③
わっきゃ手さぐりで、そろそろ窓のほうさ行き、キクちゃんのからださ躓いだ。キクちゃんは、ずっとすてら。
「こりゃ、まねじゃ。」
とわっきゃふとりごとのように呟き、やっと窓のカアテンば触って、それば排すて窓ばわんつかあげ、流水の音ばたてた。
「キクぢゃんの机の上さ、クレーヴの奥方どいう本こあったね。」
わっきゃまた以前のどおりに、からだば横たえながらしゃべる。
「あの頃の貴婦人だば、宮殿のお庭や、また廊下の階段の下の暗えどごさ、つけらっと小便ばすたんだど。窓がら小便ばす事も、だはんで、本来は貴族的だんた。」
「お酒お飲みになるんだば、ありますわ。貴族は、寝ながら飲むんだべ?」
飲みたかった。だばって、飲んだっきゃ、あぶねど思った。
「いや、貴族は暗黒ばいどうもんだ、元来臆病だはんで。暗えど、おっかねぐでまいねんだ。蝋燭っこ無えがね。蝋燭ばづげでけらいねが、んだば飲むべ。」
キクちゃんは黙って起きた。
そうすて、蝋燭さ火っこ点ぜられた。わっきゃ、ほっとすた。もうこぃで今夜は、何事も仕出がさずにすむど思った。
「どごさ置ぐべ。」
「燭台は高えどこさ置げ、とバイブルさ在るはんで、高えどこがい。その本箱の上へどうだべ。」
「お酒は? コップで?」
「深夜の酒は、コップさ注げ、とバイブルさ在る。」
わっきゃ嘘ばしゃべった。
キクちゃんは、にやにや笑ってろ、でけえコップさお酒ばなみなみと注いで持って来た。
「まだ、もう一ぱいぶんくれえ、あるはんでろ。」
「いや、こんきでい。」
わっきゃコップば受け取って、がっぱど飲んで、飲みほす、仰向に寝た。
「だば、もう一(ふと)眠りだ。キクぢゃんも、おやすみ。」
キクぢゃんも仰向けに、わーど直角に寝て、そうすてまづげの長えでっけえ眼ば、すきりにパチパチさせて眠りそうもね。
わっきゃ黙って本箱の上の、蝋燭の焔ば見た。焔は生き物のように、伸びたりちぢんだりすて、うごいちゃあ。見ちゅうちに、わっきゃ、ふと或る事ば思い到り、おっかねえ。
「この蝋燭は短えね。もうすぐ、ねぐなるよ。もっと長え蝋燭っこ無えんだか。」
「そんきだ。」
わっきゃ黙すた。天さ祈りてえ気持でら。あの蝋燭尽きねうちにわーが眠るが、またはコップ一ぱいの酔いが覚めてまるか、どちらかでねど、キクちゃんが、あぶね。
焔はちろちろ燃えで、わんつかわんつかずつ短けくなって行くばって、わっきゃなんも眠くねえで、まだコップ酒の酔いもさめるどこか、五体ば熱くすて、ずんずんわーば大胆にすばすなのだ。
思わず、わっきゃ溜息ばもらすた。
「足袋ばおぬぎになったら?」
「なすて?」
「そのほうが、あずましいよ。」
わっきゃ言わぃるままに足袋ば脱いだ。
こぃはもうまね。蝋燭っこ消えだら、それまでだ。
わっきゃ覚悟すかけた。
焔は暗くなり、それからかちゃましく左右さうごいて、一瞬でっけく、あかるくなり、そっから、ずずと音ば立てて、みるみる小っちぇくいずけて行って、消えた。
すらずらと夜が明けてらった。
部屋は薄明るく、もはや、くれくねかったのだ。
わっきゃ起きて、帰る身支度ばすた。