第12話 黒い靄の正体
予定通り俺のレベルが50になったところで森を抜けた。
ここからはしばらくイチには俺の影の中に待機してもらう。
普通のサイズの狼なら連れ歩いても大丈夫だったかもしれないけど、イチはかなり大きいからな。
「ところでなんでこんなところに獣人の村があるんだ?」
「ここだけじゃなくて獣人の村はあちこちにあるよ。人間族が大きい街を作ってて、その周りにそこで役立つような村があるんだって」
「海の近くに漁村とか?」
「そうそう。そんな感じ」
「獣人が差別しないから成り立つんだな。人間族的には獣人はどういう位置付けなんだ?」
「あんまり大きな声で言えないんだけど、できれば支配したい、って考えみたいだよ。でも力は獣人のほうが強いから側から見ると対等な関係を保ってるように見えるよ」
「なるほど。村単位だから力で抑え込もうと思ってそれなりの戦力を投入すれば可能だけど、そうなっても戦力を動かした隙を突かれるのが人間族の社会なんだよな」
「そういうこと。だから結局貴族様とかの偉い人が街も出ずに睨み合うだけで終わるの」
「なんていうか、下の人間は生きるの大変そうだな。一声でそういう戦争に駆り出されるんだろ?」
「そうでもないよ。上に逆らえないのは確かだけど、一方的な搾取も禁止されてるからね。働きに応じた報酬は出るんだよ」
「そこだけ聞くとまともな社会っぽいよな。リアンが襲われたとか聞いてなければな」
「うん。奴隷だけは何も保証されないからね。私が残ってたらそうなってたと思う。シンも隷属の首輪を着けた相手だけは気をつけて。どんな無茶な命令でも聞いちゃうから」
「奴隷なんているのか」
知りたくない事実だったな。
「人間族の国の階級には存在しないけどね」
つまりヒトとして扱われていないってことか。
「そいつが刺し違えてこいって言われたら特攻してくるのか……」
「そう。奴隷をもつ人間族なんて平気でそういうことを言うから」
そう強い口調で言うリアンからまた黒い靄が浮かんでくる。
「おい、リアン!?」
「えっ? なに?」
平気そうな顔を向けてくるけど、顔の周りは靄に包まれている。
ナビ、なにが起こってるんだ?
(「すみません、何のことでしょう?」)
ナビにも認識できてないのか……
確か『浄化』で消えたよな?
(「シン様、さっきから何の話をされているのですか?」)
どうやら俺にだけ見えてるみたいなんだけど、リアンの顔に黒い靄が掛かってる。
初めて会って治療しようした時もだった。
最初にこの靄を見たのは召喚されて俺が『勇者』だって言ったときの魔族たちだ。
あのときは俺に嫌悪感を向けてたんだったな。
「シン、どうしたの?」
「ちょっと、念のため……『浄化』、と」
「え? 私臭かった?」
「いやいや、そうじゃない」
うん、ちゃんと靄は消えたな。
なんだろう。共通点があるとすればその嫌悪感? いや、恨みって言ったほうがいいのか?
(「その三回であればその可能性が高いと思います。リアンさんも初めはヒトそのものに恨みを抱いていたようですし」)
「ねぇ、何か隠してる?」
「うーん、隠してるっていうより何かわからないんだよな。今リアンが奴隷をもつ人間族の話をしたと思ったらリアンから黒い靄が出てきたんだ。リアンには見えてなかったんだよな?」
「そうなの!? んー……ごめん、聞いたことないや。少なくとも私には見えなかったよ」
「だよなぁ。ちょっと気分悪いかもしれないんだけどさ、その話をしたとき、どういう気持ちだった?」
「え? うーん、なんだろう。あんなやつらいなきゃいいのに、って思った、かな」
答え辛いだろうに素直に教えてくれた。
「初めて俺を見たときは?」
「それも……ごめんね、人間自体が憎いと思ってたから…… !! もしかしてその時も?」
「うん。あ、気にするなよ? 俺はもう気にしてない。それより教えてくれてありがとう」
俯いてしまったリアンをぎゅっと抱きしめた。
「シン……?」
「あ、思わず……悪い」
我に返ってリアンを離す。
「ううん、嬉しいんだけど、ちょっと強すぎ! 潰れちゃうかと思った」
「ごめんごめん」
そう謝りながら今度は優しく抱いた。
「そういやさ、リアンは金持ってる?」
「ううん、着の身着のまま飛び出しちゃったから……」
「だよな。これ村に行っても泊まることもできないんじゃないか?」
魔族は外界と交流を完全に遮断されていたので通貨という概念がほぼ失われていて、金に関してだけはプレベールから援助してもらっていない。というか、プレベールもその感覚を忘れているのか話題すらなかった。
さすがにこっちから「金をくれ」なんて言えないしな。
「ああ、なんだ、そういうことね。それは大丈夫。素材とかと交換でいけるから。モンスターの肉とか喜ばれると思うよ。普通は滅多にお肉食べられないからね」
「家畜とかはいないのか? というか、普通に動物とか飼ってたりするのか?」
「いるけど、食肉っていうのはあんまりいないかな。ミルク採ったりする方が多いね。食べるのはどうしても気性が荒かったり、災害とかで食べるしかなくなったときくらいだよ。 それと、モンスター化してないかってことだったら、今のところは平気。そうなってるのは魔の森――あ、さっきまでいたとこね――くらい」
「それも変だよな。あの森だけなんだろ?」
「なんか原因がわかったら纏めてわかりそうだよね」
「ああ。明らかな悪意を感じるよ」
「うん、シンの話を聞いて思った。こんなの自然に起こるわけない」
「俺もリアンの話を聞いて確信したよ。間違いなく元凶になってるやつがいる。それがヒトなのか神なのかわからないけど」
「神様っているのかな?」
「さぁね。地球じゃ会ったって言うやつはごまんといるけど、まともな奴じゃないな」
正直俺は地球じゃその存在は信じてなかった。
「ふーん。こっちは王様くらいかな。だれも崇めてないけど」
神って概念はあるんだな。
「宗教自体ないんだっけ?」
「神様の言葉に従うってこと? まぁ、王様の言葉が神様の言葉みたいな扱いだよ」
ん? 何か翻訳が働いたのかな?
「神様はいていないようなものなんだな」
「従うのが強制だからね」
なんとなくだけど、ここにも神はいない気がする。
となるとやっぱり元凶はヒト、だよな。
まずは獣人の村で情報収集、できるといいな。
「あっ、ホラ! 見えてきたよ!」
「おお、魔王城以来の建物だ」
「一応言っておくけど、ソレは中では言わない方がいいからね?」
「わかってる。まずは仲良くなれるようにしたいしな」
「よーし、じゃあ、まずは酒場から!」
「ん! 基本だよな。そうしよう」
リアンと意見がピッタリ合うのは初めてでなんか嬉しい。
意気揚々と初めての村に入っていった。
お読みいただきありがとうございます。
次回は村か、もしかしたらリョウ視点の話を入れるかもしれません。