第19話 世界についていろいろ聞いてみた
宴が始まると俺はしばらく獣人の集団の中から出れなかった。
ようやく解放されたのはソウの出す肉料理が各テーブル3周したころ。獣人たちが飲んで各々騒ぎ出してからだった。
俺とリアンは絡まれたら面倒だと、酒場の中に避難してきている。
「これ、麦酒の在庫足りるのか?」
「んー、あと3樽ってとこかね」
「えっ、それって明日から仕事にならないんじゃ……?」
ソウの回答にリアンが心配する。
「仕入れたばっかりなんだが、まぁ、仕方ないだろ」
仕方ない……か。それなら俺が支援するのも仕方ないよな?
「ちょっとひと樽出してくれないか?」
「え? まぁ、いいけど」
勘のいいソウでもさすがに俺の意図が掴めないみたいだな。
「これはソウとリアン以外には秘密な」
そう言って樽を持ち上げ『複製』する。
「なっ!?」「ええっ!?」
ゴトンと樽が床に落ちると二人揃って声を上げる。
「出てきた樽は『収納』してくれ」
「あ、ああ。これ、中身も入ってるのかい?」
『収納』しようと持ち上げたソウが気付く。
「劣化なしのコピーだ。とりあえず10樽くらいでいいか?」
「そりゃ今日空けた分より多いじゃないか!」
ソウがまた声を荒げてるけど、有無を言わせず『複製』していく。
「うん、説明されなくてもシンが私にも秘密にしてた理由がわかるよ」
「そりゃそうだ。これはとんでもない能力だよ」
「まぁ、滅多なことじゃ見せる気はないよ」
「厄介なやつに信頼されちまったみたいだねぇ」
「そんなこと言って、ソウさん嬉しそう」
珍しくリアンがソウをからかう。
「ふっ、そうさね……。シン、代金と言っちゃなんだけど、これを」
「なんだ?」
「これ、お金だよ!」
初めて見た硬貨に首を傾げると、覗き見たリアンが肩を揺する。
「知らなかったのかい? まぁ、肉の代金のつもりだったからだいぶ少なくて悪いんだけど」
「これでどれくらいの価値があるんだ?」
貨幣の種類も価値もわからないから少ないと言われてもどう答えていいのかわからない。
「これ全部銀貨なんだけど、これだけあれば一年は暮らせるよ!」
「は!? 肉の代金なんだろ!? さすがにもらい過ぎじゃないか?」
いくら普段肉を食わないと言っても、それじゃソウの生活に支障が出るんじゃ……
「あんたねぇ……いや、知らないなら仕方ないか。普通あんないい肉これの倍出しても一人分食えないよ」
「そうなのか?」
「そうだよ!」
「わかった。なら多すぎなんて言うのはやめよう。ソウは大丈夫なのか?」
「なーに、全財産ってワケじゃない。あとはあんたが出してくれた麦酒で飲み食いさせりゃすぐ取り戻せるだろ」
「そうか。それならよかった。ついでに硬貨の種類とか教えてくれ」
ソウに聞いたつもりだったけど、ソウは視線でリアンに促した。
ああ、うん。教えたくてウズウズしてるんだな。
「まず、硬貨は銅貨、銀貨、金貨、白金貨の順で価値が上がっていくんだけど、それぞれ一つ下の百枚分の価値になるよ」
「なるほど。ちなみに麦酒一杯はいくらだ?」
リアンに答えられない質問をすると、頬を膨らませる。可愛い。
「それは銅貨10枚だね。樽でだいたい百杯分。だからあんたがさっき出した分は――」
「金貨1枚分ってことか」
今手元にあるソウから貰った銀貨がちょうどそれくらいだな。
「えっ、早っ」
え? これくらい普通だろ?
っていうか、ソウですら指を折って数え始めてた。
「もしかしなくても、教育って概念がないのか?」
「きょういく?」
ああ、やっぱり。そもそも言葉すら存在しないようだ。
「今みたいに計算を学んだり、知識を得たり、とかを誰かに教わることだ」
「だいたい親から聞くか、自分の経験が全てだね」
これは噂とか妄想が真実になっちゃうやつだな。
この村は割とすんなり受け入れてくれたけど、ほかじゃどうなるかわかったもんじゃないな。
リアン、というかエルフの誤解を解くのはかなり厳しいかもしれない。
逆に言うとリアンを受け入れてくれるかどうかがポイントになるな。
下手に刺激するよりダメなところはすぐ離れたほうがよさそうだ。
そういえば何かの本で『ディストピア』って偶像に支配された社会っていうのを見たことがある気がする。
この世界はまさにそれっぽい。
(「そうですね。そういう節は多々あります。特に初めて異世界召喚が行われたとされる約千年前からですね。私の知る事実と異なることが常識となっていたりしました」)
具体的には?
(「エルフの件にしてもそうですし、魔法の知識もです。例えば『ファイア』が調整できるということを魔王プレベールが私に確認するまで魔族は知りませんでした」)
変なこと聞くけど、最初に召喚をしたっていう魔族ってまだ生きてたりするのか?
(「魔族が確定したわけではないのですが、そもそも最初に召喚された者が人間族の国に入って以降、その召喚者が一切歴史の表舞台に出てきていないのです」)
身を隠して生き延びている可能性は?
(「あると思います」)
……となると、いる可能性が高いのが南東の方だよなぁ。
ナビも後回しがいいって言ってたけど、リアンのこともあるし、王都に近づけないようなら先に向かってもいいかもしれないな。
「シン?」
「ああ、ごめん。ちょっと考え込んでた」
さすがにナビのことは言わない方がいいよな。
(「そうですね」)
「それで、シンはこの後はどこへ向かうつもりなんだい?」
「まずは魔の森周りの村を当たって行こうと思ってる」
「そうは言ってもね。森がこんなになってからはどこも離れて行ってるよ」
おっと。でも、考えたらそれもそうだよな。
「なら、ここから一番近い村は?」
「西の村だね。ここから人間族の街の中間辺りにある村さ」
「あー、王都とは別の街があるんだっけ?」
「王家の王にならなかった分家が治めている街さね。王都よりも民は平和だけど、上の方は後継争いが激しいんだ」
俺が異世界人と明かしたことで詳しく説明してくれる。
「"王"は絶対だから王都は逆にそこが安定してるんだな」
「そう。代わりに王に取り入ろうとする貴族の争いが酷いがね。だからたまに今日みたいなことが起こる。まぁ、あいつは『鮮血姫』を使ったりしたことで立場が悪くなったんだろうね」
「もしかして、ソウの旦那さんって人間族に繋がりがあったのか?」
「というより、行商に行ってたのさ。定期的な交易を潰されたやつがいた、って言えばシンならわかるだろう?」
「なるほどね。あいつはもう来ないけど、念のため何日かはここに残ろうか?」
「いや、シャーリーがいるから大丈夫さね。なんならコウちゃんも鍛えてもらおうかね」
「はい、お任せください!」
突然の声に俺もリアンも振り返る。
「シャーリー!」
「僕もいるよー」
またコウが今度はシャーリーの後ろからひょっこり現れる。
「お、コウちゃん。良くなったんだね。よかったよ」
「リアンさんのおかげだよー。ありがとね!」
「ふふっ、どういたしまして」
「シャーリーもこう言ってるんだ。シンは安心して進みな」
「そうだな。頼んだぞ」
「はいっ! あの……シン……様? この度は本当にありがとうございました!」
「様はやめてくれ。せめて"さん"で頼む」
ナビはやめてくれないから諦めたけど、様付けはむず痒いんだよ。
「わかりました、シンさん」
「ま、守りも大事だけど、この酒場の手伝いもな」
「そうだ、住み込みで働いてもらうから覚悟しておくんだよ」
「えっ……住んで……いいんですか!?」
「じゃなきゃアンタ家ないだろう。診療所のベッドは元気なやつの為に置いてるわけじゃないからね」
「あ、ありがとうございます!」
「それじゃ、アンタも飲みな! ワタシもそろそろ参加させてもらうよ」
「僕もー!」
「え? コウもいいのか?」
「僕もう16だよー?」
どうやらいいらしい。
(「こちらでは15歳で成人ですので」)
なるほど。日本人は20歳未満はダメだからな。どうしてもその感覚で見てしまう。
「さて、僕も今日くらいは参加しようかな」
「ああ、たまには酔い潰れたやつが怪我してもほっときゃいいんだ」
先生が酒を飲むのは珍しいんだな。面倒見よさそうだもんな。
「それじゃ、改めて――」
「「かんばーい!」」
リアンとコウを除いた四人は最早ザルのごとく飲んでいた。
意外なことにシャーリーも酒は強いようだ。――と思ったら、
「シンざぁーん、ほんとに、ほんどに、ありがどうございまじだぁー!」
絡み酒に泣き上戸。だがしかし、隣に座って絡まれているのは先生だ。
「シン」
「ああ」
ソウとそれだけの言葉で状況を理解すると、リアンを連れて宿へ避難した。
「シン……?」
「あ、起きちゃったか」
「寝るの?」
「そうだな。ほら」
いつも通り手を差し出す。
「んっ、ありがと」
嬉しそうにその手を握って再び眠るリアン。
明日からまた旅立つ。ベッドで眠れるのはいつになるかわからないから今日くらいはゆっくり寝させてもらおう。
「おやすみリアン」
そう呟いて俺も眠りに就いた。
お読みいただきありがとうございます。
第一章 完 といったところです。(章分けするかは決めてませんが)
召喚した魔族についてはまだだいぶ先になります。