ピンポンダッシュの謎 【三題噺】
【ピンポンダッシュ】という行為をご存知だろうか
呼び鈴を用事もないのに鳴らし、走って逃げる
呼鈴の音がピンポーンの擬音、走るを英語でdash
組み合わせればピンポンダッシュだ
主に小さなこどもがイタズラ心で行う行為だと記憶している
こどもが繰り返し呼び鈴を鳴らして、イタズラだと気がついた家主が「こらー」と怒るまでがワンセットのイメージがあるが
最近の呼び鈴には録画機能もあり
すぐに犯人が分かってしまう
棒かなにかでカメラの死角から呼び鈴を押せばいいのかもしれないが、そこまでしてピンポンダッシュをやりたい子どもというものは令和の時代にはいないのかもしれない
まあ、僕がしらないだけかもしれないが
そうは言っても我が家は本の少しだけ悩まされていた
昭和の遺物?【ピンポンダッシュ】に
ことの始まりは妻の一言だった
「深夜二時くらいにピンポンがなった、気がついた?」
そんな時間に?気がつきはしなかったので知らないと答え、録画されていないかと記録をみた
普段そんなことはしないので、少し手間取りながら録画された記録をみる
結果は「分からなかった」だ
十年以上前に取り付けられたインターホンの記録画像の上限は50件
上書きはしてくれないらしく、数年前に訪れた客人の顔が写っていた
...塩谷さんお久しぶりです、と心のなかで呟いて
もし次に不届きものが呼び鈴を押したときのために、新たな記録が出来るよう
古い記録は消さしてもらった
深夜二時の訪問者か、まあ酔っぱらいかなぁ
なんてその時は考えたりもした
妻はいう
「最近二回くらいあったんだよね」と
時期は春だけど夜はまだ寒い酔っぱらいさん、呼び鈴なんて押さずにおうちに帰りましょう
それとも家を間違えたとか?
いやいや、我が家は一軒家でマンションやアパートではないし
建て売りのように似た家が周りに建つ感じでもない...
かといって大きな門扉があるわけでもない、呼び鈴は道からすぐそこだ
うーん
実害があった訳ではないし、考えるのはやめた
うちの妻も子どもも平和ボケが過ぎるので戸締まりに関しては適当だ
よく、とまではいかないが時々、鍵をかけ忘れる
防犯の意識が低いので、少し気になった
が、ピンポンダッシュと防犯の意識がすぐに悪いことへ結び付く考えも浮かばなかったし
そんなに頻回な事では無かったので取り敢えず深く考えるのは止めた
ー
『ピンポーン』
その数日後呼び鈴は鳴った
目が覚める、携帯の時計で確認すると
早朝四時十分だった
辺りは暗い、春とはいえ朝は冷え込む
ビュービューと風の音が強く響く朝だった
気味が悪い
こんな時間にピンポンダッシュ...
少なくとも近所の子どもとうことはないだろう...
嫌な気分だけどベッドから降りて確認することにした
家族とは別々に寝ている
わざわざ起こすこともないだろうと考え、ゆっくりと階段を降りた
ピンポンダッシュをした人物を捕まえるつもりはない
こんな時間にそんなことをする人間となんの用意もなくドアを開けて追いすがるほどに腕力に自信があるわけもないし、何をしてくるか分からないレベルで、頭のネジが外れているかもしれない
出来ればこうやって「確かめにいく」という反応をしていることすら知られたくない
イタズラにしろ、なにかよからぬ企みがあるにしろ、だ
それとも、反応するなら煌々と明かりをつけ警察でも呼んだ方がいいのか
階段を降りる間にも思考が巡る
インターホンの画像を確認するには二階から一階へ降りなければならない
慣れた自宅でも自分の把握していないことが起こっていれば薄暗い階段を降りるのは恐ろしい
警察を呼ぶにしろ、他の対策を考えるにしろとにかく画像を確かめてからだと、思い直した
画像をみればどんな人物か予想は立てられる、仕草や体格、性別で考えられることはいくつもある
酔っぱらいのような動きか
顔見知りか、知らない人物か
カメラを警戒できるのか
顔を隠しているのか否か
性別は
画像ひとつで色々考えられる
階段を降りる
ドキンドキンと鼓動を感じた
小心なことだ、家のなかに人の気配は感じない
もう、誰かが侵入していて、おびき寄せるために呼び鈴を鳴らしたのであれば
間抜けにも罠にかかったことになるが...
その可能性は低いだろうと思う
普通の家だ
大きくも小さくもない
人に恨みを買うような悪事もしていない
家族もそうだろう
お金もそんなにあるようには見えないだろう
なので階段を降りた
大丈夫だろうとは思ったが警戒しながら階段を降りた
我ながら小心なのだ
なので、インターホンの画像はすぐに確認せず一通り一階の部屋をみて回った
安全確認、クリアリングだ
玄関も一応見に行く
間違ってもドアは開けない
開けた瞬間ドアを思いっきり引っ張られるかもしれない
チェーンをしたところでカッターで切られたり
バールのようなものでこじ開けられるかもしれない
我ながら想像力豊かだ
玄関はとくに息を潜めて近付いて外の音を探った
ビュービュー ビュー
風の音がうるさくて様子なんて探れなかった
春だからこの地方は風が強くなるし
春風が吹き込む方向には家もなにもない
畑があるだけだ
道路一本はさんで市街調整区域
基本的には家は建たない、なので春になると突風をもろに受ける羽目になる
風は止まない、外の様子は伺えない
早朝に玄関でたたずむのは寒いし怖い
ものの数秒で玄関から身を引いた
そもそも降りてきた目的はインターホンの画像だ
そろりと階段下まで戻りインターホンを操作する
そうえば、インターホンで中から外の様子をみれるのかー
馬鹿だなと思いながら外の様子をみるためにボタンを押す
ビュービュー
ボボボ...
マイクに当たる風の音がスピーカーからノイズとともに出た
ドキリとするが、画面には誰も写っていない
よかった
これで変な人が張り付いていたら叫んじゃうよ
それとも声もでないくらいビビりそうでもある
次は本命の記録画像...
暗闇のなかで操作するのは多少おぼつかないが
記録を呼び出す...そこには...
誰も写っていなかった...
翌朝というか朝、呼び鈴の話を妻にする
「気がつかなかった」とのことだが、気持ちの悪さを覚えたので戸締まりをしっかりしようと伝えた
子どもたちにもだ
その日は仕事だったので早々に家を出た
ー
ピンポンダッシュとは限らないかなと考えた
誰も写っていないから
というだけではない、また同じことがあったらしい
今度は夕方18時くらいだったそうだ
「風の強い日に鳴る気がする」妻がいった
機械の故障を考えた
思えば、マイクが壊れて、通販でスピーカーと半だごてを買って直したこともあった
機械は十年以上使えば故障する可能性が高まる
インターホンのメンテナンス何てしていない
中のゴムかなにかが劣化していて強風でボタンを押されたような現象が起きているのかもしれない
そう考えた
考えを伝え、インターホンを直す方向で考えようと伝えた
「そうだね」と妻が頷く
けれど何もしない
暗黙の了解か機械関係はこちらの仕事らしい
まあいいけども
そのうちやろう
そのくらいに考えていた、流石に新しく買うなら業者に取り付けてもらった方が早いかな、変にして壊してもいけないだろうし
逆に壊してしまえば、イタズラだったとしたら悩まされなくて済むのか
でも不便だな
なんて考えていた
ー
呼び鈴を変えようかと考えて数日
あれからピンポーンと鳴ることはなかった
もちろん、人が来れば呼び鈴を鳴らすのでその時は問題なく鳴ったし
もちろん、返事もあった
イタズラや嫌がらせにしては散発だし
回数も少ない
家に侵入する目的だとしても意味がない
心当たりや必要以上に怖がる家族もいなさそうだから
なにか薄暗いものや虐めの類いでもなさそうだ
そんなだから、不具合が酷くなる
つまり、頻回な誤作動やイタズラの回数が頻回にならなければぼちぼち、交換すればいいか
そのくらいに考えていた
そしてその日はやってきた
このピンポンダッシュに答えらしい答えが出た日だ
サスペンスなら終盤
崖で犯人を追い詰めるところ
ミステリーなら真相が明らかになる場面だ
風の強い日だった
21時
子どもの習い事の迎えから帰宅したときのことだ
今日も風が強い
だからこう考えた
また、鳴るかもしれないな、と
そしてそれが目にはいってきた
なぜ今まで気がつかなかったのか
あっさりと答えがでてしまった
思えばそれはずっと前からそこにあった
一年くらいは前からあっただろう
だから気にもとめなかった
視界にも思考にも入ってこなかった
呼び鈴の横に光る星が強い風にあおられて微かに揺れていた
この星は何かの金属で出来ている
真鍮か銅か鉄かとにかくソコソコ重たいのだ
その飾りは星とベルを組み合わせたオーナメントだった
革ひもで表札にぶらさげられていて
風に揺れていた
カチリと頭のなかでピースがはまる音がした
ビュービュー吹く風は春のこの時期普段と違う方向から吹きつける
かなりの強風で...だ
ゆらゆらと揺れる星とベルは少しの風では揺れる程度だけど強風に煽られれば振り子のようにもっと大きく揺れるのではないか
そして呼び鈴のボタン
くだらねぇ...!
星とベルのオーナメントを取り外し
その手の飾りが好きな妻へ文句をいうために苦笑いしながらドアを開けた