民衆に対してこの世のものとは思えぬ程、美しく微笑んだ。いざという時のために脚に隠していた短剣を抜き、迷いなく左胸に一気に突き刺し息絶えた。
「キャロ……ライン」
民衆がわーわーと混乱する中、一人の男の啜り泣く声が聞こえた。
♢♢♢
真っ白な空間に光が差し、その中で私はふわふわと体が浮いている。あれ?私……死んだはず。
『キャ……ラ……ン……キャロ……ライン』
天使のような美しい見た目の羽の生えた少年が、私に話しかけている。しかも、透けてる。
『なんですか』
『君は神の最高傑作だったんだ。この世で一番美しく造った。でもそれがこんな悲しい結末になるなんて』
『あなたは……神様?』
『そうだよ。君はみんなが憧れる幸せな人生を歩むはずだったのに。綺麗に造りすぎたせいで、歯車が狂ってしまった』
『私……次は普通の人生が送りたいです』
『希望は平凡な人生だったよね?本当は死んで新しい命になるには時間がかかるものなんだけど、お詫びにすぐ生まれ変わらせてあげる』
『ええ。平凡な顔で……平凡な人生がいいの』
『本来なら君みたいに志半ばで死んでしまった人は、悪人でない限りは前世と同じようなシチュエーションで生まれ変わることが多いんだ。君の場合は見た目が美しくて王族に限りなく近い別人……のように』
『もう王族は……嫌だわ』
『そうか。わかったよ!記憶は途中からになるけど、次は平凡な世界で幸せになってね』
『途中……?途中ってどういうこと』
『まあ、目覚めたらわかるから。じゃあね』
その言葉を聞いた直後、強い光が体を包んで私は堪え切れずに目を閉じた。
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